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雨、連れて行ったもの

~雨、連れて行ったもの~


 玄関にずっといるわけにもいかず部屋に戻った。そういえば、紗枝が来るようになってからできるだけ1階にある紗枝の部屋付近にはいかないようにしていた。一緒に住んでいてもお風呂の時間や洗面台の時間もある程度決めているからばったり出くわすこともない。そんなのは同棲アニメや漫画の出来事だ。そのあたりは両親がきっちり気を使っている。

 自分の部屋に戻り窓から玄関の外を見たらそこには紗枝もさっきの『天童』ってやつもいなかった。男性から見てもかっこいい顔立ちをしているのがわかる。ああいうのがタイプなのだろうか。しばらく窓から眺めていたら一つの傘を二人で入って歩いてくるのが見えた。紗枝だ。何か声が聞こえる。

「考えておいてほしい」

 男性のその言葉だけが聞き取れた。紗枝の声は聞こえなかった。ただ、次に聞こえたのはバイクが遠ざかっていく音だった。紗枝に聞きたい。何を聞くのだ。あの男は誰かと聞くのか、それとも何を話したと聞くのだ。わからない。でも、気が付いたら玄関に向かっていた。

「紗枝」

 名前を呼んだが返事はなくそのまま紗枝の部屋に入っていく。一瞬見えた紗枝にはまるで表情がなく能面のようだった。一体何を言われたのだろう。翌日学校に行くときにでも聞くかと思った。部屋に戻ったが気になってなかなか眠れずにいた。


 ジリリリリ。

 鳴った目覚まし時計を止める。なかなか寝付けなかったせいか久しぶりに目覚まし時計より早く起きられなかった。風邪を引いた時以来だなと思いながら下に降りていく。朝食の用意をしながら出かける用意をする。テレビをつけるとニュースでどこかの企業の不祥事が取り上げられていた。次に行方不明になった小学生のニュースが流れる。場所は新潟県だった。昨日から新聞でも取り上げられている。誘拐なのかと思われたが犯人から何の接触もない状況だ。小学5年生。知らない大人について行く歳でもない。何かの事件に巻き込まれたのではないかとコメンテーターが言っている。多分形部あたりが今日ニュースをまとめたものを持って色んな仮説を力説しそうな気がした。

「おはよう」

 紗枝が降りてきた。

「早いじゃん」

 そう言えば前にコーヒーを出した時にミルクと砂糖を入れまくって飲んでいたんだったな。ほとんど違う飲み物になりかけていたので、それ以降は紅茶を出すようにしている。本当にわがまま姫だ。

「たまにはいいでしょう」

 そう言いながら紗枝はテレビを見る。テレビを見ながら紗枝はこう言った。

「ニュースって大事だけれど、家族のことを考えたらそっとしてほしいときだってあるのにね」

 ちょうど画面には娘がいなくなって泣きながらインタビューに答えている母親が映っていた。インタビューアーの質問が容赦ない。

「普段からよく出歩く子だったんですか?」

「単なる家出ということも考えられないのでしょうか?」

 心配をしているのか、それとも話題性を膨らませたいだけなのかわからない。泣きながら答えている人にこの質問をぶつけられる神経がすごいと思った。

「確かに、ちょっとひどいよね。でも、見つかるといいな」

「見つかったとしても、小学校5年生の女の子でしょう。絶対学校でいろいろ言われるよ。いたずらされた子だとか」

 最悪を想定するとつらくなるだけだ。公開捜査に踏み切っているということは情報がないからなのだろう。見つかったとしても、見つからなかったとしても家族にとってはつらいだけなのかもしれない。

「ごちそうさま。さあ、仁、行こうよ」

 いつの間にか紗枝はご飯を食べ終わっていた。いつもより少し早いけれど学校に行くことにした。

 自転車を漕いでいく。今日は珍しく晴れてくれている。

「雨やんだね。やっぱり晴れがいいな」

 紗枝がこう言ってきた。「そうだね」と返した。しばらく沈黙が続く。意を決してこう聞いた。

「昨日の人って誰?まさか彼氏?」

 明るくいったけれど心臓がバクバクしている。背中に紗枝の顔が触れる。紗枝が言う。

「心臓、バックバクだよ」

「うっさい。自転車漕いでるからだよ」

 多分違う。それだけじゃこんなにバクバクしない。

「ふ~ん、そうなんだ。まあ、いいけれどね。昨日のあいつはそんなんじゃない。まあ、私の今の気持ちを一番わかってくれている人かもしれないけれど、でも、それだけ」

 なんだか納得がいかなかった。一番わかってくれるってなんだよ。それって特別じゃないか。

「おはよう、今朝のニュース見た?」

 声をかけてきたのは茶髪にゴーグルのようなメガネをした形部だ。形部はすでに新しい事件の真相を追いかけたがる。推理が好きなのだ。ただ、その推理が本格的で情報の取得もどこから仕入れてくるのかわからないくらいだから怖いものだ。

「ニュース見たけれどあのインタビューはないよな」

 形部に返事をする。後ろで紗枝が「おはよう」とあいさつをしていた。紗枝が言う。

「なんか家族のことをもっと考えて報道してほしいよね。あんな感じの報道って大っ嫌い」

 そう、このセリフの意味を後で知ることになる。そう、この日学校についてしばらくしてからのことだ。


 学校についてしばらくすると担任とは違って教頭が教室にやってきて、俺と形部、そして紗枝と渋沢さんを呼び出した。後は自習するようにと言っていた。職員室の奥にある応接に連れて行かれる。すでにそこには見知らぬ灰色のスーツを着たは白髪の男性と、茶色のスーツを着たこちらは禿げ上がった年配の男性が座っていた。教頭が言う。

「この方は警察の方でね、この前の演劇祭について話しを聞きたいということで本校を尋ねられてきたんだ。あっちの会議室で一人ずつ面談をしてもらうから。面談が終わるまでは別々に待機してもらうから」

 そう言われて、まず渋沢さんが年配男性二人に連れられて会議室に入った。30分くらいして次は紗枝が呼ばれた。次は俺だった。会議室に入る。正面にさっきの年配男性2人が座っている。会議室はコの字にレイアウトされており、真ん中に椅子だけを置かれ、そこに座らされた。茶色いスーツの禿げ上がった男性が言う。

「狩集仁くんだね。私は新潟県警の星崎、こちらは須藤という。早速だが君たちが演劇祭で行った劇について聞きたい。あの劇をやろうと言い出したのは誰かな?」

「形部です」

「シナリオを考えたのは?」

「形部ですが、ラストは形部が考えたものではありません」

「ほう、というと」

 そう、そこでラストを俺と形部以外には教えずアドリブであることを告げた。本来ならば別のラストだったが、助手の栗栖役だった『渋沢さん』が衛藤久実役だった『紗枝』を犯人としてしまったことでラストが変わったことを告げた。白髪の男性、須藤という人がこう言った。

「なるほど、ちなみに配役もシャッフルしたと聞いたけれど、偶然なのかね?」

「周りには偶然と思わせていますが配役の組み直しは形部が行いました。形部は多分この事件の全貌を把握していると思います」

 間をおいて開く初の男性が話した。

「だろうな、でないと『囃子紗枝』をその役にしないだろう」

「どういう意味ですか?」

「質問は終わりだ。次は形部くんを呼んできてくれたまね」

「さっきの意味を教えてください。でないと俺はここから外に出ません」

 何かが引っかかっている。何かを見落としている。違和感がある。吐き気がする。白髪の男性、須藤が言う。

「なんだ、君は知らなかったのかね。『囃子紗枝』の姉『囃子愛美』があの劇でいう所の衛藤久実だ。報道では氏名は出ていなかったがどこからか個人を特定されて中学でいじめにあったらしい。家も連日マスコミが押しかけて親戚の家にもいけずとうとう知人の家を訪ねたらしいね。それが君の家だろう。あの動画では顔はわからないくらい画像はあえて荒く加工されていたけれど、よく『囃子紗枝』が引き受けたものだ」

 そう言われてはじめ紗枝のテンションが低かったのを思い出した。説得をしたのだ。俺と形部で。俺のせいなのか。俺が紗枝を舞台にあげなければよかったのだろうか。須藤が言う。

「実際、あの劇を見てびっくりした。なんせ警察が公表をしていないことも含まれていたからね。もし、推測だけであそこまでたどり着けたのなら大したものだ」

 そんな言葉など耳に入らなかった。俺は会議室を出て、形部を呼んだ。紗枝に謝りたい。教室に向かって走って行った。だが、すでに教室には何とも言えない空気が流れていた。

「囃子さんって、あの事件に出てくるC子の妹なんですって?」

 紗枝が曇った表情をしている。俺は紗枝の手を引っ張って教室を出て行った。屋上まで行く。

「知らなかったとはいえ、迷惑をかけて悪かった」

 屋上で謝ったら紗枝が何とも言えない表情で笑ってくれた。目は泣きそうなのに笑っている。紗枝が言う。

「いいよ。いつかここでも広まるかもって思っていたから。仁も私のことイヤになった?」

「関係ないだろう。紗枝は紗枝だ。誰が何を言おうと守ってやる」

 そう言ったら紗枝が笑い出した。紗枝が言う。

「ってか、守るって言うか逃げるだよね。これ」

「いいんだよ。ってか、誰が広めたんだよ」

「教師が言うわけないから多分、渋沢さんかな?」

 確かに最初に面談を受けたのは渋沢さんだ。教室に戻って何かを聞かれてつい話してしまったのかもしれない。だが、なぜそんなことをしたんだ。紗枝が言う。

「渋沢さんを責めないであげて。私は前の学校でも経験しているから」

「経験って、嫌なことになれるなんてあるわけないだろう。俺が何とかする」

 そう、こう言ってのけたが、期末テストが始まるころには動画サイトから知ったのか学校にマスコミが張り付くようになった。

「ちょっと、ほんと囃子さん勘弁してほしいわよね」

「ごめんなさい」

 学校の女子がマスコミ対応としてマスクをするようになった。紗枝もマスクをして、メガネをかけている。伊達メガネだ。

「でも、ちょっと芸能人になった気持ちじゃない?」

 明石は火消しとしてそう話す。俺と形部、明石、笠原さんで紗枝を支えようって決めたのだ。マスクと伊達メガネを渋沢さんは取って話す。

「いつかは鎮火するだろうけれど、鎮火しないようだったら考えてもらわないとね」

 部活動も制限がかかりかなりの不満が出ている。渋沢さんですらこうなのだ。

「ごめんなさい」

 紗枝はまた謝る。教室にいてもいいことはない。俺は紗枝の手を取って走っていく。形部、明石、笠原さんもついてきてくれた。行先は最近よくいく保健室だ。カーテンが閉まっていることを確認してほっと一息をつく。形部が言う。

「いや、この状況はまずい。やっぱり強行策しかないかも」

「あれやるの?」

 明石はどうやら形部が何をしようとしているのかを知っているらしい。紗枝が言う。

「もういいよ。私迷惑をこれ以上かけられない」

「大丈夫だよ。みんなで何とかする。今日で期末テストも終わりでしょう。最悪形部の離れでみんなで合宿とかどう?」

 笠原さんが魅力的な提案をする。あの場所なら一旦入ってしまえばなんとでもなる。それに形部の家の敷地は広い。

「いいね、うちを提供するよ」

 形部も乗り気だ。実際形部の実家ににらまれたら地元メディアも困るだろう。そういう意味でもかなり助かる。

「じゃあ、テストを終わらせて合流かな」

「あ、でも今日夕方から雨らしいよ」

「午前中までだからなんとかなるか」

「じゃ、また後で」「後でね」

 そう言ってテストを受けに行った。集中するために紗枝には保健室でテストを受けてもらった。教室はそういう雰囲気じゃなくなってきているからだ。チャイムがなりみんなで保健室に向かう。女子はマスクをして下校。紗枝を自転車に乗せて家に向かう。家の近くに見たことがないワンボックスカーが止まっていた。入り口をのぞくとカメラクルーが家に居た。こっそり隠れる。母親が対応している。

「だから、うちには息子しかおりません。そんな子は知りません」

「いやね、情報提供があったんですよ、こちらに『囃子愛美』の妹がいるって。ちょっと画が取りたいだけなんです。ご迷惑はかけませんから」

 家にまで取材が来ている。誰が一体。いや、クラスの中の誰かだろう。紗枝をちょっと映したらもう来ないなんて言って誰かが話したのかもしれない。紗枝を自転車に乗せてゆっくり進んでいった。行先は形部の家だ。形部の家に着く前に紗枝に形部にメールを入れてもらった。「今から行く」と。

 形部の家に着く。別館に向かい自転車を止める。

「早いな、どうしたんだ?」

「家に取材が来ていた。だからそのまま来た」

 それだけを伝えた。前に紗枝が「なんか家族のことをもっと考えて報道してほしいよね。あんな感じの報道って大っ嫌い」と言っていたのがよくわかる。画が撮りたいからと言って家の前に張り付く、違うと言っても引き下がらない。これが報道なのか。何か間違っている。紗枝が一体何をしたって言うんだ。乃愛が「いらっしゃい」と言ってくれたのが唯一の安心だった。ここにいれば大丈夫。そう思った。とりあえず家に電話を入れ「形部の家に居る」と伝えたら「今日は泊めてもらったら。後で荷物持っていくから」と言われた。多分家の前でずっと張り付くつもりなのだろう。とりあえず落ち着くためにアイスティーを2つ入れてもらった。いつもはアイスコーヒーなのだが今は紗枝と同じものが飲みたいと思った。しばらくして、明石、笠原さんも来た。事情を説明して明石も泊まることになった。流石に乃愛がいるとはいえ男ばかりで止まるわけにもいかない。それに乃愛はほっておくと形部にべったりくっついている。多分誰もいないと紗枝が困る。それを見越して明石が泊まると言ってくれたのだろう。明石は一旦家に帰って荷物を持ってくると言って出て行った。形部が言う。

「とりあえず、かりあつは俺の服でいいだろう。紗枝さんには妹のでよければ服は貸すよ。多分大丈夫だと思うし」

「えへへ、さっきお兄ちゃんと一緒に探してきたんだぁ」

 形部はこういう時行動が早い。一度泊まったときは離れを解放してもらったことがある。そこは布団が大量に引けるくらいの和室が2部屋あってふすまで仕切ることができるのだ。多分そこに止まるのだろう。食事はどこでも作れるし、食べることもできるがこの別館は読書に特化をしているため寝るとなるには向いていない。ま、ソファで寝ることはできるが形部がそれを許してくれない。笠原さんを連れて離れに行ったのだが、離れ自体は普通の一軒家のような形をしている。1階にも部屋があり、風呂、トイレ、台所がある。2階には8畳と10畳の和室だ。離れを見て笠原さんも泊まることを決めたらしい。明石と入れ替わりで笠原さんも荷物を取りに帰った。結局笠原さんが戻ってきた時は晩御飯を作ろうという話になってカレーライスを作っていた。ここでも紗枝の超絶スキルが発揮されてみんながびっくりしていたのだ。ま、すでに外は雨が降り出している。今日はかなり雨足が強くなるとテレビのキャスターが言っていた。携帯が鳴る。母親からだ。「買い物のついでに荷物を持っていく。車で行くからよろしく」とメールが来ていた。形部に伝えたら雨足が強くなってきた。形部は「門を開けてくるよ」と傘を差しながら出かけて行った。だがしばらくしても戻ってこない。携帯にメールが来る。母親からだ。「門前がすごいことになって入れないの」そのメールを見て俺は傘を借りて飛び出した。「紗枝はそこにいろ!」そう言ったけれど、紗枝も走ってきている。しかも傘を持っていない。仕方ない、傘に入れてやるか。少し止まって傘を差しだす。「ありがとう」そう言ってきた。ここ最近の紗枝はおとなしすぎてなんだか違和感がある。かわいすぎるのだ。反則だろう。そんなことを思っていられたのもこの時までだった。門の前までマスコミが来ているからだ。対応を形部がしている。「ここは私有地です出て行ってください」それだけを言い続けている。多分こういう想定をしていたからの返事なのだろう。マスコミが「高崎惣の事件について一言お願いします」「あの劇で犯人を追いつめたかったんですか?」と聞かれても一切答えていない。だが、このまま押し問答を繰り返していても門を閉めることもできない。マスコミの奥側に母親の車があるからだ。どうしようか悩んでいたら横にいた紗枝がそっと「もういい、ありがとう。いままで」そう言って傘を握っていた手をつかみ、ほっぺたに軽くキスをされた。一瞬何が起こったのかわからなかったがその次には、紗枝はもう雨の中歩いて行った。その顔は雨でなく確かに泣いていた。一瞬こっちを見て何かを言ったように見えた。だが、雨音がうるさくて聞こえない。もう紗枝はマスコミの前に言っていた。紗枝が言う。

「私、囃子紗枝、囃子愛美の妹の私が答えます。だから道をあけてください」

 そう言って、紗枝は歩き出していく。走り寄って止めようとしたが前に形部が経ち首を横に振っている。形部が言う。

「こうなると止めることができない。多分今LIVE中継になっているはずだ」

 遠ざかる紗枝の声を聞きながら、ただただ無力な自分を殴ってしまいそうになった。目の前にずぶぬれになりながら堂々と話している紗枝にかけてあげる言葉もないのだから。

 この日はその後失意の中カレーライスを食べた。記者がいなくなったのを見て家に帰ったが周りを見渡しても紗枝がどこにもいなかった。そう紗枝はいなくなった。父親に聞いたら「違うところに行く、都合が付いた」と言われて駅まで送って行ったとのことだ。雨は何もかも流してしまった。あの手のぬくもりも涙のわけもキスの意味もわからない。紗枝の携帯にかける。「お客様のご都合により通話はできません」とアナウンスが流れた。メールは宛先不明で返ってくる。父親に紗枝のことを聞いた。父親が言う。

「囃子さん、ああ、紗枝のお父さんだね。彼は大学時代の先輩なんだ。久しぶりに電話がかかってきて、家も親戚の家も行く場所がない。妹だけでも預かってくれ。妹だけなら問題ないはずだって言われてね。ちょうどニュースでもやっていた事件だったので大変だったみたいだから引き受けたんだよ。ただ、どこから噂が広まるかわからない。仁にも言わなくて悪かった。けれど、今どこで何をしているのかわからないんだ。住まいも変えて仕事も変えたみたいだからね。大丈夫、きっとどこかで元気にしているよ。ま、いないと思うけれどわかるのは実家くらいだから。その住所ならわかるよ」

 そう、俺は夏休みを利用してその場所にも行った。そこは一軒家だったけれど、壁には「淫乱」だとか「殺人者」だとか心にもないことがスプレーで書かれていた。もちろん人がいるような雰囲気もなかった。9月になり学校に確認すると転校したことがわかり転校先の学校がわかった。それが東京にあるM女子高だった。その高校はもともと紗枝が何事もなく東京にいたら通う学校だったらしい。そして、学校は事件のあった駒場近くだ。夏休みに見に行った紗枝の実家の近くでもある。そう、あの現場の近くだ。


「どうしても行くんだな?」

 形部にもそう言われた。もうどうすることもできないのはわかっている。けれど、こんなのってあんまりだ。いきなりいなくなるのなんて。もう一度会いたい。そしてあの時何を言おうとしたのかを知りたい。形部が言う。

「もし、本当にどうにかしたいならここに連れ戻してこい。そして、あの劇でできなかった謎解きをしてやる」

「ああ、絶対に連れて帰る。やろう、謎解きを。もう俺はそれでいいって決めたんだ」

 ああ、決めないといけないこともある。けれどどんな真実でもはっきりさせないといけない。紗枝が笑ってくれるのなら何を犠牲にしてでも。



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