98”eckxtrl-thteph-9-2 WID”
「おや、清水さん、それとカナタじゃないか。
また会えて良かったよ」
「…もう二度と会いたくなかった」
カナタの発する険悪な雰囲気に押されて、周囲が少し静かになる。
まるでステージにでも立つかのように、日高は両腕を広げて声高に群衆に呼びかけた。
「皆さん!
少し僕の言葉に耳を傾けてはくれませんか?」
なんだなんだ?
何事だ?
そんな声がどこからか聞こえてくる。
一体日高は、今更何をするつもりなんだ。
「まずは前提条件を確認します。
この男…」
日高が桂木を指差す。
「皆さんは今後、コレをどうするおつもりですか?」
コレが息を荒げて身悶える。
物扱いされたことが癪に触ったのだろうか?
いい気味だ。
「…どうするって……どうもこうもねぇだろ」
一人の男性が応える。
そうだな。
別にどうする必要も無い。
情報を流して、桂木を総理から降ろして、そこから先は次代の総理が指導する国が決めることだ。
俺たちにどうこう出来る物じゃない。
「ははは。
そうでは無いかと思っていたよ。
京ちゃん。
君はどう思う?」
突然名指しで呼ばれた俺に、周囲の視線が集まる。
……物凄い圧迫感だな。
こんなものに由紀乃は耐えていたのか?
「どうって何だよ?
お前はいっつも回りくどいな。
何が言いたい」
「君だってわかっているだろう?
この男は放っておいてはいけない。
生きているだけで危険なんだと」
…………。
「極論だ。
国のトップじゃなくなって、信用も何も失くしたこいつに何かが出来ると思うか?」
「そうじゃない。
わかっているだろう?
実際に危険なのはコレ自身じゃあない。
コレと繋がりのある人間、例えば、家族なんかは特に危険だろう。
君はコレを甘く見過ぎている。
特に人を狂わせ自分を崇拝させる類の能力を。
君も当時の選挙は見ていただろう?
酷い有様だった」
残念ながら見ていない。
そんなに人気があるのか、こいつには。
………なきゃやってけないか。
アレだけ頭がどこかおかしいとしか思えない法律を作っておいて、それでなお総理を続けられるってのは、それだけこいつを盲目的に支持する奴が多いということだろう。
だが、それがわかったところで極論は極論だ。
今度は俺が質問し返す。
「じゃあなんだ?
お前はこいつ諸共一族郎党皆殺しにしろってのか?」
「するに決まっているだろう!」
こっちに唾が飛んできそうな勢いで、日高が叫んだ。
どう見ても正常な様子じゃない。
「あの後僕は考えた。
考えて考えて、やっと気がついた。
そうだ、何も殺したことを悔やむ必要は無いんだと。
殺せばなんでも解決するんだよ。
殺せばなんだって出来る。
なんでもなかったことに出来るし、ありえなかった筈の状況さえ作り出す事が出来る。
どうだい、殺しは万能だろう?
それだって、殺してしまえば全部終わりさ!」
……。
こんな世迷い言をのたまうようなやつだったか?
いや、そうだったら、こいつとは絶対親友になんかなれやしなかった。
ちょっといろいろあって、おかしくなってるだけだな。
「さあ、京ちゃん。
殺そう!
一緒に殺して回ろうじゃないか」
「ふざけんな」
「…今、何か言ったかい?」
「ふざけんなって言った。
お前だって本当はわかってんだろう?
確かに殺しで解決することだって世の中にはあるかもしれない。
だけど、殺しちまったらもうそれでおしまいなんだよ。
殺したら死ぬんだ。
死んだら生き返れない。
もう二度とそいつには会えねぇんだよ!
……こんなやつでも、桂木みたいな奴でもな、こいつを愛してる人が確かにいるんだよ。
殺しちまったら、そいつはどうなる?
どうなっちまうのか、お前にわかるか?」
「わかるわけないだろう?
君だって…」
「俺は携帯電話をぶん投げて壊した。
まだ物が相手だったから良かったものの、あの勢いで人を殴ってたらって考えると吐き気がする」
そうだ。
今迄俺は勘違いをしていた。
今の由紀乃も由紀乃だが、あの由紀乃に会うことはもう二度と出来ないんだ。
「殺すだの殴るだのする前に、まずはなるべく話し合いで解決しろって、学校で教わらなかったか?」
「ああ、いたね、そんな先生。
でも、今となっては馬鹿らしいよ。
君と話しているこの時間も馬鹿馬鹿しくて仕方がない」
日高が上着を脱ぐと、その中には大量の四角い物体が仕込まれていた。
なんだあれ?
「!?
なんなんだあいつは?
なんでアレを?」
おっさんがやけにオーバーなリアクションをする。
「おっさん。
アレがなんだかわかるのか?」
俺にはただの箱にしか見えない。
「わかるもなにも、ウチの、警備隊の非常用装備だ」
「で、結局何なんだよ」
「爆弾だ。
あいつ、ここら一帯を全部吹っ飛ばすつもりだ!!
全員走れ!!
死ぬぞ!!!」
おっさんの怒号が響き渡り、パニックが伝播する。
「ここら一帯って、走ってどうにかなるもんなのか!?」
「無理だ!!」
「駄目じゃねぇかっ!!」
日高がそれを手に取った。
「いや待て、まだどうにかなる!
嘉賀。
あいつの手から爆弾が離れたら、それを一秒以内に破壊しろ!
お前なら出来る!」
「高く買われたもんだぜ!」
爆弾がこっちに向かって投げられる。
向かう先は俺だ。
よし、都合がいい。
その場を動かずに拳を振るう。
バリンと箱が割れて黒い粉が飛び散った。
「ふう」
「キョー、落ち着く違う!
まだ!!」
っと危ねぇ!!
足元にもうひとつ転がっていた。
慌てて殴り飛ばす。
あいつ、二つ投げてやがった。
「さっすが京ちゃん。
よく出来ました!
それじゃあお次は…」
俺相手に遊ぶとは、日高も全くらしくなくなっちまったな。
くっちゃべっている間に、一気に距離を詰める。
日高自身を殴れば、それ以上爆弾を投げられることも無い。
俺の勝ちだ。
「そう来ると思ってたよ!
ほうら、取っておいで!」
俺の拳が日高の顎を捉える直前。
日高は真上に爆弾を放り投げた。
「ぐふあっ!」
日高は地面に倒れ伏す。
しかし、爆弾はもう投げられてしまった。
くそっ、いい投げっぷりだ。
俺の手が届く高度に落ちるまで、一秒以上は間違いなくかかる。
死ぬのか?
ついに死ぬのか?
みんな死んじまうのか?
「フラグは達成されました」
「え?」
いつの間にか直ぐ側にエイダが立っていた。
視界が暗転する。