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サンズ王国は、私たちの母国であるセント・エトワール国とは離れた大陸にある。魔力を利用したゲートでの移動も禁じられているので、残念ながら飛行機で行くしかない。と言っても一番近い空港まではゲートで一瞬で移動できるし、、任務中のソレイユはあらゆる優越権を行使することが出来るので、どれだけ混んでいる飛行機にもすぐに乗れる。
私たちは一番近かった時刻の飛行機に乗り、日付で翌日にはサンズに辿り着いた。空港を一歩出ると、超暑い。
「暑いねー…」
「だな…」
制服の体温調節効果でだいぶ薄れているとはいえ、故国とは全く違う気候だ。待機していた迎えの車に乗り込む一瞬だけでも、肌をなでる空気で、ここが異国であることを感じられた。
広すぎるほど広い車の中には、布で顔を覆う衣装をまとった人物が並んで座っている。もともと砂漠と遊牧の国であったサンズにとっての、伝統的な衣装らしいということは知識では知っていた。今でも砂塵防止に日常的に用いられる、らしい。でも、車内なら取ってもいいのに…
片方の、白っぽい布で顔を覆った男性が乗り込んだこちらに会釈する。
「はじめまして、王太子の世話係のミケインです」
全員が座ったままで略式の敬礼を返すと、ミケインは納得したようにうなずいた。私たちには手首に、ソレイユの証となる腕時計がはまっている。もちろんただの腕時計ではなく、耐魔術や耐衝撃の魔術が組み込まれている。それと実は暗器にもなる。内緒だけど。偽造はほぼ不可能で、また偽造しようとすれば重罪に問われる。これを見せることが、通常は身分証明になりうる。敬礼するとこれがよく見えるのだ。
もちろん、車に乗る前により正確な身分証明をしている。こういう命を狙われやすい依頼人には、腕時計が本物か照合できる装置が先に送られるのだ。
「このまま王宮まで向かいます」
「はい」
車はすべるように路地を走る。当然ながらガラスはすべてスモークで、外の様子は薄暗く見えた。ぼんやりと外を眺めていると、突然急ブレーキが掛けられ、車が止まった。
「なんだ!?」
ミケインが声を張り上げる。ぱらら、と近くで乾いた音がした。
「ふせろ!」
ジョンが大声を張り上げながら、王太子とミケインをかかえて伏せる。慌てて姿勢を低くした私たちの頭上のガラスが、被弾を受けて大きく悲鳴を上げた。さすがに割れはしない。
「うはあ速攻ー…」
「なんでこれに王太子が乗ってるってばれたんだ?」
「さあ…」
ホルスターから銃を取り出しながらのジョンのぼやきに応えながら、ポケットの薬剤を取り出す。魔術の触媒となるそれを床に流しながら、焦らないように気を付けて印を結ぶ。
「な、なに、してるの?」
「防衛魔術」
切れ切れな声で尋ねてくるフェリス声に視線を向けずに返答しながら、印を結び終えた。車は淡い光に包まれ、防衛魔術がかかる。これで防弾できるけど、永久にもつわけじゃない。
「フェリスも掛けて。二重なら相当にもつ」
「う、うん」
フェリスが頷いて準備を始めると、自身に強化魔術を掛け終えたらしいリストが少し姿勢を上げた。ぱらら、とまた乾いた音がして車が被弾するが、防衛魔術に阻まれ傷は与えられない。それを確認して、リストが運転席との境界になっている耐衝撃ガラスを強化した腕で殴りつけて穴をあけ、そこから前の座席の方へ首を突っ込む。ミケインが驚いた声を上げた。
「なっ…」
「…残念だが、運転手はダメだ。毒か殺傷型ナノマシンを飲まされた模様」
即効性の毒とカプセルの組み合わせ、あるいは設定された時間に心臓の動きを止める超高価なナノマシンを使えば、人を突然殺すことは出来る。もっとも、どちらもまず飲ませなくてはならないし、恐らく運転手ともなれば定時での検査を受けていたはずなのだが…まあ、相手もやり手ということか。ブレーキがかかっただけマシだ。
リストは開けた穴からするりと前方の座席に移り、車を急発進させた。車内のメンバーが後方に押し付けられる。
「きゃあ」
「ぐふっ」
「あの、正面に見える大きい城だよな?」
「あ、ああ、そうだ」
リストが後ろを見ずにミケインに尋ねながら車を疾走させる。その間も車は被弾し続けていたが、あっという間に、その音は届かなくなった。速い。速い…のは大いに結構なんだけど。
「苦しい…」
「あ、悪い。なんか柔かいと思ったら、乗ってたか」
「もう大丈夫だよね、退いて」
「悪い悪い」
発進の衝撃で私の腹の上に膝をついて、そのまま周囲を警戒していたいたジョンがようやく体をおろし、私は座席に収まってほうっと息を吐いた。
「死ぬかと思ったわ」
「だな」
「そうじゃなくて君が乗ってたから」
「あー…ははは」
「いや、ははは、じゃなくてね…あっ、ミケインさんたち、どうぞ座ってください」
車の床に座り込んで呆然としているミケインと王太子に椅子を勧める。はっとした様子で、彼らは向かいの座席に座りなおした。溜息をついた音がして、ミケインがこちらをしげしげと見る。
「若いのでどうかと思っていたんですが…本当に、頼りになりますね」
「いえ」
ジョンが首を振る。謙遜である。だって、さっきの動きは良かったと私も思いますよ!よく気づいたよね撃たれることに。しかし身内を褒めても仕方ないので今は黙っとこう。そう思い、周囲を警戒するふりをしてぼんやりと外を眺めていると、車がまた急停止した。
「わっ」
「今度はなんだ!?」
運転席からリストが振り返り、無駄にきらびやかににこりと笑った。
「ふふん、ついたよ」




