94”thteph7-2”
「完全に悪役だな、こりゃ」
「キョー、今更。
でも、後で、玲子、ちゃんと謝る。
これ大事」
桂木の方に向き直る。
まだ桂木は動かない。
それとも、もう完全に諦めの境地に入ってしまっているのか。
殴る準備をする。
しっかりと拳に殺意を練りこんだ。
「桂木、ちょっと気絶してもらうぞ。
お前が起きたころには、この国はお前の物じゃなくなってる。
それじゃあな」
桂木がそのままの体制で俺に言葉を投げ返す。
「お前と私は似ている。
そう、思わないか?」
「…時間稼ぎのつもりか?」
「母様が死んだ時、私は気がついてしまった。
所詮この世界では自分が全てなのだと。
ああ、私は恐ろしい!
母様のように苦しんでのたうち回って死ぬのが怖い!!
故に私は私が安心して生きることが出来るように、この国を私の国にした。
お前もそうだろう。
目的を遂行するために、人を騙し、先導し、挙句の果てに殴り飛ばす。
民衆のために行動しているつもりでいるのだろうが、そのためにお前はどれだけの犠牲を払わせた?」
「一生かかっても返せねぇくらいだな」
「京之介さん、相手しちゃ駄目です!」
「確かに俺とお前はそっくりだ」
「ちょっと、京之介さん!?」
千梨の制止を振り切って、俺は桂木と話を続ける。
そうしなきゃ、俺は俺でいられないような気さえした。
「わかってくれるか」
「ああ、良くわかるよ。
俺だってそうだからな。
俺は俺が楽しく生きるために、今こうしてお前と対峙している。
他の理由なんてさらさらないね。
ところで…」
「なんだ?」
「同族嫌悪って言葉、知ってるか?」
左足をなるべく奥へと食い込ませ、腰に捻りを加える。
「うらあっ!!」
これで終わり…
「玲子、そいつを捕まえろ」
かと思ったが、
「あ…」
拳の運動は桂木に触れる寸前で停止した。
玲子だ。
さっき迄気絶していた玲子が、俺の腕に項垂れるようにしがみついてきた。
「うそ、だろ」
ついありがちな台詞を口から漏らしてしまう。
こんな事は始めてだ。
原理はわからんが今迄一撃必殺だった俺の拳は、玲子には通用しないらしい。
「私の言葉を決して裏切らない。
そう言っただろう?」
んな阿呆な理屈があってたまるか。
俺の方も大概だが。
しっかしこいつ、とんでもない馬鹿力だな。
振りほどこうとしても、ビクともしない。
まあ、俺が非力なのも、少なからずはあるだろうけど。
儀式が終わったのか、桂木はゆっくりと立ち上がると出口の方へ歩いていった。
「エイダァ!」
「ロゲル」
エイダが再び玲子にしがみつく。
「違う、そうじゃない!
桂木を追え!」
「嫌だ!
キョー、このまま、玲子、殺される!
そんなの、嫌!」
玲子のナイフが俺の首筋に伸びる。
「キョー!」
ぞくりと冷たいものがそこに流れたかと思うと、すぐに火傷をしたように熱くなった。
血がダラダラと流れる。
痛い。
けど、まだ大丈夫だ。
死んではいない。
「おい、玲子!
聞こえてるか?」
「…う、う」
唸り声をあげる玲子と目線が合った。
「お前があいつに何をされてきて、いまどんな状態になってるのか、俺には正直に言って全くわからねぇ!
だけど…」
力じゃ敵わない。
だったら説得するしかないだろう。
「お前言ってたよな。
喫茶店作りたいって。
それも含めて全部嘘だって、お前は言ってたけどさぁ。
俺にだってそれくらいはわかる。
本当はそんなの、嘘なんかじゃないってことはな!」
「……どうして、そんなことが、わかる?
私の…私の何がわかるって、言うの!?」
「顔みりゃわかるさ!
あの時のお前は本当に楽しそうだった。
面接の話をしてる時は本当に悔しそうだった。
大体、そういう理由付けをするにしても、わざわざ喫茶店を選ぶ理由なんて、それが好きだから以外に無いだろ?
それとも何か?
サイコロでも振って決めたのか?
そんなところまで、桂木は指示してきたのか?」
「私は…私は!」
「よく聞け、玲子!
良いか? これから俺が言うことは冗談でもなんでもない。
……この世界は、もうすぐ滅亡する!
だから、もう今しかねぇんだよ。
お前がしたいこと出来るチャンスなんて、今しか無いんだ!」
玲子の手からナイフが零れ落ちる。
それが俺の太腿に軽く刺さった。
痛い。
玲子は脱力したようにへたりこむと、突然腹を抱えて力なく笑い出した。
「…ふ、ふふ。
なによ、世界滅亡って。
幾らなんでも、もう少し、何か、説得出来そうな理由があるんじゃないの?
はは、は!」
「冗談じゃないって言っただろうが。
まあ、でもいっか。
こうして俺は生きてるんだから。
…お前の笑顔も見れたしな。
笑ってた方が可愛いぞ、お前」
我ながら気取った台詞だこと。
死にかけたり取り返しのつかないミスをしそうになったりすると、どうにも俺はこういうことを言う癖がある。
「で、お前はどうすんだ?」