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The Chamber Actors  作者: snow
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 ルーゼン国王城の、北東の城壁の上。足元に気絶させて縛り上げた見張り兵を転がして、私とジョンとヴィクトールは、敷地内に植えられた木々の向こうに見える塔を目視した。あれが、ルーゼン前王と前王妃が捉えられているという、貴人幽閉用の塔。


「ここから、届きますか?」


 ジョンの言葉はヴィクトールに向けてのものだ。

 昨日の昼にジョンが1人で偵察に来てから、救出決行当日である今日の夜中に至るまで、私とジョンはかわるがわるこの辺りの様子を見に訪れていた。特に目新しい情報は得られなかったが、城壁から塔まで一足飛びで行けることは目測出来ている。それが出来ていないのは、迂闊に外出できなかったヴィクトールだけだ。


 ヴィクトールが頷いたので、じゃあいきます、と短く告げてジョンが行動に移った。


 強化魔術で脚力を強化して、跳躍。風魔術でそれを後押しして、城の最上階の窓枠に取りつく。そして、作戦を決定してから新たに補充した大量のナイフを、だいたい円形に窓ガラスに突き刺していく。


 塔には、遠目からでもわかってしまうくらいに強力な防衛魔術がかかっている。しかし防衛魔術は、銃撃や爆破や魔術攻撃といった衝撃には強いが、切れ味のよい刃物による貫通にはさほど強くないのだ。強化魔術をしっかり使えば、貫通させることは可能である。まあ私には出来るかわかんないけど。いや刺すだけで良いならできるのかな…


 周囲に警戒しつつ、ジョンが作業を終えるのを待つ。罠なのかどうなのかまだ分からないが、今のところ、隠れていた数千の兵士が現れる!ピンチ!なんてことにはなっていない。塔にはあっさり侵入させてくれるようだ。



 作業が終わったのか、ジョンがこちらに手を挙げて合図をした。それにこたえてから、隣のヴィクトールを見る。


「では、私はジョンの直後に行きます。安全が確保されたら、また合図します」

「…はい」


 窓枠に手をかけて、勢いをつけ、ジョンが窓ガラスを内側に蹴り飛ばした。ここまでは聞こえないが、塔の中には余裕で聞こえる程度の音はしてしまうだろう。と言っても、上手くいっていれば何か物が倒れる程度の音ではあるはずだけれど。多人数に気づかれていないことを願いながら、私も塔へ向かい跳び上がる。



 窓に空いた大穴から塔内に入った時には、殲滅はすでに終わっていた。気絶しているらしい警備兵を2人縛り上げながら、ジョンがこちらを向く。

 侵入に使った窓は塔の北側だ。ということは、この部屋は東西南北の4部屋のうちの北部屋。廊下に続くらしい扉は開け放たれているが、その向こうに人の気配はない。室内は簡素ながらもベッドと机があり、ジョンは縛り終わった警備兵を無造作にベッドの下に押し込んだ。


「クリア」

「2人?」

「2人。音でバレて、部屋に入ってきた。他に気配はないし、誰か上がってくる様子もない」

「ふうん、少ないね…怪しい」

「だな。本当にただの警備兵だ。強化魔術ナシ、装備も普通」


 強化魔術をしっかり扱えるほどに魔術素養があり、なおかつきちんと訓練されているソレイユ候補生のような人間は、それなりに希少な存在だ。魔術素養の高い人間の多いセント・エトワールでもそうなのだから、他国では余計にそうだろう。それでも、王と王妃を捕らえている塔の警備としては非常に手薄である。やる気皆無である。

 つまり、十中八九罠だろう。わざと手薄にして、私たちが来る可能性を上げようとしたのだろうが…こちらはどっちにしろ来るつもりだったのだから、結局無駄なことだ。


 私は窓からヴィクトールに合図した。すぐに彼も城壁から跳び上がり、室内に降り立ってくる。それなりに長距離の風魔術制御が必要な距離だったが、なんの問題もなかったようだ。魔術に関しては、やはりヴィクトールのほうが私たちより多分上だ。


 警備兵が落としたらしい鍵束を拾い上げ、ジョンが先頭になって北部屋から出る。事前に得ていた情報通り廊下は1本だけで、その両側に2つずつ東西南北の部屋、そして南西に下へ続く階段がある。北部屋から出てすぐ正面、東部屋の扉の上部にあけられているのぞき窓から室内を伺ったジョンが、小さく声を上げた。


「誰かいます。こちらには気づいていません」


 すぐにヴィクトールが前に進み出て、のぞき窓から中を確認した。


「……恐らく、母です」

「やった!」

「いま開けます」


 鍵を開け、東部屋の中に音をたてないように入る。王妃らしき女性は、ベッドで眠っているようだった。私とジョンは入り口付近に控え、ヴィクトールが一人でベッドに近づき、女性の肩に手を掛ける。母上、と彼が小さな声で呼びかけると、女性はゆっくりと覚醒したようだった。


「……ああ、アレクセイ…」

「ええ」

「………!夢じゃない…?なんてこと、本当に貴方なの!?」

「そうですよ」


 ぼんやりとヴィクトールの本当の名前を呟いた後、王妃はがばりと起き上がって両手で口元を抑えた。ヴィクトールによく似た、繊細な面立ちが喜びと驚愕に一気に染まる。ヴィクトールは王妃を抱きしめて、一瞬だけ瞳を閉じた。すぐに王妃の顔を覗き込んではっきりと告げる。


「仲間と助けに来ましたが、ここからうまく逃げなくてはなりません。ついてきてください」

「ああ……本当に、本当にアレクセイね。よく生きていてくれました。でも貴方…1人で隠れているのが、正解だったのよ」

「それはもちろん、分かっていますよ」

「……なんだか貴方、少し見ない間にまた立派になったのね」


 こともなげに肩をすくめるアレクセイに、王妃は嬉しそうに微笑み、それから視線を落とした。


「ありがとう、来てくれて嬉しいわ。でも私と王のことは、もう…」

「母上がそう言うのも分かっていました。とりあえず、行きましょう」


 ヴィクトールは王妃の言葉を最後まで聞かずに、ばさりと王妃の布団をめくってしまう。おいこら失礼だぞ!と私は思ったが…それ以上に、布団の下から現れたものに息を?んだ。薄手の寝巻を纏った王妃の細い足首に、仰々しい鉄枷がつけられている。


「……!」

「ご覧の通りよ。邪魔になるだろうし、これにきっと何か仕掛けが…」

「ジョン」


 ヴィクトールの言葉に、了解です、と言ってジョンがベッドに歩み寄った。ホルスターから拳銃を抜いて構える。


「絶対に動かないでください。危ないので」

「え……?」


 ぱし!とサプレッサ越しの軽い発砲音がして、王妃の足の鉄枷を銃弾がかすめる。その部分から鉄枷が崩れると同時に、耳が痛くなるほどの警報音が城中に響いた。




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