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スタティオン  作者: quklop
”fautht-Eckzturha” ゆきひろと不愉快な仲間たち
119/120

99”Eckzturha-1”

〜由紀乃 群衆の前に立つ〜


怖い。

怖い怖い怖い怖い怖い。

けれどもうここまで来たら、引き返すことなんて出来ない。

私は一歩足を前に出した。


どうして私はこんな事をしているんだろう?

少し冷静になって考えてみる。

…そもそもあいつが全部悪い。

あいつは来るなと言われると行きたくなるという、人間の基本的な心理構造を理解していない。

まあ、そういう不器用なところが特に好きなんだけど。


そもそも私が行かなかったら、わざわざ来てくれたあいつらに失礼だ。

炎上してそっぽを向かれるようになるのは私とNちゃんねるなんだ。

勘弁してほしい。

世の中には炎上商法なんて言葉もあるけれど、経験から言って間違いなく損失の方が大きい。

そうしたら収入が減って生活費が稼げなくなるかもしれない。

私が行かないという選択肢は最初から無いんだ。


実は対人恐怖症なんてものは、もうとっくに治っていたりする。

今迄そういうフリをしていたのは、あいつの気を引きたかったっていうのも勿論ある。


でもそれ以上に『引きこもりの東町由紀乃』に自分がどっぷり浸かってしまっていて、そこから抜け出すのが怖かったという理由が大きい。

自分の殻を破るのが怖くなってしまった。


だから今が怖い。

だってこれからすることは『引きこもりの東町由紀乃』の否定だ。


私は私が嫌いだ。

天才少女なんて呼ばれたりもするけど、本当は凄く頭が悪い。

ただちょっとだけ、普通の少女よりコーディングが得意なだけだ。

頭は悪いけど性格も悪かったから、狡くて頭の悪い手段を躊躇わずに実行することが出来た。

そうしてNちゃんねるが出来上がった。

はっきり言ってNちゃんねるはズルの塊だ。


『ユーザーがコンテンツを創り上げる、新しい形のWebエンターテイメント』だなんて格好いい紹介文をつけられちゃうこともあるけど、単にユーザーに運営からコンテンツ作りまで、全部丸投げしているだけだ。


実生活でも私はズルをした。

『引きこもりの東町由紀乃』だなんて都合の良い存在、何らかの不正がなきゃ存在し得ない。


……でも、もうズルはしたくない。

あいつが全部私に話してくれた時、私はそう思った。

だからこれはチャンスだ。

今ここから逃げたら、外を歩く事なんてもう二度と出来ない。

あいつと一緒に映画を見に行ったり、クレープ食べたり、夏には海……はちょっと無理そうだけど、屋内プールに行ったり、そういうことしたい。

だから、逃げちゃだめだ。

逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ。


「あの」

「ひゃいっ!?」

誰!? 何で!? どうして!?

ここは警備隊本所の裏にある小さな森の中だ。

余程の物好きじゃなければここに入ることはないだろうし、そもそも私に誰かが声をかける理由があるとは思えない。


私は怪しい人じゃないし、私がゆきひろであることは、まだパパとママとあいつしか知らないし、道に迷った外人さんは普通こんなところまで迷いこまない。

だったらなんだろう?

実はこの森は誰かの所有地で、私は知らずに不法侵入してたとか?

何それ怖い!

外怖い!

怖いけど、声がした方を振り返ってみる。


ダボダボのジーンズと古臭いメガネ

…あいつらのうちの一人だ。

パッと見ただけでわかる。

「あんたも、あ、あ、アレなの?」

「あ、あの、アレって?」

「だから、その、あの、わかるでしょ?

アレだよ、アレ、ゆきひろ!」

「は、はいっ!?」

「……………」

「……………」


お互いの腹の探り合いが始まる。

決して怖くて喋れないわけではない。

「見に、来たんしょ、ゆきひろを」

「あ、えっと……はい、そうです」


私がゆきひろだ!

だなんて口が裂けても言えない。


「あー、やっぱりかー。

あ、あの、そんであんたも、アレでしょ

…アンタキレイだけど、わかるよう、俺」

「あ、はい、アレです」

「俺、一年ぶり」

「わ、私は5年です」

「ぷはっ、ワロタww

そんな若いのに、ベテランw

ちーっす先輩www」

なんか、面白いなこいつ。

「ちょ、調子に乗るな…ですよ、後輩さん」

「日本語でおk。

あ、俺も怪しいわw

んで、アンタ、どうしてそんなに?」

「その……最初は、ほら、私白いじゃないですか」

「驚きの白さw」

「うん、だから、その、アレです」

「あー、アレな。

…その、すまん、調子乗ってたわ」

「いえ、良いんですよ。

その、実はそれ自体はそんなに引きずってなくて、それよりも、なんていうか、引きこもりキャラから抜け出せなくなったっていうか」

「重症過ぎワロタw」


「それで、その、あなたは?」

「ああ、うん。

俺、こんなんだからさ、ニートしてたのよ。

それでも、まあ、その頃は友達とか、一応いたんだけどさ。

もう、毎日毎日親がうるさくってさあ。

なんか、もう、キチガイじみてんのよ。

朝起きると、働け働け働け働けって耳元で呟いてたりとか、そんな感じ」

「それは、その、怖いですね」

「自業自得とか言われるかと思った。

アンタ優し過ぎw」

「そ、それ程でもない」

「謙遜すんな。

でさ、やっぱアレ、相当俺が家にいるのがストレスだったんだろうな。

死んだ。

あいつら、俺の部屋で首吊って死にやがった」

「…………」


「親が死んだら、あんだけうるさかったのが嘘みたいに静かになってさ、なんかもうどーでも良くなってきちゃって。

気付いたら、寝て起きるだけの生活になってた。

おっとすまん。

なんか鬱な話しになった」

「いえ、その、大丈夫です。

むしろ聞けて良かったです。

自分のそれなんて大したことじゃないんだなって、始めて思えました」

「ははっ、アンタいい人過ぎワロタw

やっぱゆきひろ様々。

こんな俺でも、久しぶりに外出れたし、アンタみたいな人に会えた」

「その、やっぱり、あのスレッドが気になって外に出たんですか?」

「そりゃそうに決まってるっしょ!

生ゆきひろよ、生ゆきひろ!

や、やべ、興奮してきた」

ちょっと照れてしまう。


「あの、じゃあ、どうしてこんなところに。

会場、この奥でしょ?」

「そりゃ、だって、ほら、アレじゃん。

アンタもアレだからこんなところに逃げたんしょ?」

そうか。

もう私は逃げてたのか。

……でも、まだこの距離なら。

「あの、だったら、一緒に行きませんか?

それだったら、ちょっとは怖くないかなって…」

「それ名案!

なんかガキの頃良くやってたな、こういうの」

「あ、やっぱやります?

手とか繋いだりして。

いや、あなたとは繋ぎたくないですけど」

昔の私は、あいつと一緒だったらなんでも出来ると本気で信じていた。

実際思い込みの力というものは強くて、あいつと一緒だったら水の中に顔をつけることだって出来たし、苦手なシイタケも食べられた。

今はもう、あいつの頼りないところに気付いちゃってるから、それは難しいかもしれないけど。


「わかってる。

俺、ブサメンだし、油ぎってるし。

でも、一緒には行こうず」

「うん」

「んじゃ、三、二、一…」

「えっ、ちょっと待って!」

走るメガネ男を追いかける。

それ以外のことは何も考えなかった。

周囲の歓声に気がついたのは、それから暫く後のこと。


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