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The Chamber Actors  作者: snow
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3




 酒場をあとにして目立たない路地裏に移動し、私はヴィクトールの前にしゃがみこんだ。現状についてそれなりに情報は得られたし…これ以上何か知りたいなら、王宮に潜入したほうが手っ取り早いだろう。


「ヴィクトール、他の酒場にも行ってみます?」

「そうですね…」

「よければ、とりあえず昼のうちに何か狩って、食料を確保しておきたいんですが…」

「なるほど、確かに」

「はい。城にもぐりこむなら夜の方が良いですよね」

「えっ?」

「えっ?」


 潜入は気が早い、とヴィクトールにたしなめられて、夜も酒場に行くことになった。ヴィクトールがそれで良いなら構わないけれど、とジョンと顔を見合わせる。情報収集は早い方が良いのではないだろうか。


「ヴィクトール、潜入する場合もあなたは家にいてくれて良いんですよ」

「ええ。2人で行ってきますから」

「駄目です、危険です」

「それはそうなんですけど…」

「うーん…でも確かに、護衛の代わりも今のところいませんしね」


 ジョンの言葉に私も考えを改める。そっか、私とジョンが捕まるか殺されるかしてしまったら、ヴィクトールがだいぶ動きにくくなる。それは困るだろう。納得して、街の外れへと足を進める。


 最近では、拓かれた街中にまでモンスターが侵攻してくることはほぼないと言っていい。特にここは首都だから、たいていの建物には塀や魔術による防衛がしっかりされているだろう。

 しかしそれでも、一歩街を出てしまえばモンスターはそこらじゅうでお目にかかることが出来る。動物とはけた違いの繁殖力は、魔力を持っているからだというのが定説だが…本当のところはわからない。


 キエフを出て、北東に見える森の方へと向かう。街の周りの草原にもいないわけではないが、モンスターが最も多く生息するのはやっぱり森だ。情報収集が酒場なのと同じくらいの定番である。だからなのかどうなのか、ヴィクトールは何の文句もなさそうだった。


「食べられるのはいるかなあ…ヴィクトール、知ってますか?」

「うーん…あまり、街の外に出たことはなくて」

「そうですか…あ、でも、さっきの酒場には、もしかして行ったことありました?」

「ええ。街中でしたら、だいたいどこも見に行ったことがありますよ」

「へえ…でも、目立ちそうですね」

「もちろん、姿は隠してです」

「お忍びってやつですか」

「そうなりますね」

「なるほど…」


 優秀な為政者は、街の様子を気にするものだ。さすがうちのこ…いや違った、雇い主である。ジョンがヴィクトールに、それは偉いですね、とうっかり上から目線な発言をしたが、ヴィクトールはそんなことないですと謙遜しただけだった。もっと叱ってやって良いのに。



 キエフ北東の森に入り、モンスターを探す。時計なしの探索では強化魔術が必須だ。特に、見通しの悪い場所なら聴覚。木の枝や葉を踏み鳴らしてしまう足音を聞くことが出来たら、モンスター…かは分からないけど、何かが居る方向を把握するのは可能である。


 ジョンは視覚以外の強化魔術が苦手なので、私が主に索敵を担当することにした。念入りに術を施してから、耳を澄ませる。


「近い4つ足は3時の方角、かなあ…とりあえず行こう、ついてきて」

「了解」


 強化魔術の精度と肉体的な素養の足し引きで、普段から私とジョンはほぼ同程度の速度で移動することが出来る。これも、彼とのチームが組みやすい一因かもしれない。今は、強化魔術を丁寧にかけたために私の方が少し速いだろうか。

 ヴィクトールはジョンが抱えて移動しようかと提案したが、自力で大丈夫だと断られた。確かに、私を吹き飛ばせるほどの力を持っているのだ、森の中の移動程度は余裕だろう。それに、術印を組めないために精度はかなり劣るが強化魔術を多少使用できるようだった。術印なしで実用レベルのものが発動できるなんて信じられない。私は絶対無理。


 移動して数分、すぐに標的を見つけた。鹿型モンスターの中で最も多くの生息数を誇る、エルク、と呼ばれるモンスターだ。モンスターの中では割合攻撃的ではなく、数人でかかれば魔術素養のない人間でも狩れないことはない相手である。なので肉や毛皮もまあまあ流通している。こいつが近くにいて良かった。


「じゃあ、いくね」

「了解」


 先に私が跳び出して、エルクに刃物を向ける。驚いてこちらに突きかかろうと方向転換をしたところに、ジョンが背後から首を一突きして、血を浴びないように即座に離脱。ふらりと足元をもつれさせたから、エルクは倒れ、動かなくなった。おお、これは良い。楽だし、汚れない。


「よおし、この作戦で!」

「おっけ。じゃあ次だな」


 木の根元に動かなくなったエルクの体を置いて…ええと、目印は…自然魔術だ。めったに使わない自然魔術をの術印を組んで、木に目印を付ける。これで、自分の魔力を感じてここに戻ってこれる。隣でジョンが嘆息した。


「よく覚えてるなあ」

「こう見えても2位ですから!」

「…ドンマイ」

「あれっ別に慰めるとこじゃないよ!?」


 むしろもっと褒めてもいいポイントだったんじゃ…いや気持ちは…分かるけども。今は仕事だ、と耳を澄ませる。うん、次は北だ。ヴィクトールを振り向いて告げる。


「次は北かな。行きましょう」

「はあ…あの、貴方がたは…正規ソレイユでは、ないんでしたよね」

「?ああ、はい」

「朝もですが、驚きました。本当に強いんですね」

「ああ…ええと、見かけによらず強いとは…よく、言われますね…ハハッ」


 何故か傷をえぐりかえしてくるヴィクトールに乾いた笑顔を返してから、私は北へと足を進めた。おいジョン笑うな。ヴィクトールの発言にはたぶん君のことも含まれてるんだぞ!




***




 順調にエルクを狩って、死体を初めに置いておいた木の根元に集める。6体目を放ったところで、耳慣れない音に私は顔を上げた。


「どうした?」

「人の声が」


 間違いない、人間の声だ。しかも悲鳴。私は慌てて、声の聞こえた方向に駆け出した。おい!と言いながらもジョンとヴィクトールもついてくる気配がした。最短距離をいくために茂みをつっきり、体に葉が付着するが、気にしている余裕はない。



 焦ったおかげか、どうにか間に合った。猟銃を落として腹部を抑える人影に今にもとどめを刺そうとしている灰色の大熊型モンスター、キラーベアに、正面から斬りかかる。浅い。大したダメージを与えられてない。

 防御魔術では防ぎきれない鋭利で強力な爪が肩をかすめたが、気にせずに体をひねって今度は瞳にナイフを突き刺した。即座に抜いて、逆の瞳に。今度は相手が滅茶苦茶に振り回した爪が腹部をえぐった。あっこれはさすがにちょっと痛い。うえ。吐き気を覚えながらもさっきつけた正面の傷をもう一度深くするが、まだ心臓に届かない。ああもう、丈夫だなこいつ!


「マリー!!」


 後ろから追いついたジョンの叫び声がして、私はナイフを手放して体を沈めた。突進してきたジョンが、キラーベアの腹部にナイフを突き立てる。派手な出血があり、相手の動きが鈍る。そのまま突き立てたナイフをおしやると、キラーベアはどうっと後ろに倒れた。腹部から鮮血が噴水のようにほとばしる。おお、ナイス。


「ありがとー…」

「急に走り出すからなにごとかと…わあああ!ぎゃああお前、腹!何やってんだよ!!」

「う、うるさい」


 腹に響くわ。そう思いながら術印を組み、回復魔術を発動させる。すぐに傷はふさがったが、服はざっくりと切れている。くっ、買ったばかりだったのに…!それに私もジョンも血まみれである。まあこの点に関しては、黒を購入した自分に先見の明があったな。

 そう思いながら立ち上がって、倒れている人影に近づき、術印を組む。回復魔術をかけると、傷自体はすぐにふさがった。でも失った血が戻ってくるわけじゃないから、どこかで休まないと。


「ありがとう…あなた方は」

「えっ、あ…えっと、あれです、通りすがりの猟師です」

「猟師…?」


 助けた相手であるはずの壮年の男性は、明らかに怪訝そうな顔をした。あ、怪しまれている!?そうか、見たところこの人も猟師のようだし、こんなやつ見たことない、とでも思われているのかもしれない。血が足りない頭をフル回転させて、私はどうにか言い訳する。


「はい。普段はもっとずっと西の田舎にいるんですけど…王都の方で商売できないかと思って最近越してきて」

「はあ…西の方ですか。ありがとうございます、助かりました」


 納得したのか、出血後の頭でそれ以上考えるのが面倒になったのか、彼はそれ以上何も言わなかった。キエフでモンスター皮、主にエルク皮を扱って商売をしているグリンド、と名乗られる。


「ああ…エルク狩をしてたんですか?」

「ええ、そうなんですが…突然、やつに襲われましてね。貴女たちが来なかったらやられていた。ありがとうございます」

「いいえ。そうだ、良ければ彼がお送りしますよ。血まみれですけど!」


 そう言ってジョンを指差す。ジョンは少しだけ視線を上げたが、難しい顔をして何も言わない。ん、嫌なの?


「ジョン?」

「いや…とりあえず、帰るか。その人も送るよ」


 発言は普段通りだけれど、やっぱり表情は冴えない。思いのほか血を浴びちゃったし、嫌だったのだろうか。でも食用にもなるキラーベアの体液ならさほど問題はないから、そんなに怒らなくてもいいのに。リストみたく、汚れるの嫌い!ってキャラじゃないと思ってたんだけどなあ。困った。

 不安になりながらも、グリンドを担いでくれたジョンのあとに着いて、私は森を後にした。




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