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王宮軍二番隊のエリートに警護され、どこからともなく手配された車に乗せられ、ルーゼン首都キエフで最高のホテルに連れて行かれ、謎の応接室に連れ込まれるまで、私とジョンは呆然としていた。あんまり記憶にない。いや、疲れてたし。これでも結構、さっきまで、死線ギリギリに居たんですよね…
ふかふかのソファにジョンと並んで座らされ、目の前のテーブルに紅茶が置かれる。ノキア先生は向かって左の1人掛けソファに、ヴィクトールは向かって左の1人掛けソファに座って、のんきに紅茶に手を伸ばしている。顔を動かさずに、金銀の瞳だけがこちらを向いた。
「ぼーっとしてんな。怪我したか?」
「え?いや…怪我はしてないですけど」
「先生って、その…そういう感じでしたっけ」
そうだジョンよく言った。私の記憶が正しければ、ノキア先生は青い長髪に青い瞳をしていたはずだ。黒の短髪に金銀の瞳では絶対になかった。いや、顔は言われてみれば確かにとってもそんなかんじだし、声もどう考えてもそんな感じなんだけど…今の容姿が強烈なだけに、あまりにも印象が違う。オッドアイってすごい。
セント・エトワールは魔術大国である。それは、魔術の素養を持った人間が多く生まれる土地柄であるということに起因する。
魔術の素養を持った人間は、基本的にその力が髪や瞳の色に顕現することが多い。だから他国と比べてとても多彩な色の人間がいて――同時に、あまり髪の色を染めたりウィッグをしたり、目にカラーコンタクトを入れて色を変えたりすることが一般的では無い。役者くらいだろうか。
どんな色でもたいていの人間の反応は薄いので気にする必要はないし、そのままでいることが、一番個性的だからだ。
「お前らやっぱ俺のこと知らないの?」
「え、ノキア先生ですよね…?」
困惑する私とジョンに、先生はこれ見よがしにため息を吐いた。おお、減点である。どうやら今の返答は正しいものではなかったらしい。でも、正しい返答も思い浮かばないしなあ。黙って続きを待つしかない。
ノキア先生は少しだけ視線を宙に彷徨わせてから、ふてくされた顔をした。
「お前らんとこの第2王子だよ」
「えっ」
「えっ」
えっ?
第2王子…第2王子って、誰だっけ。えっと…第1王子はあれでしょ、あの、ド金髪で目の色まではちみつ色の…
「アルフレッドな」
「あ、そうそうその方ですね」
「それで、それは第1王子な」
「あ、ええ、はい……えっ?それで先生が、第2王子なんですか?」
「そうだよ文句あんのか」
「ええええええ!」
何言ってんだ。そう思いながらじろじろと見返してしまうが、確かに、なんだかとてもそれっぽい恰好をしているし、それっぽい勲章数だ。ヴィクトールとノキア先生がやけに仲が良かったのも、どちらも友好国の王子だったからなのか。
それに、そう言えば王宮軍二番隊は基本的には第2王子の直属部隊である。二番隊を率いてくるのが第2王子なのは、ものすごくありえることだ。
「えっ、じゃあなんで、サラリーマンなんてやってるんですか」
「お前…セント・エトワールの教官をサラリーマン扱いたあ…」
ジョンの言葉に、ノキア先生…いや、ノクタニア第2王子?はますます呆れたような表情になる。いやまあ、先生の気持ちも分かりますけど。でもこちらの疑問も当然だろう。どうしてわざわざ身分を隠して、王子が教官に交じっているのか。ていうか一番年下で下っ端じゃない?一番働いてない?どうなってんだこの国…
「まあ、簡単に言えば常駐監査だよ」
「監査、ですか」
「そう。国立傭兵学園はセント・エトワールの主要軍事機関だからな。危ないことになんないように見てなきゃいけないだろ」
「へえー…だから先生、いっつもウロウロしてるんですね」
「してねえよ別に」
なるほど。本人は否定しているが、ノキア先生は生徒のことや設備のことを一番色々と見て回っている。お忙しいのに。でもまあそのぶん、担当訓練である戦闘実技訓練はほぼ生徒に自由にやらせているし、課題とかも全くないし、フリーと言えばフリーである。そうか本業じゃなかったのか訓練は。
でも、別に正体を隠す必要はないんじゃないの?いや確かに、王子が監査してます!っていうのには若干の違和感を覚えなくはないけど…まあ悪いことではないし、学園の重要性を思えば納得いかなくもない。どうせやるなら堂々と監視する方が、トラブルの抑止力はあるんじゃないだろうか。変装も面倒くさそうだし。その疑問を口に出す前に、ノキア先生は続ける。
「3年前、お前たちと同時に、俺は学園の高等部の教官として学園に潜りこんだ」
「あ、そうでしたっけ」
「そうだよ。学園に不穏な動きがあるって情報があったからな」
「不穏な動き…?」
「そう。3年も身辺を偽って潜ってても目立つ動きはなかったんだが、今になってな…これ、もっと聞きたいか?」
「いいえもういいです!」
私は慌てて首を振った。疑問が解けたわけではないけど、どうやらあまりおおっぴらに話すべき事情ではないようだし、ただ聞いたところで自分に何が出来るとも思えない。いや、先生が話したいなら、別だけど。何か任務につながるというなら聞きますけど。
「先生が話したければ別ですが」
そう付け加えると、ノキア先生は少しだけ目を見開き、それからけらけらと笑う。
「いいよ、必要になったら話すから。今回はお前らを迎えに来ただけだよ」
「はあ…ありがとうございます」
ジョンとともに座ったまま敬礼を取って、降ろす。そっか、どうにかするって言ってたなそういえば。最後に通信を切る時にも、お前らのせいで超忙しいって言ってた。冗談っぽかったけれど、実際、私たちを助けに来るために相当に無理をしたのだろう。できれば身分だって、私とジョンにも明かしたくなかったはずだ。
「ごめんなさい、先生…」
「良いよ。本当に、間に合って良かった。こっからはアレクセイがなんとかするだろ」
「え…あ、はい!もちろんです!」
突然話を振られて、ヴィクトールは慌てて紅茶から口を離した。
「王と王妃も助かりましたし、新王家の残虐な振る舞いや失政を盾に…旧王家を復興することはできます。私にも、そのくらいなら」
「へええ、さすがヴィクトール」
「これで万事解決ですね」
「ありがとうございます…」
ジョンと私が褒めたのに、ヴィクトールはあまり嬉しそうではない。なに?なんか不満だったかしら?しょんぼりしているヴィクトールをちらりと見て、ノキア先生が言う。
「駄目だから。2人とも俺のだから明日には連れて帰るから。よっし、じゃあもう寝るか…昼だけど…俺全然寝てないんだよ。お前らも疲れてるだろ、とりあえずちょっと休め」
「うう…」
あ、明日には帰るのか。確かにもうここに居る必要はないもんな。
自分たちの力だけじゃ無理だったけど、任務は完遂して、依頼人の希望も叶えて、依頼人も無事だった。すごく喜ばしいはずなのに、私はヴィクトールがしょんぼりしている理由がよく分かった。私も寂しい。ジョンにちらりと視線を向けると、こいつら仕方ないな、という顔で笑っていた。くっ、この冷血漢め!
ヴィクトールはしょんぼりしたまま、立ち上がってしまったノキア先生を見上げた。
「あの、ノクタニア、1つだけお願いが!」




