63 ”quieth”
結局俺たちは東町家に戻った。
当初の計画であるところの、由紀乃が自分の部屋から一歩も出なくて良いパターンを実行することになる。
その中身は至って単純。
「これで、いいのね…」
投稿のボタンに手をかけて、由紀乃がごくりと生唾を飲み込む。
管理人専用の投稿フォームに書かれた文面はこうだ。
『ゆきひろです。
私、結婚しました。
いろいろ聞きたいことはあると思うけど、それは明日の結婚披露宴で答えます。
時間は午前九時、場所は桂木警備隊本部正門前。
派手にやりますよ。
みんな、来てね。』
この管理人専用フォームから書き込まれたレスの上には、名前欄に管理人であることを示す専用のマークが表示される。
つまり、これは正真正銘ゆきひろからの書き込みであるという証明はされる。
過去に何度も、こういった書き込み等からゆきひろのpcを特定しようとする大規模な動きがあったが、一度も成功したことは無かった。
天才少女自ら作り上げたプロテクトシステムは、針どころか原子一粒も通さない。
メディアに一切露出しない実在するかどうかもわからない天才少女は、勿論顔を全国的に知られているなんて事もない。
体制は万全である。
…だというのに、由紀乃も俺もなかなか投稿ボタンを押すことが出来ない。
怖いとか怖くないとか、そういったものの以前に、今更ながら恥ずかしさのようなものがあった。
アレだけ小っ恥ずかしいやり取りをしておきながら、いざ全国ネットで晒されてやろうとなると、やっぱり恥ずかしいものがある。
由紀乃は俺の比じゃないくらい恥ずかしいだろう。
だから、俺も由紀乃が握るマウスに手を添えはしたものの、それをカチリと押し込むことは出来なかった。
「ねえ…」
「何だ?」
「……き、キス、しましょう」
頭の中が真っ白になる。
鱚とはスズキ目スズキ亜目キス科の魚だ。
ウィキピディアがそう言っていた。
「どう、して?」
ようやくそれだけ、喉から絞り出せた。
「は、はは、恥ずかしいなら、先にもっと恥ずかしいことすると、いいんじゃ、ない、かな…って。
………それとも、わ、私じゃ…や?」
それは反則だ。
「嫌じゃない。
いや、したい」
俺はつま先立ちになって由紀乃のうなじに手を掛ける。
そして目を瞑って俯く由紀乃に顔を近づけ…
「あっ」
カチッ。
マウスに手を添えたまま身を乗り出したら、そのままそれをクリックしてしまった。
「うにゃあ!?」
事態に気がついて、由紀乃が飛び上がる。
ガツンッ。
俺の真っ白な頭部へのファーストキスは、痛みと流血を伴った。




