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夕食はつつがなく終わった。王太子はねぎらいの言葉を述べた以外はほとんどしゃべらず、ほぼミケインがホストを務めてくれた。食事中はさすがに布は外していたが、2人とも非常に綺麗な顔をしていた。どいつもこいつもなんなんだよ。
浅黒い肌とエキゾチックな顔立ちは、こちらの最終兵器リストに比べれば顔の作り自体の華やかさは少しだけマシだ。でも、リストにない妖艶さ的な魅力があるからな…どちらかというとクロム寄りか…いやもう全員、どっちもどっちだな。モブ顏としてはうらやましい限りだ。まあ、私は異性だからまだいいけど、ジョンは可哀そうだな…哀れジョン…
「…マリー」
「え、なに?大丈夫、一応ちゃんと警戒はしてる」
呼びかけられ、私は考えるのをやめた。今は夜勤中だ。つまり、王太子の寝室外のバルコニーで見張りをする役。私とクロム、リストとフェリスでのツーマンセルをつくり、1日交代で周辺の警戒に当たっている。ジョンは見張り塔で仮眠をとりつつ、私たちからの通信や、何らかの異変があったら狙撃手として対象を効率よく始末する手はず。
ずうっとちゃんと夜に眠れないのはつらいと思い、2位の私でも狙撃手が出来ないわけではないから、ローテにして変わろうかと提案したのに、平気だと断られた。なんだあいつモブのくせに。…いやまあ実力差がありますからね…ハハッ
「…一応?」
「すいませんでした!」
「いや、良いんだが」
クロムは少しだけ笑った。彼はいつもあんまり大声では笑わない。
「…昼は、悪かったな」
「え?なにが」
「…役に立てずに」
「え、そうだっけ…」
言われて初めて気づいたが、確かにクロム、昼あんまり何もしてなかったな。いやでもそれは仕方ない。クロムは近接体術に非常に長けていて、戦闘能力は随一だし優秀だ。ただ、車に乗って逃げるという昼の状況では別にやることがなかった、っていうそれだけのこと。
「ああ、いや、防衛魔術のことなら…高難度過ぎるし燃費も悪いし、私とフェリスでなんとかなると思って…そもそも触媒もってないよね、多分」
「…それはそうなんだが」
な、なんだこれは…思いのほかへこんでいるらしい。
「だって敵が近くに来たわけじゃないし、戦闘じゃなくて逃走だし」
「だが、君とジョンとリストは適応していた」
「いや、ジョンは…ほら、彼は狙撃音とかよく聞いてるから(知らないけど多分きっとそんな感じだろう!多分!)。リストはまあ確かに…はっ」
そうか。恋敵に負けたから、こんなに落ち込んでるんだな?夕方もやけに大人しかったし…そういうことか。確かに、即座に運転を再開したリストはさすがの働きではあった。でもクロムは脳筋だから仕方な…いややめようこのセリフは絶対に言うべきではない。落ち着け私!話を逸らすんだ!
「いや…そりゃあ、リストもたまには役に立たないと…あんだけ偉そうだしね」
「…そうだな。気に喰わないやつだが、高慢さに見合う力もある」
「そうかなあ。あの高慢さは、どんなに優秀でもお釣りがくると思うよ」
「…ふっ」
「こないだも、訓練施設でからまれて…からまれてる間にキメラがきて…いやもう本当大変だった。自慢話始めると長いからなあの人」
「…確かに」
「キメラって本当に訓練施設にいるんだね。初めて見たけど、教本通りの回復力だったよ。相当の人数で攻撃しないと無理だろうなあ…いつか実力がついたら、一緒に行ってみよう」
「…ああ。…君は本当に優秀なんだな、マリー」
「え?」
溜息をつくような声に顔を向けると、クロムがじっとこちらを見ていた。思わずうしろを振り返るが、誰もいないし誰の気配もない。私を見ているらしい。そりゃそうか。
「あ、ありがとー…」
「…いや。すまないな、変な話をして」
「え、ううん」
「…気を紛らわせようとしてくれてありがとう」
「へ!?いや…いや別にそういうのでは」
「…はは」
「(ばーれーてーるーー!)」
クロムはこちらを見たまま微笑んだ。なんだよその、仕方ないなあ、って顔は…そんなに話を逸らすのが下手だったのか私。自分ではけっこう上手くやれたと思ったんだけどなあ。まあ仕方ないか。ふうと一つ息を吐いてから、もう一度夜の闇を見つめた。静かに更けていく夜には、何の障りもない。