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「それでは、おやすみなさい!」
「おやすみなさい!」
ソファに座ってそう言った私とジョンを、ヴィクトールは困惑した顔で見上げた。あら可愛い。でも一体どうしたんだろう、と首をかしげると、あちらも首をかしげる。
「あの、お2人はどこで眠るんでしょう…?」
「あ、ここをお借りしようかと思ったんですが」
「駄目でしょうか?」
「ソ、ソファで眠れるんですか?」
「大丈夫だと思いますよ」
「ええ。こうやって凭れれば眠れます」
「いえ、あの、寝室はあちらなので、ベッドを使ってください」
ヴィクトールはそう言って、お風呂があった方とは逆側の通路に視線を向ける。そっちが寝室だろうとは思ってはいたけれど…上で見たときはあまり大きい家ではなかったようだし、ヴィクトール個人の隠れ家だと本人も言ってたし、寝室だって1人用だろう。
「でもヴィクトール、ベッドは1つですよね?多分」
「私は小さいですし、ソファで眠ります」
「えええ、でも、家主ですよ」
「でも…」
「それに大事な体ですよ」
私の言葉に、ヴィクトールはぷるぷると首を振った。
「私のことはどうでもいいです」
「良くないですよ!」
「い、良いです」
困った王子様である。私はジョンと顔を見合わせた。
それに、さっきはああ言ったけど、眠れないことはないと思うけど、ていうか眠らないという手もないことはないけど、ソファよりもベッドの方が間違いなく快適で嬉しい。悩ましいところだ。
もう一度ヴィクトールに視線を戻すと、彼はじっとこちらを見つめていた。少し緊張しているかのように、尻尾がきりりと固まっている。うむむ…親切を無碍にするのもよくないだろう。いや、ベッドを使いたいなっていう気持ちも確かにありますけど…それはこう、4割くらいで…ヴィクトールの可愛い申し出を受けないわけにはいかないからさ!ね!
私とジョンは立ち上がって、ヴィクトールに敬礼をした。
「ありがとうございます。使わせていただきますね」
「はい」
ほっと息を吐くヴィクトールに、しゃがんで目線を合わせる。
「ベッドは狭いですか?ヴィクトールも一緒に使えませんか?」
「え、私もですか?」
「ええ…お嫌かもしれませんが…この際!3人川の字と言うのも悪くありませんね!」
「はあ…」
困惑している。でも嫌がってはいないみたいだ。この、「はあ…」っていうのはきっと了承なんだろう。私は勝手に納得して、寝室へと向かった。照明がついていなかったので、手探りで照明を探す。後ろから手が伸びてきて、かちり、と勝手に音がして電気がついた。体長が長いやつは有利である。
「……」
「……」
想像していたよりずっと、寝室は広かった。お風呂場とかリビング(兼執務室だったのだろうか、デスクがあるし)は普通だったのに!なぜ!なぜベッドはこんな立派なものを利用する必要があるのでしょうか。私には全く分かりません。未来の王だからキングサイズじゃないとだめなの?いや、キングサイズよりはさすがにちょっと小さい、のかな…?見たことないからよくわかんないけど。
「あれですね、地下の方が、広いんですね…」
「そうですね」
ジョンが無難な感想を述べた。やるときはやる男、それがスミス・ジョンである。さっすがー。私は感心しながらベッドに歩み寄る。
「着替えを持ってなくて着替えてないんですが…上がっても良いですか?」
「問題ありません」
「ありがとうございます!」
それではもう、ここまで来てしまったなら遠慮なく!私はいそいそとブーツをぬいでベッドに上がった。おおお、高級感あふれる感じである。沈み込み過ぎない適度な弾力のマットレス!ふかふかの布団!
そしてこの美しいすべすべのシーツとカバー。多分あれだ、細かい術石が編みこんであって自浄作用と柔軟化作用を兼ね備えている、魔力補充さえできれば洗濯要らずと言われる超高級シーツだ。あああ、いいなあああ。これすっげえ高いんだよなあああ。
「幸せ…」
「ありがとうございます、ヴィクトール」
「ありがとうございます!」
私とジョンはベッドの上でもう一度ヴィクトールに敬礼した。ヴィクトールはベッドのすぐ下で、いいえ、と言いながらもじもじしている。尻尾がゆらゆら揺れる。可愛い。でもなかなかベッドに上がってこないので、ジョンが端から顔を出して首をかしげた。
「上がらないんですか?」
「え、ああ…上がります」
ジョンの言葉に、ひらりとヴィクトールはベッドに飛び乗る。私が左、ジョンが右、その真ん中にスペースを開ける。やっぱりもじもじしている。なんだなんだ。
「どうしたんですか?」
「いえ…その、他人と一緒に寝るのは初めてで」
「へえ!ああでも、外国って、子供のときもあまり一緒には寝ないそうですね」
「セント・エトワールは違うんですか?」
「家族は割と一緒に寝ると思いますよ」
「へえ…良いですね」
私とジョンの間に収まって、ヴィクトールはくるりと丸まった。可愛い。
「おやすみなさい」
「おやすみなさーい」
「…おやすみなさい」
ぽつりと漏らされた声を聴いてから目を閉じる。瞼の向こう側で、照明が弱くなった。ジョンが調節したのだろう。さすが、細かいことで役に立つスミス・ジョンである。
クーデターで追われた王子様と、地味な護衛学生がたった2人と、そして金欠。今の状況はきっと良くないだろう。けれど、今夜は悪くない夜だ。左隣の暖かい毛玉を感じながら、私はそう思った。




