80”pryuinu-a-rlamuonu”
真っ暗だ。
何も見えない。
暫くして何も見えないのは目を閉じているからだと気がつく。
目を開けた。
いつの間にか夜になっていたようで、明かりのついていない部屋は薄気味が悪かった。
次第に耳もきちんと仕事をするようになる。
よく分からない生き物の声が微かに耳に届いた。
目を凝らすと、壁にかかっている時計から時刻が読める。
二十五時丁度。
あいつの予感がする。
「ところで少年」
そいつはいつも通りの切り出し方で、話を始めた。
今回は先手を打ってみることにする。
「ああ、悪かったな。
お前の忠告を無視して」
珍しく疲れた様子で、柊はふうと息を吐いた。
「悪くないさ。
ただ、今回は俺が負けた。
それだけのことだ」
「負けた?
何に?」
日高が矢鱈に意味深なことを言うのとは違って、柊のこういった様子はその奥に重大な意味を潜めているような気がしてならない。
だが、詳しく答えてくれないところは、両者とも同じだった。
「もうお前の好きにすればいいさ。
それが答えだ」
お墨付きを貰った。
「言われなくとも、そのつもりだ」
「そうか」
柊は身を翻して、
「また会おう、少年」
そのまま闇に溶けていった。
「もう来んな」
…さ………さま……おにい…ま……
「お兄様」
どこだ、ここは?
見慣れない天井だ。
体中がふわふわした感触に包まれている。
俺の鼻が甘ったるい臭いを嗅ぎ取った。
「起きてくださいっす、お兄様」
カナタの顔がすぐ近くにあった。
そういえばカナタ邸に泊まりに来ていたんだったな。
昔の話をしようとしたら気を失ってしまって……それ以降の記憶は無い。
俺は布団からもぞもぞと脱出した。
「体の方、大丈夫っすか?」
頭をぐるりと回してみる。
なんとも無い。
「ああ、大丈夫みたいだ」
「良かった。
突然倒れた時は心配しましたよ」
「すまん。
…あの後ここまで運んでくれたのか?
ありがとな」
「礼ならエイダさんに言って下さい。
意外と力持ちっすね、あの人」
「ああ、なんなんだろうな、あの馬鹿力は。
いつも千梨を乗せてるから、それが良いトレーニングになっているのかも知れんな」
実はあいつ、ロボットなんだ…だなんて言ってみても良かったかもしれないが、なんとなくそれを口に出すのは憚られた。
「ほほう。
今度貸してもらおっと」
「むすう。
私はダンベルじゃないです!」
ドアが開くなり、相変わらずエイダを乗り物にしている千梨が突っかかってきた。
どうやら聞こえていたらしい。
「ところで、キョー、朝ごはん」
「俺は朝ごはんじゃない」
起き抜けに料理をするのは正直なところ気が進まないが、まあそのくらいはやれないことも無い。
俺は起き上がって、ドアの外に向かって歩き出そうとした、のだが・・・。
「違う、それじゃない」
どういうわけか、エイダは一人分の朝食が乗ったお盆を手にしていた。
「カナタ達で一人一品ずつ作ってみたんです」
開きっぱなしのドアから、鈴木と清水がひょこっと顔を出す。
何時に間にかここに来ていたらしい。
小型のテーブルがベッドの前に運ばれて、その上に朝食が乗った。
「…お前ら」
小さいおにぎりは、千梨が作ったものだろうか?
この大きさでも、結構大変だっただろう。
「お口に合えば、いいですケド…」
千梨がエイダの肩の上でもじもじする。
手を合わせてから口に運んだ。
「うまい」
海苔で巻かれただけのシンプルなものだったが、塩加減が絶妙だ。
次は焼き鮭だ。
「これもうまい」
特にこれといって特徴は無いが、やはり塩加減が絶妙だ。
その次は味噌汁。
「やはりうまい」
豆腐とわかめの良くある味噌汁だが、これも塩加減が絶妙だ。
お次はカツオ節の乗った冷奴。
「…うまい」
なぜか醤油ではなく塩が使われていたが、素晴らしく塩加減が絶妙だ。
そして最後の五品目。
「…うまい、が」
朝からプリン・アラモードを口にするのは人生で初めての経験だ。
しかも塩加減が絶妙だ。
どう考えても、これがここにあるのはおかしい。
「これ作った奴、挙手」
やはりというべきか、エイダの手が元気良く挙がった。
部屋の中が原因不明の笑いに包まれる。
俺も精一杯笑っておいた。