死線上の演者たち 1
ノキア先生の指示通り、救出作戦は処刑前日の深夜に行うことにした。空いた丸一日で、ジョンが城周辺と、王と王妃が閉じ込められているという塔の偵察を行い、私は物資を調達し、ヴィクトールは獣化の術を完全に解除する。
朝に隠れ家を出てそれぞれ別れ、夕刻に再び隠れ家に集合する。隠れ家の地下へと移動する転移魔術を発動させるヴィクトールは、魔女バーバ・ヤーガを説得できたらしくちゃんと人型で、頭も体もすっぽりと覆ってしまうマントを身に着けていた。まあ、確かに外を堂々と歩けないよね。捕まれば何もかもお終いだ。
しかし、隠れ家の地下に落ち着いて、それでもまだマントを外さないヴィクトールに、私とジョンは怪訝な視線を向ける。
「どうしたんですか、ヴィクトール」
「いえ…もう猫ではないので…」
「?ええ、そうですね」
「貴方がたに嫌われないか不安です」
「えええ…大丈夫ですよ…私たち、美形は滅びろ!なんて全然思ってませんよ」
「思ってますよね」
「……」
おーけい、大丈夫。だいたい予想はついてたし、そのくらいで嫌いになったりはしないよ。普段はいろいろ言ってますけど、私たちはフェリスとリストとクロムとだってお友達になれる度量の深さを備えているのだ。じっとヴィクトールを見つめる私とジョンに、彼は諦めたようにそっとマントを落とした。
「……!」
「な、なんだってー…!」
外されたマントの下から現れた、想像とは全く違う姿に、私とジョンは息をのむ。おいおい、だってお前…これ…これ…
「黒くない!」
「白い!」
「なにこれどういうこと?漂白したの?」
「ぎゃあああ目も金銀じゃない!赤い!」
大騒ぎする私とジョンに、ヴィクトールは申し訳なさそうな、だがどこか納得のいかなそうな顔をする。いや確かに美形だなあとも思うけど、それはもう予想してたしどうでもいいし、そんなことよりお前その色どうしたの?何があったの?
「色は…そのまま変化させたら、怪しまれるかもしれないじゃないですか」
「いやまあ冷静に考えればそうだけど…セオリー的にはさあ…」
「だってこれ…あっどこかで見た色だと思ったら、うさぎじゃん」
「う、うさぎではありません!人です!」
「あーほんとだ、うさぎだわ」
「まじか…うさぎになったのか」
「だからあああ!」
あ、また叫んだ。ここにきてヴィクトールもだいぶ遠慮がなくなったものだ。それはそれで嬉しいので、私はにやにやしながら、すみません冗談ですよ、と謝った。
心にもない謝罪だが、ヴィクトールはむすっとしながらも、分かりました、と答える。うさぎ…じゃなかった、人になっても可愛い王子様である。
よし、許してもらえたので報告に移ろう。私は略式で軽く敬礼してから、ヴィクトールに向き直る。
「物資は調達できました。安価な狩猟用ですが防護服一式と、上級魔術用の触媒と…あ、これはヴィクトールの分のポーチです」
「ええ、ありがとうございます」
「薬があったらよかったんですが…さすがに見つかりませんでした」
「薬?」
「痛みや疲労の回復に使うものですね。セント・エトワールでは任務時に支給されるんですが…非常に高価で門外不出の品だった気もします」
「……」
複雑な顔をするヴィクトールに、こちらも負けじと複雑な顔で問いかける。
「その、ヴィクトールも本当に行きますか?ここでお待ちになるという選択肢もないことは…」
「嫌です」
「ですよねー」
まあそうですよね。散々考えて、両親を助けるためなら王権を捨てる、という結論に至ったのだ。
彼を逃がした王宮魔術師ヴィッテや、無理はするなと再三言っていた魔女バーバ・ヤーガのことを考えるとそうしない方が望ましいのだろうが…仕方ない。幾ら彼が有能な王子でも、魔術師でも、最終的にやりたいことは自分で決めた方が良いだろう。
説得は早々に諦めて(説得する気も別に無かった。確認だ。)、私はジョンに視線を向ける。それに促され、ジョンが手に持っていた紙を机に広げた。
「城の敷地の簡単な見取り図です」
「おおお…本当に簡単…えっと、この四角がたぶん城だよね」
「そう。その北東の丸が塔で、赤い点が見張り」
「ふんふん。少ない」
「まあな。塔の入り口の2人以外は一応、定点じゃなくて巡回してるんだけど…これはもう…明らかだよな逆に」
「罠すぎるな…」
ぶつぶつ呟き合う私とジョンの隣で、ヴィクトールはじっと紙を見つめる。
敷地を表している大きな長方形の中央に、城代わりの正方形、その北東の隅に丸で塔が記してあり、入り口付近に2つの赤点と、塔から東西南北に少し離れた位置に2つ1組の赤点が合計4組記されている。
ちらりとヴィクトールを見てから、ジョンは続ける。
「塔の内部はさすがに見れていません。外から分かる限りでは、恐らく防衛魔術が掛けられていて、塔自体の破壊はそれなりに困難ですが…不可能ではないと思います」
なるほど、もう塔ごと壊しちゃおうぜって作戦を考えているのか。全く隠れる気がないな…。でも確かに、王と王妃の身柄を保護できれば、そのあと塔を破壊して混乱を与えるのは悪くない。まあどのくらい混乱するかわかんないけど。妨害にはなるだろう。
「まあ、お2人がどこにいるか外からは分かりませんし…破壊は最後ですね。最初の進入は塔の上部からが望ましいかなと僕は思います。こういう塔はたいてい、人間用の部屋は上が多いので。ヴィクトールは中の様子に心当たりはありますか?」
「ええ。この塔でしたか…知っています」
ヴィクトールの話によれば、ジョンの予想通り部屋と呼べる部屋が存在するのは最上階のみ、それも4部屋だけのようだった。完全に貴人の幽閉専用の塔らしく、ヴィクトールの父母は全く使用していなかった。なのでヴィクトールも入った経験は無く、図面として見たことがあるだけらしい。でもちゃんと覚えてるなんてすごい。さすが。
塔内はほぼ吹き抜けの螺旋階段で、それが最上階の南西の階段につながる。そこを出た廊下に面して、東西南北に1つずつ小部屋が配置されている。仮に流されている情報が真実であるとすれば、その部屋のどこかに王と王妃が幽閉されていると考えられる。
「…なるほど」
「やりやすいですね、割と」
「もう1つ重要なことが…この塔なら、脱出可能な隠し通路があります」
「えっ」
「えっ」
まじで!?思わずヴィクトールの顔を凝視する私とジョンに、彼ははっきりと頷いた。
「ええ。なので、もう1つの…南西の物見塔を使っているのかと思っていたのですが」
「ああ、そちらには人は居ませんでした。中にも」
「中に入れたんですか?」
「はい。見張りも居ませんでしたので…全部屋確認しましたが」
「なるほど…では、知らないんでしょうか…確かに極秘情報ではありますが」
ヴィクトールはそう言ってから、何かに耐えるように一瞬だけ目を細め、やはり彼は王家の人間ではなかったかもしれませんね、と小さく呟いた。応じても良いものか迷ったが、私は口を開く。
「…その、どうして…その人は、王家の人間として受け入れられたんですか?」
「……DNA鑑定を行え、と主張していたからですね。実際に行われはしませんでしたので、真偽は分かりません…しかし外見だけは非常に、私と父に似ていました」
「……」
「この髪と瞳の色は、それなりに珍しいものですし」
「そうなんですか?」
「ええまあ、人間であれば」
なるほど。うさぎじゃなければね。いやいや違うよそういう問題ではなくて…セント・エトワールは他国に比べ、人間の髪と瞳の色がかなり多彩なのである。だから私たちはさほど珍しいとは感じなかったのだが、確かにルーゼンであれば、ヴィクトールの容姿は珍しいかもしれない。
でも、たったそれだけのことで。私はそう思うし、ヴィクトールも恐らく今となってはそう感じているのだろう。けれどもう、起こってしまったことだ。私はこれ以上何も尋ねる気は無かったし、ヴィクトールも少しだけ首を振って、すぐに見取り図に視線を戻す。
「地下から、王都の外まで抜けることの出来る道があります。それで脱出しましょう」
「了解」
結局、塔への侵入は風魔術を私用して最上階の窓から行い、最上階の王と王妃を救出してから塔の1階まで降り、隠し通路を使用して脱出することに決定した。
うーん、素晴らしい作戦である。隠し通路なんてものがあるなら、一番の問題である退路のことを心配する必要がほとんどない。いやあ、余裕ですね。
にやにやする私とジョンに、ヴィクトールが胡乱げな視線を向ける。
「なんですか…」
「いやあ、さすがヴィクトールだなって」
「ここにきて隠し通路なんて。これ本当に1人でも行けたかもしれませんね」
「……良いです、貴方たちはいつだってそうなんです!もう良いですから!一緒に来てもらいますから!」
「あ、それはもう」
「もちろん、喜んで」




