91”prlanu-thaguenu thteph-5”
「玲子、桂木がどこにいるかわかるか?」
だめだ。
さっきから返事はおろか反応すら返さない。
実の父親に焼死体にされかけたのが、相当精神に来ているのだろう。
他人と言ってもいい俺ですら、今は桂木に怒りを感じている。
多分、俺が想像できるような気持ちじゃないんだろう。
「聞き込みしてみない?
これだけの騒ぎだもの、誰かが逃げる桂木を見てたかもしれない」
合流した清水が妙に平坦な調子で発言する。
気味が悪いな。
元佐上もそうだが、本当にらしくない。
「忘れましたか?
やることは小さくとも、我々はテロリストです。
もう顔も知られていることでしょうし、あまり不用意に民間人に近づくのは危険かと思いますよ」
「じゃあどうしろっていうのよ!」
………。
キレる清水だなんて、一生お目にかかれはしないだろうなと思っていた。
実際に体験してみると、有難くも面白くもない。
「おい、早苗」
元来穏やかな性格をしているせいか、おっさんが清水の肩に手を置くと清水は口を噤んだ。
もしかしたら遭遇できるかもしれないと、適当に辺りをぶらつきながらああだこうだと話し合ってみたが、万策尽きたといった感じにみんな黙りこんでしまった。
そんな時だった。
「あんたら、もしかして…」
ダボダボのジーンズを履いてレトロなデザインのメガネを掛けた、いかにもステレオタイプなオタクといった具合の男に声をかけられた。
「キョー、知り合い?」
「いや、知らん」
エイダの声に、オタクっぽい男がぶるっと身を震わす。
この反応、さては童貞だな。
俺もたまにする。
「お、おい、そ、そこの小さいあんた、な、名前は?」
この感じはまずいな。
知らない人間や名前を聞かれるというシチュエーションには、大抵警察が裏で絡んでくる。
全員とアイコンタクトを取り、口の形を変えて音を出さずに「逃げるぞ」と喋る。
伝わればいいが…。
「お前、あ、あれだろ、キョウノスケだろう?」
今度は俺がぶるっと震える番だった。
「お、俺見たんだ。
桂木が正面の出口から、車で飛び出してった、あ、あっちの方に」
やたら力強くあっちの方を指差す。
名前を言われた時には心の底から恐怖したが、どうやらこいつは俺たちの味方らしい。
「情報の提供は有難いが、あっちじゃどっちをどうするのかがわからんぞ」
「しや、しゃべったああっ!?」
「いや、喋るよ、そりゃ」
「マタシャベッたああ!?」
「そういうネタは、悪いが後にしてくれ。
まあ、取り敢えずそっちの方行ってみる。
有難うな」
とは言ったものの、相手は車だ。
速度の問題はどうしようもない。
「いや、そうじゃない。
そうじゃなくて、だな。
あああっ! もう! めんどくさい!!
こっちは人と喋るの一年ぶりなんだよ!
配慮してよ!」
いや、知らんがな。
「取り敢えず、こっち、来い!」
がっしりと腕を掴まれて、俺はオタクに引きずられるような形になった。
案外パワフルだな。
ズルズルと引き摺られて行く俺に、みんなは顔に疑問符を浮かべながらついてくる。
俺だって、わけわからん。
流石にこの展開は予想出来なかった。
「何が始まるんです?」
「第三次世界大戦だあっ!
ってか、そういうネタはいらないんじゃなかったのかよぅっ!?
フンッ。
ってか、おまいは戦争する側のマイトリクスだろうがっ!
フンッ!」
「あまり喋ると疲れるぞ」
「だったらちょっとは自分で歩けよおおっ!!!
こっちは一年ぶりに外出たんだよおおおっ!!」
いや、知らんがな。
一年ぶりじゃあ、まだまだ初級者だな。
あの白い悪魔には到底かなわない。
「つ…ついたぁ」
到着したらしい。
辺りから歓声が聞こえてくる。
どこかと思って見回してみると、なんてこと無い。
俺たちは警備隊本部前まで戻されたらしい。
そこに集まるひとひとひとひとひと。
俺が騙して集めた人々だ。
その人々が作る輪の中心に、俺はいるはずの無い白い姿を見てしまった。
笑っている。
これだけの人に囲まれて、由紀乃が笑っている。
人々の視線が動いて、俺に集まった。
「ねえ、いいことを思いついたの」
昔のように由紀乃が悪戯っぽく笑う。
「今からここで結婚式しよう?
神父役は、桂木総理で」
まるで、夢の中に放り込まれたかのような感覚を覚えた。
「お、お前、どうして?」
やっとのことで発音できた言葉は、疑問としての意味すら為さない。
ぐおおおおぅっ!!
けたたましいエンジン音が鳴り響き、人の波をかき分けて黒いスポーツカーが俺の前に止まった。