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結果的に、グリンドを助けたことはこちらにとっても非常にラッキーだった。彼は、キラーベアの死体を相当な高値で買い取ってくれたし、なんと6体のエルクの死体も高額で買い取ってくれたのだ。食べる気満々だったんだけど、業者を探してそのまま売るっていう手があったよね。盲点だった!ていうか頭悪かったな!
捌くのもできなくはないけれど手間がかかるし、いくら高級品とはいえ毎日エルク肉だとたぶん飽きるし、売った方がずっといい。毛皮も含めて値段をつけてくれるので相当なお金になって、これで銃弾だって買える。
超ラッキーである。まさに順風満帆である。王子様ってすごい。まじで運いいのね。
なのにジョンは機嫌が悪かった。
それも滅茶苦茶悪かった。
いや、そんな気は…森から帰るときにすでにそんな気はしていたんだけど。でも、グリンドさんに用意してもらった服に着替えて、稼いだお金で換えの洋服も予備の銃弾も準備して、隠れ家に帰ってきてもまだ機嫌が悪かった。
そうか、まだちょっと血なまぐさいからか!と思って入浴を勧めて、私も入って、あがってきて。それでもまだ機嫌が悪かった。えええ。これ以上どうしろと?
基本的に、ジョンはあんまり機嫌が悪いということはない。常に普通。テンションまでモブっぽいのである。これまで結構長い付き合いだと思うけど、こんなことは初めてだ。私は正直戸惑っていた。怖い。
「す、スミスさーん」
「なに」
「なんか怒ってる?」
「怒ってはない」
「あらそう」
嘘つけ!怒ってるやつに限って、怒ってないよー、なんて言うのである。そうされるとこちらだって、打つ手がなくなって困るというのに。
仕方なく、私はソファの右端に座って不機嫌そうに頬杖をついているジョンの左隣に腰掛けた。ヴィクトールも、私のさらに左隣に飛び乗って、ジョンの様子をうかがう。だよねー、ヴィクトールから見ても明らかに変だよねー。
「怒ってないなら、どうしたの?」
「…どうしたって…どうしたんだろうな、分かんないわ」
「はあ…」
となると、ホームシックの一環か、やっぱり。私はそんなに頼りにならないだろうか。いやまあ、ならないけど。今日も、勝手に跳び出して面倒をかけたと言えばそうなのだ。人を助けるためだったとはいえ、結果的にメリットがあったとはいえ、パートナーとしては動きにくいと感じたのかもしれない。
「今日はごめん。勝手な行動をして」
「いや、人が襲われてたんだからそれはまあ当然だろ…エルクも買ってもらったし」
「う、うん」
仰るとおりである。私もそう思ってた。それなら、なんで怒ってるんだ。戦い方がまずかった?確かに、ナイフ戦は苦手だし、どこを狙えばいいのかもよくわからなかったから割とあてずっぽうだったし…見て苛々したのかもしれない。そっちだって得意じゃないくせに!とも思うけど、まあそれでも私よりはずっと上手だからな。うん。
「ナイフ戦ももう少し、頑張るわ」
「え、いや…銃弾も補給できたし、ナイフはやめよう」
「ええー、エルク相手ならいけると思うけどな」
「あーそっか…まあそうだな」
疲れたように息を吐いて、ジョンは目頭を押さえて上を向いた。だよなあ、そういう問題でもないんだよ…とぶつぶつ呟いている。おいおい本当に大丈夫か。そういう問題も何も、いったいどこに問題があるのか分からないんだけど。
「何が問題なの?」
「何がって…何だろう」
そう言ったきり黙ってしまったので、私はヴィクトールに視線を向けた。どう思う?と首をかしげて見せるが、ヴィクトールもぷるぷる首を振る。だよねえ、何が何だか、分かんないよねえ。
よし…もうあれだ、最終手段だ。放っとくか!と思った瞬間、ジョンがぽつりと言った。
「怖かったよ」
「え?」
「マリーがあんな怪我してるとこ、俺、初めて見たんだな」
「ああ…そっか、そうだね」
訓練中は多少はしていたけど、今日みたいにひどいものではなかった。自分で言うのもなんだけど、今日は結構ざっくり切れていたし、どっさり出血していた。1対1であのあと勝ててたかというと、微妙なところだ。
いや、銃さえあれば、負けなかっただろうしそもそも怪我しないと思うけど…どうもナイフだとうまく魔術と連携できないんだよね、練習不足だ…あっそういえば制服のシャツ駄目になっちゃったんだよな…辛い…あ、いや、そんなこと考えてる場合じゃなかった。
「うん、キラーベア相手にナイフ1本は、ちょっと無謀だった」
「まあな」
「でも…君が来てるのはわかってたし、別にさほど危機感はなかったけど」
「俺?」
「うん」
意外そうな顔をするので、こっちが意外だった。えっ、君ついてきて、ましたよね?もしかして見失ってた?
「ついてきてたよね?見失ってたの?」
「いや、見失ってはなかったけど…お前今日ちょっと速かったな」
「そうだね。今日は強化魔術が丁寧だったから」
「ああ、そっか…そっか」
ジョンはこくこく頷いている。やっぱりなんかぼんやりしてるなこいつ。
地元を離れてナーバスになっちゃう気持ちも分かんなくはないけど、ずっとそのままでいられては困る。ジョンが不機嫌だと怖いし、それに、パートナーに信頼されないのはこっちも寂しいものだ。あっなんかちょっと腹立ってきたな。
「あのさああ…私はさあ、ジョンのことを信頼してるよ。もう3年、一番たくさん一緒にツーマンセル組んでるわけだし。学園ではあんまり私たちって、ぶっちゃけ目立たないけど…2人そろっての実力は、他のどのツーマンセルにも負けない……と思うよ」
はっ。一瞬リストとフェリス、とかクロムとフェリス、とかが浮かんで、語尾に思うよがついてしまった。負けないよ!とは言い切れないところが悲しい性である。いや、大丈夫、雑務能力とかも含めればきっと一番だよ、うん!よしそういうことにしておこう。
「だから、ルーゼンに来てナーバスになるのは分かるけど、」
「お前、そんなこと思ってたの?」
「は?」
「いや…なんか…えっ、そっか…そうかあ」
「いやちょっと、いま私がイイ話してたんですけど…最後まで」
「そっかー!」
「絶対わざとだろこれ」
なにニヤニヤしてんだ。腹が立つけれど、多少は機嫌が直ったみたいでよかった。でもなんかこう…結局言いたかったこと言えてないんですけど…最終的にはお前ももうちょっとこっちを信頼しろよ、って言いたかったんですけど…まあいいか。
私は諦めて口を閉じる。ジョンは嬉しそうにしていたが、すぐに真顔に戻ってしまった。小さくため息をついてから、こちらに視線を向ける。
「別に、ナーバスになってるわけじゃないから。俺だってマリーの実力は信頼してる」
「…本当に?」
「本当だって」
ふうん…それならいいんですけど。
「おっけー。じゃあ機嫌直して前向きに!あと牛乳は1日200ml!」
「いや、それは…あれはさあ」
「なに?」
「あれは…うーん、マリーは確かに強いけど、俺よりは、身体的に脆いだろ」
「それはまあ」
「それが分かって、なんか辛くて。今日もそう」
「はあ?」
辛いと言われましても。もっと体を鍛えろと言いたいのだろうか。でも、どれだけ体を鍛えたところで、私がジョンより身体的に頑強になることは…いや、ありえるの?でもそれって相当だと思う。そこまでしないと駄目?今だって、近接戦闘はあれですけど、まあバランスよく頑張ってると思うんだけど…あ、こんな感じで向上心が足りないのが不満とか?
「いや、そうじゃない。お前の想像は多分全然的外れだ」
「お、おお…そっか、じゃあ何?」
「何だろうなあ…何ていうか、マリーって、俺よりも先に死ぬかもしんないだなって思って」
「う、うん…そうかもね(人を勝手に殺さないでくれないかな…)」
「なんだよその顔…お前も想像してみろよ?なんかあって俺だけやられて、お前1人残るかもって思うと辛くない?」
ええ…?いやまあ、辛いだろうけど。急にそんなこと言われても。あんまり実感わかない。なんか、そんなことありえそうもないからな。自分でも言ってるようにジョンの方が体は丈夫だし、基本的に冷静で無理はしない。
と、一応真面目にそこまで考えて分かった。なるほど確かに、どちらかといえば私の方が、先にやられそうなキャラクタなのだ。そう言えばついこないだも実戦訓練施設で死にかけたしな。わあお。それに、ジョンが大けがしているのなんて今まで見たことないけど、もし見たら私もこのくらい取り乱すのかもしれない。
「なるほど」
「分かった?」
「まあなんとなく」
なんとなくしか分からないけれど。
私やジョンは、きっと、自分を失うことに対してそんなに恐怖感はもってない。パートナーを失うことの方がずっとずっと怖いのだ。それはまあ、そうだろう。ならなるべく死なないようにしよう、と私は思った。いやまあ、そもそもなるべく死なないようにはしてますけどね!でも状況によっては難しいよなあ。うーん…。
あ、そうだ。
「なるべく今後も、一緒に任務が出来るようにしよう」
「え?」
「そしたら生き残れる可能性が高いし、もし駄目だったとしても、死ぬときは一緒だよ」
それなら良いよね、と私は言った。ジョンは一瞬目を丸くして、少しだけ考えるような仕草をして、それから頷いた。
「それなら良いかもな」
「うん。だから、とりあえず今は余計な心配はいらない。一緒なんだから」
「ああ…まあ、そっか」
「そう。機嫌は直った?」
「…直った」
それは良かった。よし、じゃあ酒場に情報収集に行きますか!とヴィクトールを見ると、ヴィクトールはなんとも言えない顔をしていた。なんだろう。首をかしげると、しみじみとした声で、貴方たちは変わってますね、と言われる。
うーん、まあ、そうかもしれない。




