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出会い

~出会い~


 中学卒業から高校入学までの間。顔を合わすメンバーなんてずっと変わらない。みんな同じところに行くからだ。よほどの理由がない限り違う学区にいくやつはいないし、転校するやつも今までいなかった。大学になってはじめて別々になることが多い。そういう場所だ。変わらないことに安心を覚えていた。

 ただ、何も新しいことが起きないから何かを想像することは得意になっていた。

 今俺や形部、後数人で盛り上がっているのはテレビでやっている事件の検証についてだ。形部がミステリーマニアで色んなミステリーの本を買っては読んで、周りに貸してくれる。

 ゲームも確かに面白いが授業中にゲームをするとなぜかすぐにばれて取り上げられるのだが、小説を読んでいるとなかなかばれることがない。それにばれたとしても、小説だと「ま、読書はいいことだ。だが授業も大事だぞ」みたいになぜかスルーしてくれる教師が多い。これが漫画だと没収なのだ。そういう意味では俺らの娯楽の中に読書というものが確立されたのだ。そして、常日頃形部は「何か事件が起きないかな~」なんて物騒なことを言っているのだ。気分はホームズやポアロにでもなっているのだろう。一度形部にそう言うと「わかっていないな。日本なら明智小五郎か金田一耕助だろう。もしくは御手洗潔だね。だって、ここは日本なんだよ」と言われた。確かにドイル、クリスティ、クイーン、カー、ダインだけじゃなく、日本の古典、本格派など幅広く読んでいる。形部はミステリーには細かいのだ。そんな形部は今ワイドショーでずっと報道されているニュースを安楽椅子探偵気取りで解決を考えているのだ。しかもテレビや新聞、ネットにあるだけの情報でだ。警察は当然もっと情報を持ちながらこの事件の解決に挑んでいる。

 確かに、このワイドショーをにぎわしている事件は少し面白い。

 被害者である「高崎惣(21)」は首を絞められて死んでいるのが3月22日に発見される。報道の情報ではこれが絞殺なのか扼殺なのかすらわからなかった。けれど、第一発見者というか通報者である男性(これは報道されている)は警察が現場に来た時にはその場にいなかったのだ。警察が来た時は高崎惣が一人暮らしをしていたアパートに鍵がかかっていたのか鍵が開いていたのかすらわからない状態だ。それに第一発見者がどういう経緯で発見に至ったのかもわからない。

 高崎惣のアパートは一人暮らしで契約をしていたが、どうやら同棲をしていたらしい。歯ブラシが2本あり、部屋には二人以上が生活をしていた痕跡があるらしい。

 そして、高崎惣には彼女が3人いたらしい。これはA子、B子、C子と表現をされている。だが、この3人ともは3人の存在を知りつつ、高崎惣の家にご飯を作りに行ったり家事をしに行ったりをしていたらしい。しかも曜日を分けて行っているという。

 これまたわけのわからない状態だ。そして、もう一つ近隣住民からの証言ではここ最近は制服を着た女性が何度かこのアパートを訪れていたらしい。

ちなみに、A子、B子、C子は3人とも大学生で、高崎惣とは大学時代に知り合っている。だが、4人とも大学は別なのだ。けれど大学生。だからこの制服を着た女性は高崎の4人目の彼女ということになる。だが、この4人目の彼女はいまだに特定できていない。

 はじめはこの通常では考えられない関係からの痴情のもつれの犯罪だと思われていたのだが、連絡がついているA子、B子、C子ともお互いを尊重しながら誰も高崎惣の特別にはならないと約束をしていたらしい。これも理解できない関係だ。

 もう一つこの事件を語るに不思議なことは高崎惣の家庭環境にもある。高崎惣の実家はアパートから徒歩10分のところにある。どうしてそんなに近い場所で一人暮らしをしているのかは報道されていない。ただ、どこかの週刊誌が取り上げていたのは高崎惣の両親はともにバツイチで、連れ子がいたらしい。高崎惣は母親側の連れ子であったが、早くから自立をして家を出て生活をしていたらしい。高崎家の父親に至っては高崎惣がどこに住んでいるのかすら把握していないと証言している。そしてもう一つ。事件当日から高崎惣の弟である高崎良助は海外旅行にでかけている。昔のバラエティーにあったヒッチハイクの旅をしているらしい。そのため今どこにいるのか不明らしい。事件の関係者と思われる人物に行方不明者が多いのもこの事件の特徴だ。

 現場はほとんど争った形跡もなく、また木造で壁の薄いアパートの住人からはとくに争った音などは聞いたことはないとのことであった。いや、物音は聴いているのだが、時間帯が違うのだ。しかも死亡推定時刻ともずれているとの報道もある。

「なぁ、こんな面白い事件が起きているんだ。なんかもう本なんて読んでいる場合じゃないって思ったよ」

 形部は携帯越しに熱く語っている。つまり電話だ。今話題になっているのは「誰が殺したのか?」ということだ。顔見知りでない限り暴れる可能性がある。そして、A子、B子、C子とも合鍵を持っている。高崎家にも鍵はあるし、事件後もそのまま鍵は保管されている。

 そして、死亡時刻が22時から24時ということもありアリバイがある人もいない。各々家に居たという証言しかなく、家族以外の証人は誰もいない。つまり誰もが高崎惣を殺せる状況であったのだ。

 動機に至っては痴情のもつれというのであればA子、B子、C子はあてはまる。高崎家にしてはすでに高崎惣は存在しないものと扱われているため動機は薄く感じるがどうして高崎惣が実家近くでアパート暮らしをしていたのかはなぞである。

 実家も一人暮らしの場所も大学から近い。家庭環境ということだけで一人暮らしをしたのではと推測できるが、家庭内不和の報道はない。ま、実際あったとしても誰もそんなことは話さないだろう。それに父親がすでにどこに住んでいるのかも把握していないことから円満な家庭環境でなかったことは推測できる。そういう意味では、息子をなんらかの理由で殺害をするに至ることだってあるのかもしれない。

 ここまでこの事件に詳しくなったのは連日形部から電話が来るからだ。確かに形部の周りにはミステリー小説を好きで読んでいるものも多い。俺だって面白いと思って読んでいる。けれど、今回の事件はこれだけの情報で解決するには無理がありすぎる。情報が足りないからだ。もう少し情報があればいいのに。

「そうそう、確か渋沢の兄ちゃんって東京で警察官なんだよな。何か情報ないかな?お前渋沢に話してみてくれよ」

 一瞬そう言われて心臓が止まりそうになった。渋沢凜子。俺のあこがれの人だ。ショートヘアに大きな目。陸上で鍛えられたすらっとした手足。いつも屈託のない笑顔。誰にでも優しい彼女。俺は気が付いたら渋沢さんをおいかけていた。学年は2クラスだけ。中学になって一緒になった。体育祭で混合リレーが一緒になったときドキッとしたのを覚えている。けれど、同じ組になったのは1回だけだった。1クラスを赤と白にわけるのだ。確率は二分の一なのに一回しか同じ組になれなかった。あの時受け取ったバトンとかすかに触れた指が忘れられない。

 話しかけたくてもなかなかうまく話せない。学校近くのコンビニでアイスを食べている時に渋沢さんから一度話しかけられてびっくりしてアイスを落としたことがあった。あの時も「びっくりさせてごめんね」なんて言われたから顔が真っ赤になったのを覚えている。そう、渋沢さんとだけうまく話せないんだ。

「お~い、返事しろよ~」

 形部が電話越しに何か叫んでいる。

「いや、それほど親しくないし、それに3学期あたりから渋沢って休んでなかったっけ?」

 そうだ。3学期終了近くから渋沢さんは休んでいた。何か親族で不幸があったとか何かとかで街にすらいなかったんだ。確か東京に行っていたとかいっていたはずだ。だから、いつになく教室が、いや町全体がさみしく見えたのを覚えている。

「まぁ、親しいからといっても捜査情報を教えてもらえるわけはないんだけれどね。でも、気になるわな~一体誰が殺したのかってことが」

「でも、何かのひもみたいなものを使ったとしてもそんなに簡単に人を殺せるものなのかな?」

 ずっと疑問だった。そんなに簡単に人を殺せると思えない。相手が起きているのなら特にだ。

「扼殺だとありえないけれど絞殺なら可能だと思うよ。欄干あたりにひもを通せば特にね。でも、実際現場を見たわけでもないし、死体が動かされていないとも限らないからね。だから可能性があるとしか言えないね」

 そう言った後にいきなり「ピンポーン」とインターフォンがなった。

「なんかお客さん来たみたいだからいったん切るな」

 そう言って形部からの電話を切った。階段を降りて玄関のところに行くとすでに母親が誰かの応対をしていた。

 そこにいたのは見たことのないくらいの美少女だった。まるで今までの世界が白黒の世界でいきなりカラーの世界に連れて行かれたくらいの衝撃を受けた。

 黒い髪が長くヘアバンドで止めてある。この町ではあまり見ない白い肌に大きく、くるんとした目。そしてその瞳は大きくてまるで吸い込まれそうなだ。唇はうすくピンクでその口が動くたびに目が離せなくなっていった。

 すらりと細い体は身長がありまるでモデルみたいだ。そのくせ胸がありそこから視線が外せない。

「はじめまして、今日からお世話になる囃子紗枝といいます。よろしくお願いします」

 そう言ってお辞儀をしながら出た声はすごく透き通っていた。

「まぁ、そんなに広くない所だけれど自分の家だと思って自由につかってね」

 母親はそう言ってその囃子紗枝といった子を案内しはじめた。呆けていると母親が「あんたに言ってなかったっけ?今日からお父さんの知り合いの人をちょっとだけ預かるの。どれくらいかは未定なんだけれどね。ま、私も娘がほしかったからうれしいのよ」なんて浮かれながらそう言ってきた。

 まず、案内したのは居間だった。

「このこたつ掘りごたつなのね。そしてこっちには火鉢もある。私初めて見たわ」

 囃子紗枝と言った子はものすごくはしゃいでいた。

「そんなにめずらしいのかよ。え~と、囃子さん」

 なんだか目を合わせることができない。まるで心を持って行かれそうだ。いや、どこか知らない所に一気に突き落とされた気分だった。

「うん、私がいた東京にはこんなこたつも火鉢なんかもなかったもの。あ、それと囃子さんってやめて。紗枝って呼んでね。私もあなたのことを名前で呼ぶから。ねえ、名前教えてよ」

 目を合わせないようにしていたのに、顔を覗き込んでくる。頬が赤くなっているのがわかる。

「仁っていうんだ。おれは狩集仁。それが俺の名前だ。でも、学校で俺のこと仁なんて呼ぶやついねえぞ」

「じゃあ、私だけなんだ。ちょっとうれしいな」

 そう言って笑う紗枝は反則だと思った。

「なぁ、東京からどうしてこんな田舎に来たんだ?」

 俺の質問に紗枝は答えなかった。言ったのはこのセリフだけ。

「しばらく、帰りたくないの。というか帰る場所がなくなったの」

 沈黙だけがやけにうるさかった。母親がこっちを見てこう言った。

「ちょっと、仁。紗枝ちゃんを案内してあげて。明日から学校でしょう。学校の場所とかコンビニとか教えてあげないと困るでしょう。私はこれから出かけるから、お願いね」

 母親はそう言って本当に出かけて行った。

「ねえ、仁くん。お願い案内してよ」

 まっすぐに見つめる瞳は反則だと思った。自転車を出していると紗枝がこう言ってきた。

「自転車なんだ。バスとかないの?」

「ないよ。みんな自転車か徒歩で学校行っているよ。まさか自転車持ってきてないの?」

「持ってきてないというか乗ったことない。だって今まで自転車が必要な生活なんかしてこなかったから」

「どんなお嬢様だよ。じゃあ、後ろ乗れよ」

 後ろに紗枝が乗ってそっと腰に手を回された時にドキっとした。自転車をこいでいる紗枝が話してきた。

「なんか空気がきれい。空が遠く感じる」

そう言われて空を見た。夕日になりかけている景色は少しだけ肌寒くて、そして少しだけ気持ちよかった。

「ねえ、普段は何しているの?」

「本読んでいるかな。今周りでブームなんだよ。ミステリー小説が。友達がすっごい本を買ってくるんだよ。しかも面白いのばっかり」

「ふ~ん、読書なんだ。結構以外。面白いかどうかなんて立ち読みすればいいじゃない?」

「この近くにそんな色んな本を置いている書店がないんだよ」

「そうなんだ。買う時はどうしているの?」

「umazonかな~ネットでいつも買っているから」


 たわいもない話しをしていた。コンビニが見えてくる。

「あそこが一番近いコンビニ。ここまでが学校までの折り返しなんだ」

「え~まだ半分なの?学校まで自転車でどれくらいかかるの?」

「だいたい30分くらいかな。このスピードだと50分くらいかかるかも」

「歩いていけないね」

 そう話していたらコンビニから渋沢さんが出てきた。一瞬緊張した。こんなところを見られたら誤解されてしまう。

 自転車を止める。でも、すでに遅かった。久しぶりに見た渋沢さんはいつもより疲れている感じで、普段も細いがさらにやつれて見えた。

「あ、かりあつ君。どうしたのその子?」

 疲れているのがわかるけれど、いつも通りの笑顔を見せてくれた。親族に不幸があってその後に体調を崩したことは聞いていたけれど、ここまでやつれていると思わなかった。

 やはり身近で誰かが亡くなるということは思っている以上にこたえるのかもしれない。

「どうも、はじめまして。仁くんのところに居候させてもらっている囃子紗枝と言います。よろしくお願いしますね」

 俺が呆けている間に紗枝は勝手に挨拶をしていた。俺がびっくりしているのを見てなんだかニヤリと笑った紗枝の笑顔が印象的だった。目の前にいる渋沢さんが不思議そうにこう言った。

「え?仁くん?居候って?どういうこと?」

 明らかに誤解をしているのがわかる。「いや、渋沢さん、そういうことじゃなくて」動揺して言葉がうまく出てこない。その俺を見て紗枝はさらにこう言ってくる。

「渋沢さんって言うんだ。仁。ちゃんと私たちの関係を渋沢さんにも伝えてあげなよ。ねぇ」

 なんだ、そのさらに誤解されそうなセリフは。しかも意味もなく顔を近づけてくるな。明らかに渋沢が狼狽しているじゃないか。

「いや、紗枝は明日から転校してくるんだよ。それでしばらく家に住むことになったんだ。それだけだから」

「紗枝って、、、名前で呼んでいるんだ」

 あ、なんだかさらに誤解が深まった気がする。どうしよう。

「いや、違うんだって。これは、これは」

 考えがまとまらない。紗枝を見るとものすごく笑いをこらえているのがわかる。なんだこのドSは。

「ねえ、仁。学校まで早く連れて行ってよ。じゃあね。渋沢さん。って、あれ?どこかで渋沢さんと会ったことあったっけ?」

 さりげなく紗枝は俺の腕に手をまわして巻き付いてくる。そして見せつけるかのように渋沢さんに顔を近づけている。渋沢さんが顔をそむけながら「また明日ね」そう言って自転車に乗って去って行った。

 その後ろ姿を見てすぐに紗枝は絡めていた手をほどいて自転車の後部座席にドンっと座ってこう言った。

「あ~、面白かった。ねえ、仁はあの渋沢って子が好きなの?」

「おい、気が付いていながらあの所業はなんだ?」

「だって、動揺して目が泳いでいる仁を見ていたらなんだか楽しくなって。そんなことで怒ってたら男じゃないぞ~」

「知るか、学校まで行くからしっかりつかまっていろよな」

 最悪だ。今まで話すこともちゃんとできなかった渋沢さんに誤解されたままなんだ。しかも後部座席にはハイテンションな紗枝がいる。なんだっていうんだこいつは。

 そう、第一印象は悪いだけだった。まだ、俺はこいつの紗枝のことを知らな過ぎた。

 その思いも、優しさにも。


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