96”rlathto-thteph-8”
〜嘉賀京之介〜
どうやら桂木は車の前で玲子が戻るのを待っているらしい。
一応これでも焦って飛び出したんだが、なんだか損した気分だ。
この気持ちもついでに、あいつへの拳に乗せよう。
「何故お前が生きている?
お、おい、玲子、どういう事だ?」
幾分か俺が良く知っている桂木の態度に近くなったな。
すぐに頭に手が行く癖も健在なようだ。
「お宅の娘さん、あんたに話があるんだってさ」
玲子の背中をとんと押してやる。
ここからはこいつ次第だ。
「お父様、私は……私は!」
「黙れ!
こ、この、出来損ないが!
どうして奴を殺せない!?
な、何故だ? 何故なんだ!?
…そうか、お仕置きが足らなかったのか?
よし、良いだろう、新しい道具を仕入れてやる!」
玲子の脚が震える。
それを後ろからエイダがそっと支えた。
「お父様、わたしは、わ、わたしは……痛いのが、怖いです」
「そうに決まっているだろう!
痛みを恐れない人間なんてものは存在しない!
だのに、何故お前は…」
「あ……」
突然玲子が体制を崩した。
それをすんでのところでエイダが受け止める。
玲子は、泣いていた。
口の端を歪めて、綺麗な笑顔で泣いていた。
「なんだ? 壊れでもしたのか?
この役立たずがぁっ!」
桂木の脚が持ち上がる。
あいつ、玲子を蹴り飛ばすつもりだ!
俺は桂木の前へ飛び出した。
拳を固める。
だが、殴る直前のギリギリのところで躊躇してしまった。
ここで殴ったら、玲子が本当の気持ちを打ち明けるチャンスなんて、多分もう二度と来ない。
「うぐぅっ」
俺の腹に爪先が食い込む。
痛みと同時に、吐き気が腹の底からせり上がり、俺はそのまま地面に倒れ伏せた。
………んじゃ、無かったのか?
おかしい、なんとも無いぞ?
「玲子……今、お前は何と言った?」
桂木が震えていた。
何か、得体の知れない途轍もなく大きな何かに、心の底から恐怖していた。
「お父様……ありがとう、ございます。
私のこと、人間だって、言って、下さって、私は…私は!」
そうか。
『痛みを恐れない人間なんてものは存在しない』
この言葉は、発言した本人の桂木ですら気がつかないうちに、玲子が道具ではなく人間であることを肯定していた。
「やめろ…違う……道具だ!
お前は人間なんかじゃない!
私の道具だ!
それが、人間だと!?
馬鹿を言うな!
それが人間だとしたら、だとしたら、私は、私は!
一体、なんという、ことを…」
「お父様」
涙を拭いて玲子が立ち上がる。
しっかりと二本の足で地面を踏みしめて、人間の玲子がこの場所に立った。
「お父様、愛しています。
そして、死ね」
まあ、何と無くこうなる予感はしていた。
その行為に、玲子が桂木から与えられたナイフを使うであろうことも予測していた。
人間離れした動きで自分の父親に斬りかかる玲子。
俺は玲子が持つナイフに、コツンと拳を当てた。
ガイイインッ!!
例によって例の如く、ナイフの刀身だけが綺麗に砕け散る。
勢いを殺された玲子は、前につんのめって桂木に抱かれるような形になった。
なんかムカつくので引き剥がす。
体感では光の速さだ。
よし、多分胸は触ってない。
「玲子、殺しは駄目だ。
良く見てろよ。
ムカつく奴がいるときは、こうするんだ」
しかし、ここまで来るのは本当に長かったな。
まあ、実時間では三日も経たないうちにこれだけ濃密なイベントが起きているのだが、体感ではもう年単位でこの世界にいるような気がする。
実質三日間の時の重みと、俺自身の怒りと、無念であろう青田の想いと、玲子の殺意と、清水夫婦の悲しみと、カナタのよくわからん何かと、千梨の可愛さと、エイダのおっぱいと、ウチの嫁さんの期待と…あとなんかあったかな?
兎に角そういったごちゃごちゃしたものを全部ひっくるめて拳に乗せて、俺は全力で右ストレートを放った。
「うらああああぁぁぁあっ!!!」
ひゃぶっ!という変な音を出して、桂木は地面に転がった。
「何事か!?
って、うわぁ!!
総理!?」
ヤバイ。
警備隊員の皆様方が、騒ぎに気がついて駆けつけて来た。
「エイダ、こいつを運ぶぞ。
手伝ってくれ」
「ロゲル」
「…なあ、今そのやり取りしてる暇、無いんだけど」
「…ら、じゃあ」
「よく出来ました」