83”rlbinckdahed”
突如、周囲がざわめきたつ。
ゆきひろという固有名詞が微かに耳に入る。
そろそろ時間か。
…いよいよ最期。
そんな空気感がこの場を支配する。
そいつは喜ばしくないな。
「頭上げてくれよ、おっさん。
んで、死にゆく俺の雄姿を見届けておくれ」
「お前…」
その言葉に誰よりも反応を示したのは、俺の予想通りカナタだった。
「ちょっ!?
さっきちゃんと帰ってくるって言ったじゃないですか!
帰ったら、昔のこと、話してくれるって…」
「待て、ストップだ!
その言葉は縁起が悪い」
「えん、ぎ?」
俺は靴を脱いでベンチの上に立った。
これは、行儀が悪い。
「皆の者、死亡フラグという言葉を知っているだろうか?
ある者は、『生きて帰ったら、結婚しよう』…そう恋人に言い残して戦場で儚く散った。
またある者は、『ちょっと田んぼの様子を見てくる』と言い残して用水路の中で溺れ死んだ。
ベネットについてはどうでもいいな。
これらの台詞に共通していること、それは、自分が生きて帰ってくることが前提の台詞だということだ。
そして、ここからが本題だ。
…俺が思うに、これらの正反対のこと、つまり死ねと他人に罵られながら戦地に赴けば…………………………
生存率は、飛躍的に上昇する」
シリアスな空気が一変し、俺に集まる視線の意味がみるみるうちに変わる。
何を言っているんだこいつは。
誰もが表情でそう語っている。
呆れ果てている。
そうだ、それこそ俺が欲しかったものだ。
「じゃあ死ね」
「おうふっ」
カナタからストレートかつ痛烈な一撃が飛んでくる。
……やばい、つい顔が綻んでしまう。
「きょ、京之介さん。
なんでそんなに嬉しそうなんですか?
こんなに気持ち悪い人だったなんて…。
死んで下さい、この変態野郎」
「くふぅっ」
普段は割と大人しめな千梨が、俺を変態野郎と罵っている。
…感動的だ。
「昔から、もしかしたらとは思っていたが…。
まさか、ここまでとはな」
「いえすっ」
さっきまで頭を下げられていた相手に、今は蔑みの目で見下されている。
おっさんなのに、惚れちまいそうだ。
「死ねい」
「死んじゃえ」
「死んで下さい」
謎のしねしねコールが湧き上がる。
「「「「「「「死ねっ☆」」」」」」」
「くわらばっ!」
なんか二人ぶんくらい余計に声が聞こえるが、そんな事気にしてる場合じゃねぇ。
皆が、日本が、世界が俺を蔑んでいる。
「テンションぁあがってキタアアアァァァーッ!」
コールは止んで、代わりに謎の歓声が俺を迎えてくれた。
「よし、じゃあちょっと死んでくる!
またなっ」
向こうの方のざわめきが、大きくなってきていた。
俺はデジカメを握りしめて、一人敵地へと赴く。
……予定だったのだが、何故だか二人分の足音がカツンカツンと鳴り響く。
「京之介さん、エイダちゃんがどうしても伝えたいことがあるみたいです」
「なんだ?」
後ろから強く抱き締められた。
ふわふわの髪の毛が頬をくすぐる。
「キョー、死ぬ」
「…そうだな」
「けど、キョーなら…生き返れる」
「その通りだ」
勿論俺だって生き物だから、そんなはずはない。
だがまあ、何と無くこいつに言われると、本当になんでも出来るような気がしてくる。
「……もしかして、心配させちまったか?」
向き直って背伸びをして、わしゃわしゃとエイダの頭を撫でる。
「何度殺されたって、何度でも生き返ってやるさ」