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火照る思い

~火照る想い~


 ジリリリリ。

 いつもなら目覚ましより早く起きるのに、今日に限って布団から抜け出すのがつらかった。体が重い。いや熱い。目を閉じると今でも昨日見た渋沢さんの笑顔と星とぬくもりがそこにあるみたいだった。

 気合いを入れて起き上がり弁当の準備をする。紗枝が恥をかかないようにかわいい弁当にしてやろうって決めていた。ふりかけは星形にして、ウインナーはウサギにしていた。

 だが、なんだが世界が揺れているみたいだ。どこかで地震でもあったのだろうか。前みたいに中越沖地震みたいな大きな地震がくるのは勘弁してほしい。

 テレビをつけるがどこも地震速報は流れていなかった。テレビで流れているのはあの殺人事件の概要だけだ。最近は扼殺ではなく絞殺だったということが報道されている。何か紐らしいもので首を締め上げたらしい。そしてベランダの洗濯紐もなくなっているからそれが凶器だったのではとコメンテーターが依然話していたが、その後警察は洗濯紐であるとは断定できないと発表しているので凶器についてはやはり不明だ。なんかその一連が説明されていた。後、どうやって撮ったのかわからないけれど、すごい角度でベランダが映っていた。ベランダには外付けの洗濯機が映っていた。いや何か床にもあるみたいだったがよくわからなかった。ワイドショーのコメンテーターは現場から色んなものが無くなっていることから、犯人はコレクターなのではとの意見が出ていた。

 でも、どういう目的で持ち帰ると言うのだ。凶器につかった紐を持ち去ったのはわかるけれど、一人暮らしの男性の下着を全部持っていくなんてことをするのだろう。

 いや、何か他も多く持ち去られた形跡があるらしい。ま、実際何が無くなったのか元の状態がわからないから誰も何とも言えない。

 ただ、一人暮らしの男性の部屋で下着が一枚もないのは異常だ。ま、下着をつけない派だったのではとこれまたテレビの中にいる別のコメンテーターが話しをしている。

 下着をつけない男性。どんな趣味なんだ。俺には世の中わからないことだらけだ。

「おはよう。朝ご飯は?」

 もちろん紗枝だ。もう着替えも終わっている。だが、返事を聞く前に座って食べている。すでにパンもカップスープも紅茶も用意済みだ。

「仁は?まさかもう食べたの?」

「いや、なんか今日は食欲ないから朝はパス」

「不健康ね。代わりに私がいっぱい食べといてあげよう。あ、そうそう、今日の晩御飯なんだけれどハンバーグがいい。作って」

「あいよ」

 答えるだけ答えたが何もやる気がわかなかった。目を閉じると昨日の渋沢さんの顔が浮かんでくる。体が火照ってくるのがわかる。

「ねえ、学校そろそろ行こうよ」

 気が付くと紗枝に引っ張られていた。時計を見ると確かにもう出ないといけない時間だ。自転車を出す。なんだかまた世界が揺れた気がした。

「さぁ、仁、頑張って自転車を漕ぐんだ」

 後部座席に座りながら後ろから背中をポカポカたたいてくる。へいへい。自転車を漕げばいいんでしょう。いつもより自転車を重く感じた。

「ちょっと遅くない?きりきり漕いでよ」

「いや、自転車が重くって」

「は?私が重いっていいたいわけ?」

「誰もそんなこと言ってないだろうが」


 気が付いたらコンビニまでついていた。

「おはよう」

そこには渋沢さんがいた。なんだか渋沢さんの顔を見ただけで耳まで真っ赤になりそうになった。

昨日よく考えたら寒かったせいにしてかなり渋沢さんに寄り添っていたのを思い出した。柔らかい肩、腕。近くに見える顔。なんだか思い出すだけで顔が赤くなり心臓の鼓動が早くなるのがわかる。

「あ、おはよう」

絞り出すように声を出したが、ちょうど自転車を止めたからだろう、後ろにいた紗枝が自転車から飛び降りて渋沢さんの方に走りだしまたハグをしている。多分これがこいつらなりの挨拶なんだろう。

「置いていくぞ」

 それだけ言うとこっちに紗枝が走り寄ってきて自転車にドンって飛び乗った。

「さぁ、行け仁号。いざ、学校に行かん」

 いや、せめて人扱いしてください。俺の要望はかなえられることはなくポンポン頭をたたかれていた。ま、自転車を漕げばいいんでしょう。俺は力いっぱい自転車を漕いだ。そのわりになかなか前に進んでくれないのだから不思議なものだ。パンクでもしたのだろうか。後でタイヤを見ておこうと思った。

 学校について席に座ったところまでは覚えている。だが、それから急激に眠たくなって気が付いたらお昼に起こされていた。

「かりあつ君も一緒にお弁当食べる?」

 どこかで渋沢さんの幻聴が聞こえる。まさか女子と一緒にお弁当を食べるなんてことはないだろうと思った。しかもあこがれの渋沢さんからの誘いなんて夢に違いない。うん?お弁当はいつも形部と食べている。たまに明石が混ざってくるが明石はいつも形部と話してばかりだ。そう言えば今日は形部と話した記憶がない。いや、教室についてからの記憶がない。もう昼か。そう思って立ち上がった時に世界がまた揺れた。揺れに揺れて気が付いたら床が目の前だった。

 何が起こったのかわからなかった。次気が付いたら保健室にいた。言われたのは風邪をひいているということだった。

 正直昨日の夜からそんな予感はしていた。だが、認めないようにしていた。ふと目をやるとそこに紗枝がいた。紗枝が言う。

「あんたバカじゃないの。バカよ。風邪なら風邪っていいなよ。バカじゃないの」

 とりあえずバカじゃないのを伝えたいらしい。「悪かったな。倒れて。ちゃんと帰りは自転車で送るから。今日は寄り道はなしな」そう言ったら、また「バカ」とだけ言われた。

 目の前にある体温計は38.8と表示している。8が2つか。どうせなら7が2つならあと一つでフィーバーなのにって思った。かすかに扉近くで紗枝と渋沢さんが見える。あ、渋沢さんのマフラーを返すの忘れていた。なんて思っていたらまた紗枝がこっちにやってきた。

「ねえ、仁が風邪引いたのって私のせい?」

 なんだよ。こっちは倒れそうなのにそんな泣きそうな顔を見せるなよ。紗枝、お前はかわいいんだよ。顔だけは。そんな顔されたら何も言えなくなるだろう。

「関係ない」

「ウソ、昨日本当は寒かったんでしょう。でも私にコート貸すから風邪ひいたんでしょ」

「違う」

「今日無理したのって私のせい?」

「違う」

「あんなにお弁当に気合い入れて、無理して、なんでよ」

「違う」

「どうして休まなかったの?バカじゃないの」


 何も言っても納得してくれない。俺はだから本当のことを一つだけ言った。

「俺が休んだら、お前はお弁当もないし、そもそも学校にも来られない。だが、それは俺が勝手にしたことだ。だから紗枝は関係ない」

 本当のことを言ってみた。納得したか。それとも泣くか。そう思っていたら思いっきり頭をグーで殴られた。そして「バカ」と言ってそのまま保健室を出て行った。

 いや、おれは病人ですけど。なぜそこでグーでなぐる。しかも正直かなり痛かった。とりあえず、目を開けているのがまだつらかったから目を閉じることにした。


 次にひんやりしたものが額に触れたので気が付いた。

「ごめん、起こしちゃった」

 そこにいたのは渋沢さんだった。一瞬これは夢なのではと思った。あの渋沢さんが俺を看病しているなんてありえないからだ。どんな奇跡だ。いや、これは何のフラグだ。多分この後に待っているのは多分死亡フラグだ。こんな幸せが来た後は確実にそういうものが待っているはずだ。いや、窓から形部が出てきて「ドッキリです」みたいな展開なのかもしれない。

 でも、どれだけ待っても形部は出てこなかった。とりあえず気になっていたマフラーを持ってくるのを忘れたことを言ったら「別にいいよ」なんて言ってくれた。

 そこでふと気が付いた。今何時だ。時計を見ると16時だ。

「紗枝は?あいつ帰れてないだろう。送らなきゃ」

 そう言ってベッドから起きようとした、ふらっとしたけれど地面に触れた足は立つことができた。世界は少しだけ揺れている気がするけれど大丈夫だ。ゆっくり歩く。

 すりガラスになっているその先に長い髪が見える。中に入ってくればいいのに。

「紗枝、待たせてごめんな。帰るぞ」

 そう言って扉を開けたらそこに目を真っ赤にした紗枝がいた。にらんでいる。なんださっき殴っただけじゃ殴り足りないというのか。だが、今お前に殴られてやるわけにはいかない。本当にKOされてしまいそうだ。次横になったら起き上がる自信はない。どれだけ、「立て、立つんだ仁」なんて眼帯をした誰かに叫ばれても真っ白になったんだよねなんて言ってそのまま床と同化できるか試したくなるからだ。

 ま、本当に床と同化してしまったら困るんですけれどね。だが、紗枝は殴りかかってくることもなく、何も言わず俺の制服の端を持ってゆっくり歩いてくる。

 いや、しゃべろうよ。目が赤いのはひょっとして泣いていたからかもしれないが、その目はどちらかというと睨んでいるからかわいいというより怖いという思いが先行している。

 自転車を漕いで行く。思うようにスピードがでない。

「遅くてごめんな」

「いい、ゆっくりでも」

 なんか今朝のあのキャラクターはどこにいったのですかって思った。これはひょっとしたら紗枝でないのではないか。俺はひょっとしたら熱のせいで別人を自転車に乗せて家に連れ込もうとしているのではないかと恐怖を覚えた。今日は買い物をするため商店街の方に寄るためいつもと違う角をまがった。

「寄り道しないの」

 そう言いながら後ろにいる紗枝はいきなりほっぺたをつねりあげた。この時ようやく俺は別人を家に連れ込もうとしていないことがわかった。

「いや、買い物だよ。今日の晩御飯の材料を買わないとないからな。ここは冷蔵庫になんでも入っている家じゃないんだからな」

「いいよ、別にご飯食べなくても」

「いや、紗枝がよくても俺は食べる。食べないと風邪が治らない」

 そう、それにどこかのお姫様は今日ハンバーグが食べたいなんて言い出したからな。今のところわかっている限り紗枝は一切料理ができないことは分かっている。いや、それどころか自転車にも乗れないお嬢様だ。一体今までどんな生活をしてきたのだ。

「私がご飯作ってあげる」

 いや、その申し出はありがたいが今のこの風邪で倒れかけている俺にはそのミッションはレベルが高すぎる。料理がまったくできないお前の初めての手料理を食べるのならもっと万全の体調で挑ませてくれ。だが、そのセリフを言い切るだけの元気は正直なかった。だから、「また、今度な」とだけ言った。

 そして、俺は紗枝のためにハンバーグを作りながら自分は雑炊を作った。優しい味付けにしたのでフラフラでも食べることができた。夜遅くに両親が帰ってきたので、風邪を引いたことを伝えた。明日から紗枝の学校への送り迎えをお願いしようとしたら紗枝はいきなり「学校いかない。仁が治るまで」なんて意味不明なことを言い出した。

 そして、本当に紗枝は俺の風邪が治るまで学校に行かなかった。その間暇を持て余していた紗枝はミステリー小説を読み漁っていた。

 ま、その間のご飯はやっぱり俺が作っていたのだが。ま、紗枝が料理を初めてした時の衝撃は今でも忘れられない。それはいつか話せる時が来たら話そうと思う。




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