84”thteph-1”
エイダとは一旦別れて、俺は警備隊本部正面入り口前の人だかりを遠目に確認した。
物凄い熱気だ。
見渡す限りの人人人。
騒ぎを押さえようと結構な数の隊員が動員されているようだが、あまり効果をあげているようには見えなかった。
………………。
俺はトランシーバーを手に取った。
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〜清水早苗〜
「はいはい、了解ですよっと」
私はトランシーバーを耳から離した。
手の中の重くて硬い変なのを見つめる。
この会はどうしてわざわざこんな物を連絡に使ってるんだろ?
携帯電話でいいじゃない。
…で、これどうすれば良いんだっけ?
「貸せ」
猛さんが私の手から強引に変なのを掴み取る。
せっかちな人!
「おい、嘉賀。
本当に早苗には何の危険も無いんだろうな?」
京ちゃんも猛さんも心配性だなあ。
京ちゃんは何度も何度も大丈夫か? と何が何でも確認してくるし、猛さんは京ちゃんが今日の予定を再確認する時に、唇をわなわなと震わせていた。
猛さんは通信を切ったみたいだ。
ボタンを押したり回したり、よくわからない事をした後、私の方に変なのを戻した。
「早苗……絶対に無理はするな」
心配性も、ここまで来ると心配病ね。
でも、誰かに心配してもらえることは、少し嬉しく思えてしまう。
「大丈夫。
変な事になったらちゃんと逃げるわ。
それに…本当に危なくなったら、あなたが助けに来てくれるでしょ?」
なんて、映画のヒロインの真似をしてみる。
「…もちろんだ」
猛さんも芝居がかった声で応えてくれた。
「いやー、暑いっすねぇ!
暑い暑い!
気温が、飽くまで気温が暑い!」
「カナタさん、夫婦の愛に水をさしてはいけませんよ。
愛があるから、夫婦は夫婦でいられるのです」
「何のことかな鈴木さん?
ああ、暑い暑い!
気温が、飽、く、ま、で、気温が暑いっ!」
猛さんがびっくりした様子で二人のやり取りを見ている。
「いっつもこんな感じなの。
意外?」
「ああ、国を揺るがす脅威のテロ組織が、こんな連中で構成されていたとは思わなかった。
人数がやけに少ないのにも驚いたが」
「ふふ、ここにいるのが全員じゃないのよ。
まあ、私もよく把握してるわけじゃあないんだけど、元会長さんは『我々は一見何処にもいないようで、実は何処にでもいる』なんて言ってたわ」
…………………。
「清水さん、じゃなかった、早苗さん。
そろそろ時間っす」
「はあい」
私は立ち上がってスーツの裾の乱れを直す。
よし、多分完璧。
「それじゃあ、私もちょっと死んでくるわ」
「……本当に、死ぬなよ」
「大丈夫だって。
それじゃ、またなっ」
京ちゃんの真似をして、別れのポーズを決めてみる。
……多分完璧。
正面入り口の前は、凄い人だかりが出来ていた。
これだけの人を集めるなんて、一体京ちゃんは何をしたのかしら?
あの中にも、うちのメンバーがいたりするのかな?
「清水夫人ですね。
ご案内します」
青い制服を着た警備員のお兄さんがエスコートしてくれた。
隊長の奥さん権限。
超特別待遇だ。
思っていたよりもするすると人だかりを抜けられた。
気がついた時には、もう建物の中だ。
「それでは、少々お待ちください」
流石に今日は、私以外には役員さんと警備員さんしかいないみたい。
まあ、こんな騒ぎになっていたら、普通中には通してくれないわよね。
これも隊長の奥さん権限。
………暇ね。
少々お待ちくださいの少々は、どの程度の少々なんだろう?
暇だったから、人集りの方を窓越しに見ていた。
突然、声が大きくなる。
何事だろう?
人の視線が一点に集まっている。
その先には見覚えのある白い背中。
由紀乃ちゃんだ。
京ちゃんが由紀乃ちゃんのことを、酷い人見知りだって言ってたけれど、克服できたのかしら?
「清水早苗さん、カウンターまでお越しください」
「はあい」
さてと、面接なんて高校入試以来ね。
ちょっと緊張してしまう。
でもどうせ質問の一つもされないんだろうと思いなおすと、少しはましになった。
ふふ。
このジギョーケーカクなんたらを読んだら、あいつはどんな顔をするかしら。