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「伏せろ!」
言われるまでもなく反射的に身を伏せる。発射音の方向から、塔の外壁に何かが着弾し、爆発音とともに壁が崩れ大穴が開いた。うっわあああ。崩れる。崩れるだろやめて。
「やばい」
「やばい」
「えっ!?」
私とジョンの声に、ヴィクトールが慌てて穴から首を出す。
「ヴィクトール、出てこないでください」
「ええええ」
ジョンがすかさず言い、バリケードから上半身を出して攻撃を再開する。私は不服そうなヴィクトールの頭を穴に押し込んだ。
「ロケット砲です。もし当たったら粉々ですよ」
「1台だな。射手は撃ったけど別にいるかも。ていうかまず侵入口広がったのがやばい抑えきれるか分かんない」
「だそうです。ちょっと先に行っててください」
私もライフルを拾い上げ、ジョンの隣から顔を出して攻撃に加わる。さっきまでは塔の入り口という狭い範囲からしかこちらに攻撃は来ていなかったし、そこに近づく敵だけを撃っていけばよかった。でも塔の外壁が崩れたせいで、今や前方がら空きだ。2人でもギリギリ…間に合って…ないくらい。攻撃を受ける前に敵を全員仕留めるのはもう無理だ。バリケードに身を隠しながら、攻撃せざるをえない。
「2人も来てください!」
「今は無理です」
「先行っててください」
「そ、そんなことはできません!」
「できますから」
「うわ、っと、やばい、超撃たれる」
「2人とも早く!」
そう言われましても。いまここを放棄して逃げたところで、すぐに脱出路を追ってこられるのは目に見えている。正規の手段で発動させたならば見つからないように閉じたのだろうが、無理やり床を破壊したから穴が見えている。ここから逃げたのはバレバレだ。内側から魔術による爆破で埋める手もあるかもしれないが、下手したら通路そのものが埋まって生き埋めになる。
王と王妃を連れて相手より速く移動できるとは思えないから交戦は必至。もしこんな狭い空間でさっきのようにロケット砲とか、あるいは手榴弾なんかを使われたらたまったものではない。中に入って王と王妃を守るのは無理だ。
私は一瞬だけジョンに視線を向けた。見えているかいないかの動きだったが、彼は小さく頷いた。
「…もう少しここで時間を稼ぎます」
「そんな、危険です!」
「大丈夫ですから、先に行っていてください」
ヴィクトールに顔を向ける余裕はなかった。どんどん間隔の短くなる敵の攻撃の合間にどうにか顔を出して、確実に減らしていく。バリケードにしている机が軋む。防衛魔術をかけなおす必要がある。そう判断し、ポーチから触媒を取り出す。
「先に行くなんて、出来ません!早く来てください!」
おおお、おいこらまだいたのか!ふざけないでいただきたい。防衛魔術の長ったらしくて複雑な印を組みながら、私は焦る。
「いやいや出来ますって。じゃあこうしましょう、二手に分かれましょう」
「はああ!?絶対嫌ですよ!」
「わがまま言わないでくださいよ」
「わがままって!貴方たち、逃げる気ないですよね!?」
バレている。でも逃げられないんだから仕方ない。いま逃げたら役割が果たせない。撃ち尽くしたらしいライフルを投げ捨てて、別なものを拾い上げてまた撃ちながら、ジョンが呆れたように言う。
「超ありますよ。だから先に行っててください」
「嘘つかないでください、分かりますよ」
「あります。逃げ切れる状況になったら逃げます」
「それじゃダメです!」
「ダメじゃないです。ヴィクトール、あなたが逃げてくれないと僕たちどんどん追い詰められます」
「…!で、でも………」
ジョン、あんまりヴィクトールをいじめてやるなよ。そうは思うけれど、ジョンが言っていることは事実だ。ヴィクトールがここでぐだぐだしている限り、私とジョンはここから退くわけにはいかない。私は黙って銃を新しいものに取り換え、バリケードから顔を出して連射する。
一向に敵が減る気配がないな。そりゃそうか。ここが本拠地なんだから、どんどん応援が来るのだ。これは、本当に、さっさと行ってもらわないとやばいな。普通にやばい。退くとか退かないとかじゃなくて、問答無用で突破される可能性がある。あー、自爆用に爆薬もっときゃよかった。まあいいやとにかくヴィクトールを逃がさないと…
「ヴィクトール、早く…」
「父上と母上は先に行っててください!」
「ちょ、え、おいおいおい!」
何言ってるの君は。振り向きはしないが、思わず照準がブレそうになった。危ない。一射たりとも無駄には出来ない。こんなに私たちが頑張っているのに、ヴィクトールは何故か穴から出てきて、足元に戻ってきている。ふざけんな。
「ちょっとおお!!」
「ぎゃあああ何してんのヴィクトール!!」
「エ・ラプシオン!」
私たちの叫び声を無視して、術印を組み終わった掌だけをバリケードの上から出し、ヴィクトールは火炎魔術の最高峰を惜しげもなく放った。照準は滅茶苦茶だが、敵も多いから誰かしらには当たる。組み方も集中も雑だったようだが、敵の前線戦力を一時的に半減させるくらいの効果はある。すごい。さすが。いやでもだめだって!
「ありがとうございますでももう良いですから!」
「いいから早く逃げてください!」
「絶対に嫌です。私もここに残ります」
「無理ですって!」
「敵は増える一方なんです!殲滅は無理です!」
「それでも残ります」
なにこのこ、反抗期!?ヴィクトールは再び術印を組み、攻撃を開始しようとしている。おいおいまじか。本気か。
「ヴィクトール、このままでは全滅です」
「私だけ逃げろって言うんですか?お断りです」
再び、火炎が放たれる。恐ろしく確実な射殺を継続しながら、ジョンが一瞬だけヴィクトールに視線を向けた。
「僕たち2人なら、どうにでもなります。風魔術で上に逃げますよ」
「あの通路が隠し立て出来そうにない以上、貴方たちはそうしません」
おお、これもバレている。やばいな何でもお見通しじゃないか。ごまかせそうにないな。私と同じことを思ったのか、ジョンはごまかすのを諦めて困った声で続ける。
「……アレクセイ皇太子、あなたが助かれば僕たちは満足なんですけど」
「私は不満です。その呼び方もやめてください関係ないです。もう王権はどうでも良いと言ったはずです」
「それはご両親のためです」
「両親のために捨てられるものが、貴方がたのために捨てられないとでも?…エ・ラプシオン!」
連発するのは辛いはずの最上火炎魔法が3度にわたって放たれたことで、相手にも動揺が走る。でも同時に、こちらに本物のアレクセイ皇太子がいるであろうこともバレている。敵の攻撃の手は絶対に緩まない。ますます厳しくなっている。
やばい。本格的に全滅が目前だ。一瞬でも気を抜いたら、その瞬間に蜂の巣だ。
絶望だなこれ。心からそう思っているのに、私はにやにや笑っていた。まったく、困ったヴィクトールだ。
「あーあー、まったく」
「死にますねこれ」
「し、死にません」
「私たちの方がこういうのは…分かりますよ、たぶん」
「銃弾も無限じゃありませんからね」
「……」
「私は良いんですよ」
「僕もです」
「わ、私だって…良いです、大満足です」
ヴィクトールの言葉に、私は肩をすくめた。ジョンが小さく笑う声がして、一瞬だけ銃撃の音が遠ざかる。すぐに、頬を銃弾がかすめる軽い痛みに我に返って即座に反撃する。やっべー目じゃなくてよかったあああ。全員蜂の巣のとっかかりになるとこだったあああ。とにかく、そろそろ本格的に、間に合ってない。
でもまあいいか。そう感想を抱いた瞬間、上空から轟音と、それより大きい音声が遠慮なく振ってきた。




