4
『ジョン、マリー。任務は変更…しばらくヴィクトールの護衛は解除して、その隠れ家で潜伏しとけ』
端末横のスピーカから聞こえるノキア先生の声は、どことなく疲労感を漂わせていた。ヴィクトールと揉めて、結局言い負かされたんだろう、と想像しながら、私はそれに言葉を返す。
「遠慮したいです」
「俺もです」
「!?」
『……』
机の上に座ってすまし顔をしていたヴィクトールが、慌ててこちらを向いた。何を言ってるんですか!と言っているのを無視して、端末に向かって続ける。私とジョンにとってはほぼ分かりきったことだけれど、ヴィクトールは不安かもしれないし、まずは確認しておこう。
「私とジョンが危険な目に遭うというくらいで、学園はルーゼン旧王家への協力を取り下げたりはしませんよね?」
『それは…今更そんなことはしないが』
「それならば、今後もヴィクトールに同行しても、こちらには全く問題ありません」
『俺的には、3人ともそこで待機していてほしいんだが』
「それは無理だと思います」
『罠の可能性が高いんだろ』
「まあ…そうですが」
3日後に処刑するだの、しかも斬首だの、ホームページで公開してみるだの、わざとらしいと言えばわざとらしい。国民のあれだけの反感を買ってまでするようなことではないと私は思うけれど、十中八九、生存の可能性が高いヴィクトールをおびき寄せたいと思って考えられたことだろう。
「でも、仕方ありません」
『後手に回ったな』
「それは反省しています」
『いや、俺も反省してるよ…想像以上に手間取って』
端末の向こうで、ノキア先生はため息を吐いたようだった。疲れているのは、ヴィクトールを説得し切れなかったからだけではないようだ。
ノキア先生が全面的に協力してくれると言い切ったところで、上の事情ってやつもあるだろうしな。それは大変だろうし、今回の処刑騒動にセント・エトワールからの圧力が間に合わなさそうなのは、先生のせいじゃない。仕方のないことだ。
「それは仕方ないです。ただとにかく、私とジョンもヴィクトールと一緒に行こうと思っています」
『俺は…お前たちに死んでほしくないんだがな』
「簡単に殺さないでください。私たちのことは、先生も評価してくれているはずです」
『これまでとは危険の度合いが違う』
「そうですけど…単に程度の問題です」
『依頼人がもう良いと言っているんだ、お前たちがそこまでする必要はない』
ノキア先生の言葉に続いて、ヴィクトールが困惑した声で、その通りです、と言った。ジョンがヴィクトールの方を呆れた顔で見る。
「良いわけないじゃないですか。1人で救出に行くなんて、さすがに自殺行為です」
「だ、誰も行くなんて言っていませんよ」
「いや、バレバレですから…もう、ちょっと黙っててください」
「!!」
ジョンお前、し、失礼だぞ!仮にも一国の皇太子に向かってなんという言い草。でもまあ彼の言っている通りである。ヴィクトールは優秀だけど、頭も良いんだろうけど、今回の件に関しては最終的にちょっだけバカなのだ。
ジョンはヴィクトールから視線をそらし、端末に向き直った。私は黙ってろと言われて落ち込んでいる小さい黒い背中をなでる。かわいそうに。いくら正論でも、言っちゃいけないことってあるよね!
「準備はだいたいできています。万が一のことも考えて、学園関係者であるという痕跡の残りかねない装備品は使用しません」
『はあ…そういう問題じゃねーよ』
「分かってます」
『お前らなんなの?自由すぎだろもう…すぐ死に急ぐしさああ…胃が痛いんですけど』
「大丈夫ですって、なんとかなります」
普段どおりの軽い調子に戻るノキア先生の声に、ジョンも軽く答える。
『もう良いよ、俺は諦めた…諦めたんだ……ただ、準備が出来てるにしても、行くなら明後日の夜まで待ってからにしろ。気が急いているとろくなことはないし、時間がたてば警備は緩む』
「了解です」
『じゃあな、お前らのせいで超忙しいからもう切るわ…慎重に行けよ、死んだら殺す』
「了解です」
それを最後に、あちらから通信が終了された。死んだら殺すと言われても、その時にはもういないのだ。つまり何の問題もない。私はヴィクトールの背中をなでる手を止め、彼に向き直った。
「そういうことなので、明後日の夜にしましょう」
「…あ、あのですね、王宮は前時代的な設備だとは言いましたが…それでもあんな見え見えの罠に3人で対抗できるほど戦力がないわけでもないんですよ!」
「なら1人だと余計に無理じゃないですか…何考えてるんですか…」
「私は両親を見殺しにはできません!私が行くのは当然です」
「いや、でもそれを言うなら、私たちだってヴィクトールを見殺しにはできませんよ」
「…で、ですが…貴方たちは、」
たった2週間一緒に過ごしただけの仲ですし、しかも私の都合で巻き込まれてしまったんですよ?とヴィクトールは念を押すように言う。2週間って短いのだろうか。うーん、言われてみれば短いかもしれない。
「でもヴィクトール。ヴィクトールだって、たった2週間一緒にすごした、そもそも巻き込んで利用してやろうと思ってたはずの私たちの身を案じて、任務を変更させようとまでしたんですよ?」
「そ、それは違います…」
「違いませんって。お互い様ですよ」
「ですが…」
ヴィクトールはおろおろと視線をさまよわせてから、俯いてため息を吐き、顔を上げた。
「すみません…貴方がたをもう解放しようと、本気で思ってはいたのですが…」
「でしょうねえ。分かってますよ」
「いいえ。いま私は…貴方がたがそんな風に、当然のように協力してくれるのを、嬉しいと思ってしまっています…もっと真剣に、止めるべきなんでしょうが」
「別に止めなくていいですよ」
「はああ…」
もう一度深く溜息をついてから、ヴィクトールは顔を上げた。金と銀の瞳は、普段のようにきらきらと輝いている。…これを見られただけでも、彼のために命を賭ける価値はあるだろうな。まったく、上等な猫ってすごい。




