入学式
~入学式~
朝は早い。特に俺は自分の弁当は自分で作っている。だが、昨日わかったのだが、紗枝の分も俺が作るということだ。昨日聞いたら普通に「私料理できないから」と言われた。
自転車には乗れない、料理はできない。一体どんな生活を東京でしてきたんだ。東京はひょっとしたら俺が知らない国なんじゃないだろうかと思ってしまった。
まぁ、一人分も二人分もあまり作るのは正直かわらない。まぁ、昨日コンビニでなぜかお弁当の景品を紗枝が当てて、料理ができない事実を知ったのだ。
「ねえ、仁。朝ご飯まだ?」
わがまま姫がそう言いながら台所に入ってきた。うちの学校は、男子は普通の詰襟なのに女子の制服は白を基調としたセーラー服だ。襟だけが薄い水色。そして白のプリーツスカートだ。しかも、すらっと長い。短いと寒いだけだ。だが、紗枝は腰のところを降り込んで短くしている。寒いとセーターを上から来ているのだが、紗枝はセーターを着るのがいやらしい。昨日聞いたら「かわいくない」とか言いやがった。新潟の寒さをなめているだろう。
まぁ、これは体感しない限りわからないのかもしれない。ま、紺のタイツを履いているところから見ると少しはわかっているのかもしれないが。
ちなみに、俺は紺のダッフルコートを、紗枝は赤いすこし派手なコートを出している。あんなペラペラなコートだと暖かくもないだろう。ま、今日あまり遅くならなかったら大丈夫だろうがそれでも寒いはずだ。
「ねぇ、早くごはん出してよ」
紗枝がねだるのには理由がある。さっきご飯、味噌汁、焼き鮭を出したら朝はパンがいいとか言いやがるからパンを焼いて目玉焼きを作って、コーヒーを淹れていたのだ。
「はい、できたぞお姫様」
「姫?じゃあ仁は執事なの?じゃあ、これから命令してあげる。まず、コーヒーは出さないこと。姫は苦いのが苦手です。ほら、ありがたく思いなさい」
「ふざけるな。さっさと食え。そして学校に行くぞ。どうせお前を自転車に乗せて連れて行かないといけないのだろう」
なんでこんなに気が重いのだろう。結局紅茶を入れることになったのだが。まあ、これも仕方ないのかもしれない。昨日夜に父親から「彼女も大変なんだ。だからしばらくお客様として扱うように」なんて言ったものだから紗枝が増長した気がする。
「さぁ、仁行くわよ。早く用意しなさい」
黙っていれば絶世の美女に見える。だがこの性格だからたちが悪い。自転車に乗せて走り出す。コンビニが見えてくる付近で後ろから自転車のベルがなった。
「お~い、かりあつ~。その子かい?」
そこにはゴーグルのようなメガネをかけた茶髪の男性がいた。形部だ。どうやらもうすでにうちに女の子が居候したことは町内に知れ渡っていたらしい。こういう時の情報網ってどこから始まってどう伝わるのかわからないけれど早いものだ。
ま、いつもと違う変化があることが珍しいからだし、多分父親と母親が町内会で昨日話したからだ。
「どうも、はじめまして。昨日から仁くんところに住まわせてもらっている囃子紗枝といいます。紗枝って呼んでください」
なんでこう初対面だと完璧なお嬢様なんだろうって思う。形部は「僕は形部浩一郎っていいます。趣味は読書。主にミステリー小説を読んでいます。もし、読みたい本があったら言ってください。古典から現代からラノベまでミステリーと名のつくものは大抵家にあると思います。さすがに貸し出せない本もありますけれどね。絶版本とかもあったりしますから」なんてさらっと言ってくる。
「はい、その時はよろしくお願いしますね」
これまた猫を何匹かぶっているのかわからない返事を紗枝がする。形部はさらに言う。
「紗枝さんは東京から来られたんですよね。じゃあ、今ワイドショーで取り上げられているニュースの場所って近くに行ったことありますか?確か駒場とか言っていたと思うのですが」
今形部の興味は目の前の紗枝よりあの事件の方が勝っている。確かに不思議な事件だ。事件現場に色んな手が込んでいることも報道されているし、目撃証言も多い。だが、証言者の内容も時間も一致しない。まるで犯人が何人もいるのかのような内容だ。
まず、事件現場だ。普通首を絞められたのならばその後に排泄物が垂れ落ちている可能性がある。だが、現場は清掃された後があるし、被害者は着替えさせられたのかジャージを着ていた。だが、下着はつけていなかった。さらにタンスから下着もなくなっていたのだ。いや、それどころか、いたるところに物がなくなっていたのだ。収納ケースはあるが中身がない。一体どうしてそんな手のかかることをしたのだろう。
そして、目撃証言だ。
死亡推定時刻は22時から23時までの間だが、事件現場となる部屋を飛び出たものがいるという証言が複数出ている。
けれど、どれも時間がバラバラだ。夜中の1時と3時、5時。そして通報があった22日の7時前後だ。勘違いもあるのだろうが、ワイドショーで話している人物の顔はちゃんと映っていないが証言している4人は同じことをずっといっている。そして、誰かが意図的にウソを言っているに違いないと言っている。
証言者を信じることができないのならば物的証拠から犯人を割り出すしかないのだが、ロープや紐の類は見つかっていないし、部屋から消えたであろう下着や汚物類も見つかっていない。
報道されればされるほど不思議な事件であることだけがわかる。だからこそ形部はこの事件にのめりこんでいるのだ。自分がまるで明智小五郎か金田一耕助、もしくは御手洗潔にでもなったかのように。だからこそどんな情報でもとりあえず入手して真偽を判断しつつ、推理をする。そして仮説を立てる。どれだけその仮説を聞かされてきたことやら。でも、聞いてもその仮説が真実か否かなんて誰にも判断できない。もし、判断できるのならそれは犯人くらいだろう。けれど、仮説を立てることを形部は楽しんでいる。そう、小説を読むのを遅らせてでもそのほうが楽しいみたいだ。
また、形部の中で娯楽なのだろう。読書よりも面白いものを見つけたのだから。だが、情報はどうやってもそう簡単に手に入るものではない。紗枝が話し出す。
「駒場付近は行ったことあるけれど、事件現場のアパートはわからないわ。学生が生活をするために借りるところの一つみたいだけれど、私にはぴんと来ないわ。東京と言っても広いし人も多いのよ」
そりゃそうだろう。こんなところで情報が簡単に手に入ったらできすぎたミステリー小説だ。コンビニ付近で渋沢さんともう一人明石恵美がいた。明石は昔から仲がいい女の子だ。どうして仲がいいかというと明石もミステリー小説が好きだからだ。そして、今形部の仮説を聞かされている人物の一人でもある。ただ、俺との違いは明石自身も仮説を立てるし、形部の仮説に対して真っ向から否定をしたりしている。つまりディスカッションを楽しんでいるんだ。明石自身もこの事件は楽しんでいるみたいだ。「だって、こんなに面白い事件そうそうないじゃない。しかもここまで情報公開をするってことは捜査がうまくいっていない証拠でしょう。ならそのうち懸賞金とか出るかもしれないもの。それをもらうの。みだしには美人すぎる女子高生の解決っていうのね。そして、それがきっかけで私は女優になるのよ」なんて言っていた。美人かどうかの判断は俺にはわからないが、少し切れ長の目に瓜実顔。多分夏目漱石あたりが好きな描写の女性だと思う。一言でいうと少し古風な顔立ちをしている。美人というよりなんというか昭和美人という感じだ。眉とか少しいじったらかわいくなるのかもしれないが、その顔立ちはどうしても俺には昭和美人というところから抜け出せない。明石自身に伝えることは一生ないと思うが、美人すぎる女子高校生と形容するには難しいと思ってしまう。しかも明石が仲いいのはそれこそかわいすぎる女子高生と行っても過言でない渋沢さんだ。どうしても渋沢さんに目が行ってしまう。
あの短い髪、整った顔立ち、くりんとした目。愛くるしいその笑顔にどれだけ癒されたことだろう。だが、今も少しだけ疲れた表情をしている。勇気を出して俺は渋沢さんに話しかけた。
「渋沢さん、疲れているの?なんだか辛そうだけれど」
だが、渋沢さんは首を横に振るだけだった。そしてそっと俺と紗枝を見つめた。紗枝が自転車を降りて言う。
「渋沢さん、おはよう」
一見すると普通の挨拶だが、紗枝の表情はなんだか獲物を狙っているハンターのような鋭さがあった。おいおい、なんで威圧しているんだ。渋沢さんは「おはよう」と言って自転車に乗って横にいた明石に「行こっか」とだけ言って自転車をこぎ始めた。
「これはこれで一つのミステリーかい?」
形部が俺の近くに寄ってきてぼそっと言う。確かに紗枝の行動は謎が多い。だが、それは俺をいじめることを楽しんでいるだけに見える。その理由はわからないが、俺が迷惑をしているのだけは確かだ。だが、一緒に暮らしている以上仲良くしないとつらくなるだけだ。どうして自分の家なのに居づらくならないといけない。俺は深いため息をついて紗枝に向かって「行くぞ」とだけ伝えた。
紗枝は面白くなさそうに後部座席に乗ってきた。そして、こつんと頭を背中に着けてこう言った。
「ねぇ、あの渋沢さんって人のどこが好きなの?聞きたいな」
答えにくい話しをしてくる。だが、黙っているといきなり脇腹をつねられた。
「痛いって」
「聞こえないのかと思った」
なんだと。もし、聞こえなかったとしたらもう一度言えばいいだろうに。なぜ脇腹をつねる。しかも力いっぱい。まったくわけのわからんやつだ。黙っているとどんどんつねりあげてくるので仕方なく話した。
「意識をしたのは陸上で走っている渋沢さんを見たときかな。輝いていた。一生懸命な渋沢さんをみていて純粋にすごいって思ったんだ。中学1年生の時だな。ちょうど体育祭で同じ白組になって、男女混合リレーに出たんだ。その時はまだ俺は足が速いほうだったからアンカーに選ばれて渋沢さんのバトンを受け取って走ったんだ。その時からかな。意識し出したのは。後は意識し出すとクラスの中心になってすごく気を使っている渋沢さんを見て、俺にはできないことをさらっとやるやつだなって思ったんだ。それからかな。でも、おれには渋沢さんは眩しすぎるな。俺には何もないからな。誇れるものなんて」
話していたら「ふ~ん」と言う返事だけもらった。だが、それ以上は何もなかった。よく考えたらキッカケなんて大したことがなかったのかもしれない。そう、感情なんてよく考えたら自分でコントロールできるものですらないのだから。
学校についた。木造の古い建物だ。自転車置き場に自転車を置きながら、帰りについて確認をした。クラスは2つしかないし、部活に入らないのならば特に帰りは困らないだろうと思った。もし紗枝が部活に入るのなら考えないといけない。
「部活とか何かする予定?」
「仁は?」
「ああ、ミステリー研究会に入っているけれど、活動は形部の家が基本だから。だから家まで紗枝を送ってから形部の家に行くくらいかな」
「私も行っていい?」
「ま、形部次第だけれど、いいんじゃないかな。常連は俺と形部、さっき会った明石くらいだし。後は形部の妹がいるくらいかな。たまにほかの連中も遊びにくるけれど」
話しながら歩いていたら教室についた。
「おはよう」
すでに先に形部が席についていた。席次はほとんど中学の時と変わらない。唯一違うのは紗枝の場所が増えたくらいだ。紗枝が戸惑っていたら「こっちよ」と渋沢さんが手招きをして紗枝を案内していた。
入学式が始まる前に先生が来て、紗枝が自己紹介をしていた。すでに校内で紗枝のことは広まっていた。東京からかわいい女の子が転校してきたというのだからだ。
入学式が終わったら紗枝の周りには「東京ってどういうところなの?」とか「どうして転校してきたの?」なんて質問攻めにあっていた。紗枝はよそ行きの鉄仮面みたいな笑顔を崩さずに応対していた。
質問が終わるまで俺は席に座っていたら気を利かせて形部も残ってくれていた。形部は本を読んでいた。もちろん読んでいるのはミステリーなのがわかる。かなり分厚い本だということだけはわかった。これが文庫でなかったら鈍器になれるんじゃないのかと思ったが言わなかった。どうやらシリーズもので、理科系ミステリー、密室ものだということだけ教わった。1巻を借りて読んでいるが、これまた1冊目からそこそこの厚さだ。
本を読んでいると明石も近くに来た。明石も本を読んでいる。私の読んでいる次の巻を明石が読んでいるということを教わった。今形部は9巻目を読んでいるとのことだ。どうやら1巻を持ってきていたのは俺に貸すのが前提だったというのを聞いた。この前までは違う短編の探偵シリーズを読んでいたのだが2巻で終わってしまったので次の本ということで形部が用意してくれていたのだ。実際その作者のほかの作品も読ませてもらっていたのだが、なかなか面白かったのだ。形部は読むのが早い。今は1日1冊ペースになっているが、前はもう1日に10冊とか読んでいる時もあったのを聞いている。それだけ一気によんで頭がおかしくならないものだと思う。俺は時間をかけて本を読む。この3人の中だと一番本を読むのが遅い。だからシリーズものだといつも最後になる。そうでないと渋滞を起こしてしまうからだ。
30分くらい本を読んでいただろうか。教室に残っていた人もまばらになり紗枝が俺の席の前にやってきた。
「おまたせ。みんな質問攻めでびっくりした」
疲れた顔をしている紗枝を見て大変だったのがわかった。「お疲れ様」そう言ったら紗枝が笑顔になった気がした。その様子を見て、形部が読んでいた本をぱたんと音を立てて閉じて、こう言った。
「じゃあ、帰りますかな。今日は部活動はなしだね。本も読んだし。明日は事件の考察も兼ねて家に集まろう」
「了解」
そう言うと形部と明石は本をカバンに入れて教室を出た。
「よかったの?」
紗枝がそう言ってきたが「ああ、いつものことだからいいよ」とだけ伝えた。そう、俺らの決まりは本を読む、感想を話し合うことが基本なんだ。けれど、俺が一番本を読むのが遅いから俺がこの本を読み終わって感想を言い合うんだよ。この前まで読んでいた本はもうディスカッション済みだからね。だからしばらくはワイドショーの話しがメインになることも伝えた。
「不思議な集まりなのね。じゃあ、私も後で読むからその本読み終わったら教えてね」
紗枝はそう言うとすたすたと歩き出した。「帰るんでしょう」そうだ。紗枝を自転車に乗せて帰らないといけないんだ。このお姫様は自分で自転車に乗ることもできない。
「へいへい、お姫様の仰せのままに」
そう言って自転車をこぎ始めた。コンビニまでとりあえず漕いでいく。そこが中間地点だからだ。コンビニに行くとそこはいつも誰かが何かを買って食べている。今の季節はまだ肌寒いから中華まんかおでんがいい。自転車をこいでいる俺はあったまっているが紗枝はそうでないはずだ。だから食べやすいだろう中華まんを買った。
「ほれ、中華まんやるよ」
そう言って渡すと紗枝は「あったかい飲み物がいい」なんて言いやがる。しかも「気が付かないね」なんてとどめを刺してくる。難しい奴だ。そう言って紗枝は中華まんを食べ終わるとコンビニに入って行った。
「あれ?かりあつ君じゃない。今帰り?」
振り返るとそこに渋沢さんがいた。相変わらず輝いている。
「うん、そう。渋沢さんは部活帰り?」
なんだか今日は自然と話せている。それだけでちょっとだけうれしい。そう思っていたらコンビニから紗枝が出てきた。
「仁、お待たせ。あ、渋沢さんだ」
そう言って紗枝は渋沢さんに抱きつきに行った。女子はいつの間にか仲良くなるのが早いと思う。このハグなんてまったく意味がわからない。
「今帰りなんだ。ねぇ、これからどこか行かない?」
紗枝はそう言う。ここをどこだと思っているんだ。スキー場か温泉くらいしかこの近くにはない。後は田んぼがあるだけだ。一体どこに行きたいというんだ。そう思っていたらさらに看板をさしてこう言ってきた。
「私ロープウェイって乗ったことないの。ねえ、一緒に行こうよ。仁も」
紗枝はそう言うなり俺の自転車の後部座席に座った。
「やれやれ、ごめんね。渋沢さん。紗枝は言い出したら止まらないんだよ。部活で疲れているんなら無理にとは言わないけれど」
渋沢さんを見る。なんだか何かを言いたそうな表情だ。機嫌が悪そうにも見えるが「じゃあ、行こうか」って言ってくれたのでそうでもないのだと思った。ロープウェイがあるほうは雪がきれいに残っている。けれどスキーやスノボをするには向いていないと思っている。もう少し柔らかく雪が降り積もっているほうが俺は好きだ。淡く優しい雪がいいのだ。
たわいない会話をしながらロープウェイの乗り場まで来た。自転車を止めたときに冷えて気いることに気が付いた。横を見るとこの中で一番軽装な紗枝が目に付いた。
「そんな装備で大丈夫か?」
なんてことを言っても伝わらないわな。だからきょとんとする紗枝に俺のコートを渡した。
「え?いいの?」
正直コート脱いだら寒かった。そりゃそうだ。だが、紗枝が風邪をひいて倒れるより大丈夫だろう。
「ああ、さっきまで自転車こいでいたから暑いんだよ」
今は流れ出た汗が冷気によってかなり寒さを手伝ってくれているのがわかる。でも、ちょっとくらい大丈夫だろう。ロープウェイに乗ってしまえば問題ない。
そう思っていた。ロープウェイに乗って景色が変わっていくのを見ていると白んでいる山々がきれいに見えた。毎日見ている景色なのにきれいに見える。
「キレイ。なんか夕焼けと雪がこんなに映えるなんて思っていなかった」
そう言ったのは渋沢さんだった。思わずその横顔を見ていてかわいいと思った。けれど口に出すわけにもいかないから「そうだね」とだけ話した。
「なんだかずっと住んでいるのにこうやって景色を見るなんてしてなかったんだなって思った。ありがとうね。紗枝」
そう言って渋沢さんは紗枝に抱きついていた。この女子のハグというコミュニケーションは何なんだろう。毎回わからない。多分女子特有なんだろう。
ガタン。
気が付くと、ロープウェイは頂上についていた。そこはまた一段と寒い風が吹いていた。そして白い世界だ。紗枝は駆けていき頂から街並みを眺めている。田んぼとぽつり、ぽつりある街並み。この町が、この景色が、俺が知っている世界だ。
「なんだかすごい遠くまで見える。なんだか空気がひんやりしてスーって肺に入っていくのがわかる。寒いってことはこういうことだったんだね。東京で私が経験した冬なんてまるで作り物みたい」
はしゃぎまわる紗枝を見ながらすこしぶるっと体を震わした。さすがに学生服だけじゃ寒い。ま、ロープウェイの駅近くにいればいいだろう。そう思っていたら紗枝が俺を発見して「何そんなところにいるのよ。景色見よう」と言って寒い中に俺を連れて行った。
「ねぇ、キレイでしょう」
満面の笑みを向ける紗枝を見て、喜んでいるんならいいかと思った。時計を見る。もうすぐ18時だ。
「そろそろ帰ろうか。晩御飯も作らないといけないしな」
「え?なんで仁が作るの?」
「ああ、平日は俺がご飯を作っているんだ」
「もうちょっとだけ待って星が見えるまでここにいたい」
仕方ないな。少し自分の肩を抱いていたら渋沢さんがマフラーを貸してくれた。
「寒いでしょう。これくらいしかできないけど」
「サンキュー」
「ううん。いいよ」
「今度何かで返すよ」
「じゃあ、今度私が困ったら助けて」
「おう、当たり前だ」
そうやって少しだけ寄り添うように俺は渋沢さんと話した。かすかに感じる渋沢さんの体温といい匂いに少しだけ癒された気がした。
「星きれい」
紗枝が叫ぶ。太陽も沈み気が付いたら空には満天の星空が広がっていた。「ホントにきれい。まるで星に手が届きそう」そう言って渋沢さんは空に手を突き出した。その姿はどちらかというと空に吸い込まれるようなくらい幻想的だった。その顔を、姿を見ていて体が熱くなるのがわかった。
「じゃあ、帰ろうっか」
その言葉で俺らはロープウェイを降りて自転車をこいだ。コンビニまで来て「じゃあね」って渋沢さんが去って行った。その背中を見ていてもまだ体は熱かった。
家に帰って簡単な御飯だけ作って俺はなんだか疲れているのかすぐに布団にもぐりこんだ。渋沢さんのあの笑顔、声、そして星に連れ去られそうなあの一瞬がいつまでもどこまでも体を熱く、熱く火照らせていた。




