嘘のつけない王子様 1
昼は狩りをしたり酒場に行ったりカフェに行ったりして、夜は酒場に入りびたる。そんな無駄に平穏な生活をして、早くも2週間が過ぎようとしていた。
ヴィクトールはノキア先生とたまに通信をしているが、これといって進展はないらしい。本当にてこずってるみたいだ。まあ、難しそうな問題だしな…自分だったら絶対関わりたくないな…あっでも関わってんの私たちのせいか。ごめん先生。
2週間がそのうち1か月になり、半年になり、1年になるかもしれない。こんなことを言うとヴィクトールがまた落ち込むのでジョンにこっそり告げてみると、俺は別に良いけど、と平然としていた。えー…いやまあ、確かに別に良いんですけど。授業受けられないこと以外は。今ならナイフ戦闘の授業、もっとずっと真剣に受けるのに…銃弾を使っても採算が取れるので、もう全然ブーツナイフは触っていない。
「まあ、狩り生活も板についてきたしね」
「もうこのままルーゼンで猟師になるか」
「ありだと思います」
「だよな」
言い合いながら、酒場の片隅でカフェオレを傾ける。最初は怪訝そうに見られたここでも、ずいぶん何とも思われなくなってきた。もともと、基本的に、何とも思われにくいたちなのだ。初日に話した店員さんにだけは、こっちで猟師やることにしました、と一応言い訳している。嘘じゃないし。ていうかこのままじゃもうそれが唯一の真実になるかもしんないし。ソレイユ?何それおいしいの?
それでも最近来たよそ者ではあるのだが、噂話にも上らない。おっきい黒猫がいるよね、という話は酒場でも耳にしたが、最近エルク狩ってる良い狩人が居るよね、という噂は聞かないのである。いや、まあ、良いんですけど…噂になったら困るんですけど…複雑!自分の才能が怖いねー。ハハッ。
ああ、今日も特に何もないかなあ、…と思っていたところに、酒場に慌てた様子で男が飛び込んできた。
「おいおい、聞いたか!?」
「いや、聞いてねえな」
「まだ話してないからな」
反応が無駄に正論である。だが男は、野次はやめてくれ!と憤慨した。本当に慌てているらしい。
「前国王と前王妃が、3日後、処刑されるらしいぞ!」
***
「……」
「ヴィクトール…あの、だから、行きましょうって。今夜にでも」
無言で首を左右に振られる。あのあと、酒場で男の話す噂を聞いてから隠れ家に戻ったヴィクトールは、一言も喋らなかった。ただ、助けに行こうと言う私とジョンの提案に首を振り続ける。
酒場に駆け込んで来た男が言うには、クーデター当日に殺害されたと思われていた王と王妃は実はまだ存命で、3日後の正午に、首都キエフの中央広場で斬首されるらしかった。それまでは城の離れの塔に幽閉されているらしい。
なんでそんなこと知ってるんだよ、という周りのツッコミに、ホームページに書いてあるんだよ!と至極真剣な調子で返答をしていた。ま、まじで?ホームページに斬首予告とか斬新すぎてもう…もう……!でも実際、周りで携帯端末を使って確認した数名も、彼の言葉は本当だと言っていた。
酒場は新王家への不満で包まれた。王家の血筋とはいえ無理やり手に入れた王権に、増税に徴兵、そして今回の残酷な仕打ち。国民の反感を買って当然だ。ヴィクトールの異母兄とやらは、よほどの馬鹿なのだろうか…うん、馬鹿なんだな…
「ヴィクトール、今夜とは言いませんけど、早めに行きましょう。執行当日という手もありますが、それはリスクが大きいので…」
「…駄目です」
隠れ家に戻ってから初めて、ヴィクトールが声を発した。冷たくて硬い声は、ルーゼンに来た最初のころに少しだけ似ているけれど、それよりも更に温度が無かった。今まで一度も聞いたことがないものだ。
「駄目って…でも、そういうわけにはいきませんよ」
「どうしてですか?」
「どうしてって…」
このままでは、国王と王妃が殺されてしまう。どうしてもこうしてもないだろう、と思う私に、ヴィクトールは沈んだ視線を向けた。いつもきらきらとしている金銀の瞳が、光を失っているように見える。
「私はずっと、考えていたんです。貴方たちを巻き込んでまで王権を取り戻そうとしてきたことが、本当に正しいかどうか」
「それはお気になさらず」
「いいえ、駄目です。考えた結果、正しくないという結論に至りました」
「そんなことはありません」
「……前も言いましたけど、本当に人が良すぎますね」
呆れたようにヴィクトールはため息をつく。
だが、確かにヴィクトール(可愛い)にはずいぶん肩入れしてるけど、これは先生から言われたれっきとした任務だし…そう気を遣われることではないはずだ。この点に関して、ヴィクトールは全然、王子をやれていない。もう一度口を開こうとした私を遮るように、ヴィクトールはぴしりと尻尾を振った。
「良いですか。分かっていないようなので言いますが…貴方たちをこの件に巻き込んだのは、わざとです。偶然ではないですよ」
「え、そうなんですか?」
そうだったんだ。じゃあ、うっかり列車に乗ってしまったのは運が悪かったというだけではないのか。狙った方向に飛ばすなんてすごい。私は感心して、ジョンも感心したように頷いた。ヴィクトールは苛々と尻尾を振る。
「なんですかその反応は!」
「え、だって…」
「すごいなって…」
「ああもう!」
腹立つわー!とでも言いたそうに前足でバンバンと机をたたくヴィクトールを、私とジョンは微笑ましい表情で見守った。あーほんと可愛いなー。
「なんですかその顔は!」
「えっ…あはは、いえ、なんでもないです」
「和むなああああ!」
おお、ヴィクトールが叫ぶなんて珍しい。基本的には王族らしく、上品で、穏やかで、それに加えてちょっと自信不足で引っ込み思案なこなのに。よほど気に障ったのか、と私は表情をひきしめた。おいジョン、きみももっとマジっぽい表情をしたまえ。
息を整えてから、いいですか?とヴィクトールは言う。おっけーいつでもいいよ。
「貴方たちを今回の件に巻き込んだのは、私が、仕組んだことなんですよ」
「それはさっき聞きま…」
「シッ!こらジョン!」
「……」
ほら、ヴィクトールの目がつり上がってるじゃないか。余計なことを言うのはやめなさい。
ジョンは、大変失礼しました、と言って真面目な顔をした。ヴィクトールは呆れたように溜息をついてから頷く。許してくれるらしい。まあ、それほど長い付き合いじゃないけれど、彼が滅多なことでは怒らないタイプだというのは察しがついている。
「考えていたんですが…もう、諦めることにしました。貴方たちには、全て話しましょう]




