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夜は交代で、昼は王太子が出かけるのに合わせて適当な人数を割いて、私たちは彼の護衛にあたった。王太子のそばには常にミケインと、数名の顔を隠した護衛もついている。私たちいなくていいじゃん、と思っていたけど、そういうわけではないらしい。一度、顔を隠した護衛の一人が王太子を護っているミケインを襲おうとしたところをクロムが切り倒して、私の認識は大いに変わった。王太子はまじで放っとくとあっさり死にそうだ。
「大変だなあ、王太子っていうのも」
「…そうか?」
「だって、命狙われっぱなしじゃん」
「…まあ、そうだな。だが、俺たちが守っている」
「それはそうだけど…まあなんていうか精神的に?」
「ああ、確かに。王太子は精神的に強靭には見えない」
「だよねえ」
頷きながら、遠くに視線を向ける。夜勤をしながらクロムと会話を交わすことにもだいぶ慣れてきた。初めに比べれば随分、会話も弾む。いや、弾むって言えるほどではないけど。
クロムもフェリスと組みたがってローテの方法を変えたいと言い出すだろうと思っていたんだけど、大人しく一緒に任務にいそしんでいる。初日の昼の失態がそれほど効いたのか…こいつ真面目だよな…
「…マリー」
「なに?」
「君は、向こうへ早く戻りたいんだろうな」
「え?うーん…まあ…ここも快適じゃないわけではないけど、夜は寝たいよね」
「…そうか。…寝ていても構わない。俺が見ている」
「はい?」
「疲れているだろう」
「え、いや、普通くらいだよ?なんでまた急に…」
「…いや、なんでもないんだ」
首を振り、クロムは視線を逸らした。なんなんだ…そりゃあ、夜は寝たいけど。クロム1人でも十分だろうけど。だからって、私がいなくても任務に支障をきたさないとそこまではっきり言うのは、それなりに失礼な物言いだ。この2週間ほどで少し仲良くなれていたと思っていたことも相まって、余計に悔しい。
「失礼だなあ…私だって、それなりには役立つよ」
「…あ、いや違う、そういうつもりじゃない」
「ふうん」
一言だけ言って、私はクロムと逆方向を向いた。ざまあみろ。他に話し相手もいない退屈な夜勤で、唯一の仲間に無視されればそれは暇だろう…けどそれは私も同じだ。むしろ、普段から寡黙なクロムは別に平気かもしれない。しくじったか、と思いながらちらりとだけ視線をやると、クロムは面白いくらいおろおろしていた。わお…やっぱ真面目だなこいつ…
「…マリー」
「……」
「すまない。そういう意図じゃない。俺はただ…」
「うん、もういいよ。私も変に受け取ってごめん」
「…マリー」
こんなことで喧嘩していても仕方ない、と思って逸らした体を戻せば、クロムは心底安堵した溜息をついた。なにこのひと、無口だし友達少ないのか?そう怪訝に思いながら眺めていると、ふわり、と体が包まれる。硬質な黒髪が、耳元にくたりと埋まった。
「…へっ?」
「…ありがとう、すまない」
「え、わあ、ちょっと、離してよ!ハグ禁止!何人だお前!」
「休めと言ったのは…君に、良く思われたくて」
「はあ!?良く思うわけないじゃん!いいからちょっと、離れてください」
「…焦ってるな」
顔を上げて、感心した様子でクロムが私の頭のあたりを見下ろす。見られた辺りが視線と息を感じてちりちりした。な、なんだこの態度は。私が焦っているのは、誰のせいだと思っているのだ!自慢じゃないけど、生まれてこの方男性にハグされたことなんて…父以外、無い!残念ながら自信満々で言いきれる!
「誰のせいだと思ってるの…」
「…俺かな」
「その通りですよおお!」
「…こういう経験は、無い?」
「なっ…いいじゃん放っとけー!離せー!」
押したり引いたり下がったりしてみるが、まるで抜けられない。ところでなんかいい匂いするんですけど、あなた本当に男性?むかつくわあああ!むしろ自分の体臭が気になって、必死に抜け出そうとする力が余計に強くなる。でも全然無理。無理なものは無理。相手は体術訓練成績1位のクロム・ランバートである。とうとう私は降参して、動くのをやめた。
「だめだ…もう、魔術を使って焼き殺すしか…」
「…おっと」
言った瞬間、ようやくクロムが手を放した。すかさず飛び退って距離を取る。
「近づいたら焼く」
「…焼かないだろう」
「焼かないけどおおお!こっちこないでー!」
「はは」
「ぎゃーなんだよ良い笑顔だな!撃つぞ!」
「…撃たないだろう」
「撃たないけどおおお!」