82”quirla”
「兎に角、なんだ、事情を話してくれよ。
もっと違う方法でも助けてやれるかもしれないし」
「助けてやれる…とは、偉くなったもんだな嘉賀」
「なんだよ今更。
昔っから俺はそんな喋り方しか出来なかっただろ?」
「いや、本当に偉くなったもんだよ。
例え嘘でも、あんな事を言えるなんて、仲間を片時も信用しようとしなかった俺や桂木なんかよりよっぽど偉い」
長々とした溜息をついて、おっさんはその記憶にあるよりも随分と皺の多い顔を歪ませて、更に皺を作った。
「…良いだろう。
桂木警備隊隊長様の、本当の職務を教えてやる。
ある日、声が聞こえるようになったんだ。
何も無い所から、酷く痛々しく呪わしい声が。
だが、俺は驚かなかった。
何故か?
俺は声が聞こえることの原因に心当たりがあったからだ。
昨日お前に言ったように、監視カメラの監視も、俺の仕事の一つだ。
だが、それだけのことで、これ程の高給を取れる訳がない。
有事の際の出動も仕事の中には当然含まれる。
だが、それだけではない。
……………。
…クソッ!
……情けないこと、だが、口に、出すのも、少し、厳しいようだ」
清水早苗が、おっさんの肩を抱く。
すると、まるで魔法のように、おっさんの震えが止まった。
一方、俺も心の底から震え上がっていた。
本当だ。
あのおっさんが、まるで不屈の巨人か何かのようだったあのおっさんが、無力な子供のように震えている。
異常事態だ。
だが、俺の肩に手が添えられる事は無い。
何故かは俺もわかっている。
心は怯えきっているのだが、それが心の外の身体に全く伝わっていないからだ。
早苗が姿勢を変えずに俺の方に振り向く。
「ここから先は、私が話すよ。
あなた、辛かったら車の中に…」
「馬鹿を言え。
自分のことだ、辛くなどない。
………。
だが、話しは、早苗に任せる」
「はいはい、任されました。
それじゃあ、改めて…。
京ちゃんも皆も、良く知っていると思うけど、今のこの国はおかしい。
その原因の大体は桂木にあると言ってもいいわ。
そもそも、あんな奴の独裁政治が最初に認められた時点で、何かがおかしかったのかもしれない。
あいつはね、臆病なの。
臆病だから、自分に害を為すかもしれないと思った人を、次々と殺していった。
そういうことが出来る法律をわざわざ通して、ね。
そうして沢山の人が死刑になった。
その何人もの人達に死刑を実行しているのはこの人よ」
この人…清水のおっさんは、唐突に立ち上がった。
早口で、言葉を紡ぎ出す。
「俺は殺した。
何度も何度も何度も殺した。
服を洗えば匂いは落ちた。
国に護られて、誰にも恨まれることは無かった。
だが、声だけは、最期の瞬間の直前の、あの痛々しく呪わしく、絶望的で、非人間的で、滑稽ですらあり、人間的なあの、あの声だけは、何度眠っても、何度壁に頭を打ち付けても、何をしても、何を、何か、何を、何度も、何度も…!
ああ、クソッ!!」
早苗がおっさんを強く抱きしめる。
まるで、現実に繋ぎとめるかのように。
「俺は国に飼われた家畜だ!
いや、生き物ですらない歯車だ!
抵抗したら廃棄される!
俺の替えなんて幾らでもあるからな!
俺はたまたま警察でそれなりに高い地位に立っていたから目を付けられたというだけで、あんな仕事はそれこそ子供にだって出来る。
スイッチ一つで、人が死ぬんだ!
だから、やらせちゃいけない。
………………。
すまない、取り乱したな。
もう一つ重ねて謝る。
俺にはどうすることも出来ない。
だから、嘉賀」
おっさんは頭を下げる。
その先にあるのは俺だ。
……やめろよ。
そんなあんたは、見たくない。
「助けてくれ」