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少しだけ照明をあげた、薄暗い寝室のベッドに腰掛けて、私とジョンはリビングへの廊下につながる扉を並んで眺めた。そこから声は漏れ聞こえては来ない。聴覚を増強すれば聞こえるかもしれないけれど、その必要はないだろう。
ジョンは少し上を向いた。笑ったようだった。
「ほんとヴィクトールは、しょうがないよな」
「そうだね」
たった2週間一緒にすごしただけの、護衛として雇われている立場の自分たちさえ、危険に晒すことができないなんて。分かっていたけど、仕方のない王子様である。
王権を諦めて、ノキア先生にも方針の変更を伝える。それでどうするかなんて決まっている。きっと、王と王妃を助けに行くのだろう。1人で。
何も言わなければ私たちはきっと、何も考えずについていったのに。初めに巻き込んだなら、最後まで利用してしまえばいいのに。ヴィクトールにはそれが出来なかったのだろう。まあ、できないだろうな、あの性格じゃ。
「嘘つけないんだなあ」
「ね…王子様向きではないかな」
「いや、あれはあれで向いてるんじゃねーの」
「そっか」
話しながら立ち上がり、私は部屋の隅に積んである荷物を確認する。銃弾と、上級魔法用の液体触媒。狩りしてたし、そのうち何かに使うかもとは思っていたし、それなりには買い貯めてある。足りなくはないだろう。武器は特に買ってはないけど…私はホルスターから拳銃を抜く。
「この銃って、身元バレる?」
「大丈夫だろ。国産だけど、海外にも流通してるし」
「ふうん、さすが。詳しいね…ジョンのは?」
「まあ、珍しい型だけど…決定的な証拠にはならない」
「ならいっか」
それなら、服を着替えるだけで良いか。ホルスターは出来れば使いたいんだけれど、どこかに学園の名前とか、そういうものって入ってたかな。外してぐるぐると裏表を眺めてみるが、それらしいものは見当たらない。まあ、大丈夫だろう。
「着替えるか」
「そうだね。あ、靴が制服のしかない」
「あー、後で買わないとな…防弾ベストもあれば買いたいな」
「だね」
ジョンの言葉にうなずく。確かに、すぐに揃って身元が割れなさそうな限りで、出来るだけ防御力の高い恰好をするべきだろう。
それから部屋の端と端に分かれて、制服を着ている部分を着替える。黒いズボンに、防寒のための薄手のカーディガン。まあ、この服装でもエルクくらいは余裕で狩れたし、銃を使えばキラーベアも狩れるし、それなりの戦力にはなれる自信がある。予備の銃弾と液体触媒はポーチに入れて準備だけして、ベッドの上に放った。
もう一度ならんでベッドに腰掛けるが、ヴィクトールが戻る気配はない。揉めてるんだろうな…そりゃ揉めるか。突然もういいと言われてもノキア先生も納得いかないだろうし、1人で助けに行こうと思うだなんて正直に話したとしたら、はっきり言って誰が見ても自殺行為である。止めるだろ。3人でもかなり厳しいだろうが…1人よりはマシだ。
「遅いなあ」
「買い物行きたいのにねえ」
「この戦いが終わったら…俺、田舎に戻って猟師になるんだ」
「死亡フラグで遊ばないの」
「冗談にならないかもしれねーしな」
「笑え…なくはないけどね」
にやにやしながら、私は後ろ向きに倒れた。ぽふりと柔かいベッドに沈む。隣でジョンも同じように仰向けになった。ノキア先生はどうしただろうか。ヴィクトールを説得できてるのかなあ、もしかして。難しいと思うけどな。
天井のダウンライト照明をながめながら、私は明るい声を出す。
「まあ、ヴィクトールも私たちに驚いてたし…個々の実力でこっちの正規兵に劣るわけじゃないんだと思う。なんとかなるよ」
「だな。それに…」
ジョンが言いよどんだので、私は首を左に向けた。ジョンはこちらを見ていなくて、天井を眺めたままだ。
「それに?」
「いや…ちょっと前に、死ぬときは一緒かもって話したよな」
「ああー、したね」
「もし駄目でもそうなるよな」
「なにそれネガティブ!じ、自信を持って!」
「いやあ……悪くないと、思って」
「悪くなくはないでしょ…それってつまり全滅じゃん…この場合」
「まあそうなんだけど」
ジョンは目を閉じて微笑んだ。おいおい、何言ってんの…全滅でもいっか、なんてそんな愚かな考えをする子に育てた覚えはないんですけど。まあそもそも育ててないけど。
それなりに絶望的な状況でも、絶望するのは勿体ない。いつでも勝つ気でいかないと、勝てるものも勝てなくなるだろう。確かにサンズの時とは違ってこっちの戦力はかなり少ないけど…ああ、それか。2人でもなんとかなるって、私は思ってるのに!まったくもう。
「ジョン…君はまたナーバスになって…」
「違うって。お前の想像、また的外れなんだろうな」
「こっちの戦力が少なくて不安なんじゃないの?」
「別に不安じゃない。いけると思ってる」
「ええー(本当に思ってるのかこいつ)」
「思ってるって…ただ」
「ただ?」
閉じていた目を開けて、ジョンはこちらに視線を向けた。私の顔をじろじろと眺めながら、いやなんでもないわ、と言う。いやいやなんでもなくねーよ!やる気出せよ!
「ちょ…が、頑張ろうね?分かってる?」
「分ーかってるって」
本当に分かってるのか怪しいものだ。しかし、かつかつ、とヴィクトールが前足で扉をたたく音がしたので、私はジョンをそれ以上問い詰めることをやめざるを得なかった。




