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スタティオン  作者: quklop
”fautht” 若かりしあの頃の彼女と冷たい鉄格子
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88”erlurloha”

脳味噌が現状を把握することを拒否している。

目の前にはびっしりと並んだ鉄格子。

手をつけている打ちっぱなしの床がひんやりと冷たい。

つまり、どういうことだ?


「そ、総理!?」

あの清水のおっさんが心底驚いたような顔をしている。

ひたひたという足音の後に現れたのは、これまた懐かしい顔だった。

「始めまして、かな。

紅玉の会現会長」

「…桂木」


記憶にあるものとはまるで違う、自信に溢れた声音で桂木は応えた。

「その通り。

私が日本国現総理、桂木宗一郎だ」

桂木がカンッと地面を爪先で小突く。

ちらりと覗いた左脚の靴下は、右の物とは微妙に柄が違っていた。


「そして、これが…」

桂木がこれと呼んだもの、佐上玲子の頭を掴む。

「私の娘だ」

夢から覚めたような感覚を覚える。


そういえば何もかもが不自然だった。

一国の重要拠点にしては警備がザル過ぎる。

こちらに都合の良い事ばかりが起こる。

そもそも何故佐上の牢の扉が開けっ放しになっていたのか、疑問を持つべきだった。


いや、そうじゃない。

最初から佐上玲子の存在自体が不自然だ。


唯一牢から逃れて外の世界へ逃げ仰せた死刑囚。

そんな奴が紅玉の会のアジト周辺を彷徨いていたわけだ。

都合が良すぎる。


「おい、佐上……じゃないのか。

桂木玲子? お前は一体…」

「おおっと、失敬。

私は忙しい身でね。

そろそろ会議の時間だ」

桂木が玲子を後ろの方へ追いやって、俺の視界から遮る。

まるで本当に物のような扱い方だ。


「そうそう、清水隊長」

「は、はい」

「暫く待っていてくれたまえ。

良いものをやろう」

「はい?」

桂木はそのまま何処かへと去って行ってしまった。


「すまない、嘉賀」

おっさんの謝罪が何に対するものなのか、暫く理解が出来なかったが、まあ桂木のこと全般だろうと解釈した。

「いいよ、別に。

俺の、俺たちのミスだ。

…ってか、謝るくらいならここから出してくれませんかね?」

「それは出来ない」

「ああ、いいよ、わかった。

お前も玲子も、結局国の飼い犬だったって事だろ」

「そうじゃない。

この牢の扉は指紋認証になっていて、桂木が直接キーを解除しないと開けることが出来ない。

俺の権限でも無理だ」

…………。

俺はため息を一つついた。

どうにもならないってことか。


「………」

そういえば、この場に取り残された奴がもう一人いたな。

「行かなくていいのか? 玲子。

お前の親父さん、会議だってさ」


べったりと壁に背をつけたまま、玲子が掠れた声で応える。

「………名前で呼ぶな」

「やっぱ名前は本名だったか。

ここにいるってんなら、どうせだから教えてくれよ。

お前は俺たちを騙して、今日ここに襲撃をかけるように動かしてたんだろ?

なあ、どこからどこまでが嘘だったんだ?」


玲子は歯ぎしりをした。

キシリキシリと、微かな音が響く。

やがて何かを諦めたようにため息をついた。

「全部だ」

「全部?」

「全部だ」

「死刑囚っていうのはまあ当然」

「嘘だ」

「じゃあ、桂木が憎いっていうのは」

「嘘だ」

「その髪の毛が天パだってのも?」

「嘘だ」

「その男っぽい喋り方も?」

「嘘よ」

「公衆トイレに入れないってのは?」

「嘘」

「俺たちと話したこと全部…」

「嘘」

「喫茶店を経営したいってのは?」

玲子の口の動きが止まった。

「…面倒な男ね。

嘘よ、全部嘘。

都合のいい口実。

それじゃ、もうあたしは行くから」

結局、俺とおっさんだけが取り残された。

鉄格子とおっさん。

目に映るもの全てに華が無いな。


「なあ、おっさん」

「なんだ?」

「桂木に娘がいるってのは、知ってた?」

「いや、知らなかった」

「そうか、そりゃ相当な秘匿主義だな。

ところでさ、さっきのあいつの顔、どういう風に見えた?」

「……辛そう、だったな」

「だよな、やっぱり」


そんな話をしていると、唐突に聞き覚えのある声が、どこかから響いて来た。

「おおにいぃさまああー?」

「キョー、いるなら返事!」

なんであいつらがここにいるんだ?

「ここだ!」

取り敢えず返事をしてみる。

返事をしてからこんなに大きな声を挙げても大丈夫なのかと心配になった。


ちゃんと声から位置がわかったらしく、程なくしてあいつらがここにやってきた。

何故か玲子も一緒だ。

鈴木に担ぎあげられている。

意外と力あるな、あいつ。

「お兄様がピンチと聞いて」

「悪の味方、駆けつけちゃいました!」

「キョー、ダンウェーリィ」


玲子が鈴木の腕の中でもがく。

「離しなさいよ、このっ!」

鈴木が顔をしかめながらも口を開く。

地味に器用だ。

「どういうわけか、この施設の入り口の辺りで彷徨っていましたので、取り敢えず連れて来ましたよ」

一体何に納得したのか、カナタが頷く。

「そうそう、この佐上さんえらく可愛らしいんですよ。

なんか喋り方が女の子してて」

「玲子、そのままでもプルエティイ。

でも、イマ・チャゲヌ玲子、モルアプルエティイ!」


「ところで、京之介さん。

どうしてそんなところにいるんです?

新しいプレイですか?」

「そこのプルエティイなやつに騙されたんだ。

ってか、それよりも、どうしてお前らがここにいるんだ?」

そもそもどうやって入ってきたのかは、面倒なので聞かないことにする。


あいつらはお互いに顔を見合わせた。

漫画か何かだったら頭の上にハテナマークが出ていたことだろう。

「どうしてって…」

「キョー、呼んだ」

「だよね、あなたに呼ばれたんですよ私たちは。

一体どうしちゃったんですか?」

一体どうしちゃったというのだろうか?

集団催眠?

汚い、さすが総理汚い。


暫く存在感の薄かったおっさんが声をあげる。

「はっ、そうか。

…おい、嘉賀、あのトランシーバー何処へやった」

「ん?

ああ、そういやあの更衣室に置きっ放しだ」

「多分もうそこには無いだろう。

嘉賀、俺たちにとって予定は有って無いようなものだ」

「ああ、そうか」

「そうだ、お前に出来たんだ。

あいつが出来ないはずが無い」

「「あのクソ野郎…」」

兄貴がトランシーバーを使ってこいつらをここに呼び寄せた。

それしか考えられない。

でもなんのために?


「あのー、お話しにさっぱりついていけないんですけど」

千梨が鼻をひくつかせる。


「ところでここ、なんか焦げ臭くないですか?」


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