砂漠の国へは直通便で 1
ぴんぽんぱんぽーん
毎回思うけど、この呼び出し音もうちょっとこう、なんとかならないのか。パンをかじりながら、私は視線を少しだけあげてまた戻す。
『生徒の呼び出しです。候補生3年、シュテイン・リスト、ランバート・クロム、オリヴィエ・フェリス、スミス・ジョン、ブラウン・マリーは至急、ノキアのところまで。以上』
ぶつっ
放送は2回繰り返して言えよ…と思いながら私はパンをかじる。隣に座っていたノエルが、ぱっちりとした緑の瞳をさらに見開いて、こちらを覗き込んだ。
「至急だってよ、マリーちゃん」
「だねー。至急でも2回言わなきゃだよね」
「うんまあ、そうだけど…行かなくていいの?」
「え…はっ!」
そういや私の名前入ってたな!最後に!慌てて立ち上がり、牛乳を飲み込んで食器を片づける。危ない、前3人でもう終了だと思っていた。いやそういやジョンの名前も…あったな…なんだろう。こないだのキメラの件なら、もう報告したし、別に非がないのでお咎めも無しと思ったんだけど…第一、クロムとフェリスは関係ないし。
***
「遅いなあ、アンタ」
わお。ノキア先生の部屋を訪れた私への第一声は、リストの冷たい声だった。遅いって言ってもすぐ来たのでそんなに遅かったわけでは…と思うけど、私以外の全員が部屋にそろっているので仕方ない。
「すみません、お待たせして」
「ううん、私も今きたところ」
そう言ってフェリスがにこりと笑う。癒しである。まじでリストもちょっとはこれを見習うっていうかー、彼女が好きならこう人間レベルとして彼女に近づきたいとか思わないのかしらー。思えよ!
クロムは我関せずで外を眺め、ジョンは部屋の端の方に直立していた。相変わらず存在感のない男である。私も遅れなければ確実にこれだった。私はジョンの隣に直立した。ノキア先生は机に向かい、どこかと通信している。
「はい…はい、問題ありません、手配しました。では」
最後にそう言って通信を切り、先生はこちらを向いた。全員が敬礼し、降ろす。
「楽にしてくれ。お前らを呼んだのは、依頼のためだ」
依頼かあ。わざわざ呼び出されるなんて、珍しい。今日は別に戦闘実技の日ではないから、普通に授業入ってるんだけどな。こないだのこと(足遅くて死にかける事件)もあったし、強化魔術の授業はもうちょっとちゃんとやりたかったんだけど…人足りないのか。
「依頼内容は、サンズ国での王族の護衛1か月間だ。詳しくは現地の王族に従え」
「えっ…」
「何か質問は?」
全員が少し面喰らい、互いに視線を交わす。代表して、リストが口を開いた。
「よろしいでしょうか」
「どうぞ」
「候補生に任せる仕事のようには思いませんが」
「予算の問題だな…っつーか、最近、忙しすぎねえ?」
「いや、それは知らないですけど」
「ソレイユは相当に駆り出されてる。国内含め、各方面で不穏な動きが多すぎる。サンズは石油大国で豊かな国だが、今は政情不安のため王族の動かせる資金が少ないらしい。今、そっちに回せるソレイユはいないんだよな。つうか、お前ら5人を出すのだってマジで破格だぞもう…むかつくわー王太子うざいわー交渉上手だわー」
「はあ…」
「ま、候補生だけど、お前らは十分強いよ。暗殺者の1人や2人や…100人くらいは余裕だろ。護衛だから、戦争参加するわけじゃないしな」
「まあそうですね。…僕だけでも良いくらいです」
「…」
「ま、良いですよ。大丈夫ですね」
こいつに質問を任せたのは間違いだった。リストは優秀だが、本当に優秀だが、優秀すぎてたまにマジで頭が悪い。少し困った顔をして、フェリスが口を開いた。
「よろしいでしょうか」
「どうぞ」
「ジョンとマリーは大丈夫でしょうか」
「は?」
「ええと…先日の戦闘実技でも、彼らは実戦をしていません。実戦経験なしでは、逆に危険です」
「まあそうだが…いつかはやんなきゃいけないことだし」
なんと、フェリスは私たちの心配をしてくれているらしい。仰る通り、私とジョンは訓練でない実戦経験はないのだ。実戦訓練施設にはよく行っているけれど、こないだも死にかけたけど、それでもあれは訓練だ。
他の3人は、何らかの護衛や掃討なんかをしたことがある。私とジョンは、もの探しと人探しばっかりだ。邪魔になるかもしれない。あと出来ればまだ死にたくない。
「ですが…ジョンはまだ、射撃訓練トップの成績があります。でもマリーは…」
うん、1位は特に何もないです。
「マリーは魔術訓練2位だろ?」
「そうなんですか?」
「射撃訓練も2位だ。能力的には問題ない」
ジョン以外の3人が、少し驚いた様子でちらりとこちらを見る。何よ何なのよ。こっちみんな1位集団!特にリスト!
「知りませんでした…ですがやはり実戦経験が」
「問題ねえよ。今までも、戦闘に出してなかったのは単に…いや」
「なんですか?」
言いかけてやめたノキア先生の言葉を、フェリスは促した。先生は言いづらそうに視線を逸らし、たまになんか申し訳なさそうな感じでこちらを見ている。嫌な予感がする。ちらりとジョンを見ると、彼も少し生気を失った目をしていた。はあ。
「いや…こうな、見た目が地味で…強そうじゃないからなこいつらは」
「…」
「依頼人に、まだ候補生だけど問題ないですよ!って勧めづらかっただけだから。けど戦闘は無くても、2人わざわざ組ませて、難度の高い依頼は頼んでたんだ。問題ねえよ実力は。…よしじゃあ行ってこい!生活品はあっちが用意するらしいから、その他の希少物資だけ準備して1000に正門集合!」
「ああ…ええと…そうですか」
フェリスは混乱しているようだ!だよね、顔かよ!って私も思ったもん。まあいいや…よしじゃあ行くか…って
「え、もう行くんですか?」
「ああ」
「ええー。公欠ですか?」
「当たり前だろ。任務中はすべて公休だ」
「はあ、でも強化魔術講義、受けたかった…」
急すぎる命令に文句を呟きながらも、みんなとともに敬礼をして、私は部屋を辞した。