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「あ」
ほんの少し歩くと、見知った人影を見つけた。シュテイン・リストだ。シュテイン侯爵家のおぼっちゃんで、金持ちなだけでなくうちの学年の総合成績トップを飾る、しかも見目麗しい優等生である。サラサラの金髪とアメジストのような紫の瞳を持っていて、王子様みたーいというご意見も耳にする。が、あんまり私とは馬が合わない。なんか偉そうなんだもん…いや実際偉いんですけど…
リストは危なげなく、周囲を片づけている。それとなく意識を向けながらも迂回しようとしたとき、
「!」
視線の端に、リストに向かう素早い影が映った。実力は大したことがないが異常に素早く、何よりやっかいなのは物理的な攻撃が効かない、シャドウと呼ばれるモンスターだ。考える前に手が印を組み、シ ャドウに向かっていた。
「フゥ・オーコ」
火球に包まれ、影が霧散する。その向こうに、手を構えたリストの姿が見えた。こちらを認めると手を下ろす。ちょっと不機嫌そう。まあそれはそうだろう。
「邪魔しないでくれる?」
「あー、うん、ごめん…つい」
「なに、なんか用なの?」
「いえ偶然通りかかりました」
「へえ、どうだか」
はあ?なんだよこいつううううう!ムカつく野郎である。でも、勝手に訓練の邪魔をしたこちらに非があるので私は言い返さなかった。
「邪魔してごめん」
「アンタ、またジョンと?」
「え?」
「今日の戦闘実技だよ」
これだから愚民は嫌なんだ、とでも言いたそうな顔をして、リストが手を組んだ。いや実際にそう言ってるわけじゃないし、こう、決めつけるのはどうかと思うけどでも
「これだから頭の回転が遅いやつは…」
言ったー!実際言ったー!
「…えっと、ジョンと私は今日も同じ班だったけど」
「お似合いだよね」
「あー(よく言われるけどそういうのでは)」
「モブ顔同士」
「ハハッ」
死ねよこいつ…良いじゃないか私も彼も顔に華がないことで誰にも迷惑なんて掛けてないじゃないか!だから引け目に思う必要もないはずなのに、リストみたいな華やかな顔面の人間に改めて言われると何度だって傷つくのである。顔に出ないかもしんないけど、私たちだってそれなりに繊細なんだよバーカ!
「で、任務内容は?」
「うっ…」
「こんなに早く終わってるんだ、大した内容じゃないだろ」
「ええと…探し物です」
「へえー、超お似合い」
「ハハッ」
もうやだこの人…そう思って話を切り上げようとしたが、リストは喋り続ける。私は喋るリストを無視するほど神経太くないし、無礼でもない。あと、馬は合わないが嫌っているわけではない。
「僕はフェリスとチームで、葉竜洞窟だった」
「!た、楽しそー」
「ふふん」
「(ふふんとかリアルで言うなよなんなのこいつ…)」
「ま、僕たちの実力をもってすればすぐだったけどね」
そうこともなげに言っているが、葉竜洞窟はなかなか強力なモンスターの巣窟だ。奥には葉竜石と呼ばれる緑色の鉱石が産出し、宝石として非常な人気を誇っている。ソレイユはその護衛によく駆り出されるが、候補生にとっては相当に大きい仕事だ。
「葉竜石も少しもらっちゃったよ」
「へえー、すっごいじゃん!」
「ま。僕のうちにはもっと精錬されたものがたくさんあるからさ…全部フェリスにあげた」
「気前いいね」
「当然だろ」
「(お前フェリスにべたぼれだもんな)」
「なんだよ?」
「なんでもなーい。フェリスは?」
「フェリスは…」
リストは少し不愉快そうに顔をしかめる。お、これは。
「クロムに呼ばれて」
「あっそう…(ご愁傷様)」
「なんだよ?」
「なんでもなーい」
「…あんな筋肉バカ、話すだけ無駄なのに…全く、フェリスは人がいいよ」
「クロムいいひとじゃん」
「ハッ」
「いや…まあ君はしょうがないか」
恋敵というやつだ、気に入らなくても仕方ない。
フェリスもクロムも、私とリスト、そしてジョンの同級生である。
フェリスはとても可愛くて、優しくて、魔術訓練成績トップで、声も綺麗で、可愛くて(大事なことだから2度言った)、言うまでもなくもってもてである。どこをどうやったらそうなるんだ!と言いたくなるようなほど可憐な顔立ちをしている。髪は桃色で、いつもふわふわしていて、それでいてツヤツヤ。瞳は薄い紫色で、残念なことにこのリストと同じ色である。でもリストよりフェリスの瞳の方が素敵。違う世界の生き物レベルな彼女だが、まあ同級生なのでぎりぎり、私も、会話できる。ありがたや。
クロムはリストの恋敵で…いや、多分フェリスに気がある男性は他にも掃いて捨てるほどいるんだろうけど、学年トップの総合成績を誇る美しい侯爵令息であるリストと、学年トップの近接戦闘訓練成績を誇るイケメン騎士団長令息であるクロムに対抗できる人間が他に居ないので、実質2人と言うだけだ。クロムは黒髪で、濃い蒼の瞳をしている。色的にはそう派手ではなく性格も寡黙だが、それでも華やかである。顔か、顔なのか。
やっぱあれだな、私とジョンが地味なのは、髪も瞳もこげ茶なのだけが理由ではないよな…モブ顔だからな…ていうか名前からしてもうモブだしな…でも諜報とかには役立つんじゃ
「おい、何をぼんやりしてる」
「あ、いや別に…まあ頑張ってね」
「はあ?」
「フェリスのことだよ」
「なっ…お前には関係ない!」
「ないけどね!」
「なんだその顔、おいバカにしてるのか…」
リストが言葉を止めて周囲を警戒した。私も気づく。
「音がする…この警戒音」
「あいつだ」
言うなり、私とリストは身をひるがえして駆け出した。ここからなら、まだ入口が一番近い。ばきばきと木をなぎ倒す音がして、後ろから捕食者が追ってくる。振り返るまでもない。獣型モンスター中で最強ともいわれる、この訓練施設の主、キメラだ。
「散開する!?」
「いや、最短距離で離脱!」
リストの言葉に、印を結び、脚力を増強する。魔術による脚力や腕力の増強は、効果量や精度の差はあれソレイユ候補生なら全員出来る。普段も絶対に多少はしている。これが出来るセンスがなければ、この学校に入ることは出来ないのだ。さほど体術に自信のない私でも、これでキメラより少し速く走れる…はず。
「急げ!」
「…!」
振り返り、リストが言う。訓練施設入口の扉に彼が飛びつく直前に、そこが開いた。リストは勢いのまま、勝手に開いた扉から訓練施設の外に転がり出る。その向こうに、見慣れた顔がのんきにこちらを見ていた。
「あれ、何してんだ?」
「ジョンーーーーーーーーーーーーーーー!」
「マリーが入ったら即閉めろおおおおおお!」
「キメラ!?お前らバカじゃねーの!」
言いながら、ジョンがホルスターの拳銃を抜く。私の銃よりだいぶ大型なそれは、高威力だが扱いの難しい旧式だ。ジョンの隣で、リストも素早く印を結ぶ。
「フ・ラム!」
ジョンが銃弾を連発し、それに続いてリストが火炎弾を発射した。ひるんで一瞬だけとどまるキメラが復帰するよりほんの少し早く、私が訓練施設の外に転がり出て、扉を即座にジョンが閉めた。がつん!と扉に突進したキメラは、モンスター避けの結界と高圧電流と磁場を受けて、悲鳴を上げながら後退する。
「っぶねー…お前らなんでキメラとか狙ったの」
「狙ってないよ!」
「急に来たんだ!」
「お、おう…そうか」
「びっくりしたあー…ありがとう、2人とも」
「全く…なんだったんだろうね」
言いながら、リストが窓へと近づく。私とジョンもその隣に立った。実戦訓練施設の扉の横は透明になっていて(強化プラスチック製だ)、内部がうかがえる。そこには、体液を流しながらも唸り声をあげ、うろうろするキメラの姿があった。
「…大火傷だったはずだが、治りつつあるな」
「俺、眼球撃ったのに…もう見えてるっぽいな」
「まじで?キメラすごいわ…」
「死ぬところだったなマリー。足遅いっての」
「これは、今日は実戦訓練はもう無理だなー」
「いやいや、行って私たちの仇を取ってきてください」
「いってこいジョン。僕が見ていてやろう」
「…アレよく見たら猫に似てるから無理」