夜を端に追いやって 1
「おー、綺麗になりましたね!」
「はあ、どうも…ありがとうございます」
お風呂から上がってきたヴィクトールに、私は心からの賛辞を述べた。ビロードのような毛並みはますます艶を増し、淡い照明を受けて光っている。
ヴィクトールの後ろに膝をつき、タオルで丁寧に彼の水分を吸い取っていたジョンが、よし、と言って顔を上げた。
「こんなものですかね…あ、マリー、先いいよ。あと、風呂から上がったら牛乳のめよ」
「あ、買ってきたんだ!やったー、朝飲むよ」
「いやいや、朝だけじゃ足りてねーよ」
「でも夜も飲んだらすぐなくなるよ」
「また買ってくるから」
「お金なくなっちゃうじゃん」
「ううーん…」
ま、また牛乳の話か。こいつどんだけ牛乳好きなんだ…呆れながらも、私は正論を返した。無料の隠れ家があると言っても、贅沢するほどの手持ちはない。牛乳が贅沢に入るかは微妙なところだが、節約するに越したことはないだろう。
私たちを見上げていたヴィクトールが、ぴこぴこと耳を動かしながら口を開く。
「すみません、私も手持ちのお金はないです…」
「ああ、ヴィクトールは気にしないでください!」
「大丈夫!なんとかしますから!」
ま、まるでペットにエサ代を心配されたかのような気分である。不甲斐ない!
私とジョンは焦って安請け合いするが、別に何の当てもない。国交断絶中で国際銀行が(恐らく)使えない以上、この任務のための資金を学園から送金してもらっても受け取れないし、自分たちの貯蓄も降ろせないのだ。せっかくこないだ、キメラがどうので臨時給与もらえたのにな…。
「なんか、手っ取り早くお金が稼げる方法、ないかなあ…」
「その発言だけ聞くと、めちゃくちゃ浅はかだな」
「確かにね」
「でも切実だなこれ…」
「うん……ああ、分からない。よく考えたら超生活力ないね私たち」
「だな。超受け身だよな。サラリーマン体質になりつつある」
「うええー」
「はっ…ひらめいた!」
「なに?サラリーマンのひらめきに期待していいの?」
「脱サラだ!」
「はあ?」
言っている意味が全く分からなかったが、とりあえずジョンは得意げだった。得意げな顔とか全然似合わないな、と思ったがかわいそうなので黙っておく。親しき仲にも礼儀あり、時には思いやりも必要である。
「狩りなら出来るだろ」
「あー、そっか!…野生の動物とか、食べられるモンスター、いるかなあ」
「それが問題だよなあ」
首都付近に野生の動物がそう多く生息しているとは思えない。モンスターは街を離れればいるだろうけど…少なくともセント・エトワールでは、モンスターを食べるのはそう一般的なことではなくて、超高級料理店でしか扱わない。つまり私は食べたことない。リストはあるかもな…
モンスターは基本的に凶暴で飼いならせないから、凶暴でなくて形態の似ている動物を家畜として飼って、その肉を流通させる方が効率的なのだ。庶民にはこっちで十分である。
北方に生息していて食べられそうなのは…キラーベアとか、エルクとか、スノーバイソンとか?ケルピーも馬っぽいし、食べられるのかなあ。ああ、もっとまじめにモンスター生態学の授業を受けておくべきだった…!
「あ、時計で探索すればいっか」
「ルーゼン国内は妨害があるから、使えないんじゃないか?使えたとしても相当、時間かかるよな」
「そっか…そうだった」
ソレイユ候補生の秘密兵器が使えないのは痛いところだ。私はため息をついたが、ジョンは何かを思いついたように小さく声を上げ、こちらを見上げているヴィクトールに視線を向ける。
「ヴィクトール、このPCでネットワークには繋げますか?検索をしたいのですが」
「繋げるとは思いますが…恐らく、今はあまり安全ではありません。新王家がどれだけネットワークの監視をしているかにもよるんですが」
「そうですか…ノキア先生との通信は大丈夫だったんですか?」
「はい、あれは独自電波です。なのでネットワークに繋ぐよりはずっと、危険性はありません。通信時も盗聴の気配はないかスキャンしていますし…そもそも暗号化が強くて、特殊端末でしか受け取れないですし」
「そうなんですか…ん、なんでまたそんなものが?」
「ええと…」
ヴィクトールは少し困ったような顔をした。だがジョンが、余計なことを聞きました、と言って話を進めようとするとぷるぷると一生懸命に首を振る。可愛い。
「いえ、あの…セント・エトワール国立傭兵学園とは、元々かなり強い付き合いがあったんです」
「なるほど」
自慢じゃないけど、確かにうちと付き合うのは各国のトップにとって重要なことだろう。色々と役に立ちますんでね!ノキア先生がすぐになんとかする、と言っているのもその辺のことが関係しているのかも。
やっぱりヴィクトールは有能に王子をやっていたんじゃないか。さすがうちのこ…ああいや、この感想はなんか違うな。なんか違うわ。猫だけど猫じゃないんだった。
ジョンは結局、まあいいか、と言いながら肩をすくめた。
「まだ現金もないわけではありませんし、その辺も情報収集をしながらやっていきます」
「そうですか…すみません」
「大丈夫ですよ!このくらい余裕です。そういうチームなんです僕ら」
な?と言ってジョンがこちらを向いたので、私も自信満々にうなずいた。
「ええ、任せといてください!」




