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The Chamber Actors  作者: snow
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2




 ヴィクトールに見せられたファイルに書いてあった住所はそう遠くなく、土地勘に疎い私とジョンもどうにか辿り着いた。こくり、と息を飲み込みながら、目の前にそびえたつボロ小屋…もとい、こじんまりとした質素な家屋を見上げる。


「これが、バーバ・ヤーガの小屋か…」

「ギャグで言ってんの?」

「いや、そんなつもりは…なくはないけど」


 有名な超古典音楽の題材にもなった、ルーゼンの伝統的な魔女の名を冠する女性。もうどう考えてもいわゆる魔女的な何かである。ボロ小屋住まいもそれっぽいし、猫にされてしまった王子が訪れる相手と言う点でも鉄板である。これはもう間違いない。


「絶対、こう、伝統的なタイプの魔女だよね」

「だな。食われるかな…やられる前にやる!って感じで行かないとやばいかな」

「にゃっ!」


 玄関前でまごつく私たちを、ヴィクトールが鋭い目線と肉球の一振りで急かす。はっきり言って全く怖くないし威厳もないが、私は神妙にうなずいて扉をノックした。こんな可愛らしい猫の機嫌を損ねては大変である。こんこん、と、硬い音がしんとした雪の上に落ちる。


 すぐに中から物音がして、ゆっくりと扉が開いた。


「こんなところに、若いもんが何の用かえ…?」

「は、初めまして」


 あまりにもテンプレな、いかにもそれっぽい老婆の登場に、私はひきつった声であいさつの言葉を返すのが精一杯だった。


 でも、息を呑んだのはそれだけが理由ではない。いかにも魔女っぽいだけでなく、これは本物の、魔女だ。翻訳され、規格化され、整理された、ある程度の才能があれば扱える魔術を使う人間じゃない。選ばれた人間にしか読み解くことの不可能な、魔法、と呼ばれる法の片鱗を理解する人間だ。わお、はじめてみた。


 緊張する私たちの後ろから、ヴィクトールが黙って進み出てぱたりと尻尾を振った。とたんに、魔女のしわだらけの顔の奥にある知性に満ちた目が大きく見開かれる。


「おお、これは…我が愛弟子、よくぞ戻った」

「にゃあ」

「ふむ、ふむ…なるほど。なるほどねえ…」

「にゃにゃあ」

「うむ、お入り…そちらのお2人も」


 招き入れられ、ヴィクトールに続いて魔女の家に足を踏み入れる。暖炉の火がちろちろと燃えていて、部屋の中は暖かく、良い匂いがした。ハーブか何かだろうか。ものめずらしくきょろきょろする私とジョンに魔女は微笑んだ。ローブとストールとしわで良く見えないけど、多分。


「お座り」

「あ、はい、失礼します」


 見ると、4人掛けの木製の素朴なテーブルセットの椅子の1つに、ヴィクトールが行儀よく乗っている。私とジョンもその隣に座った。誇り高いルーゼンの皇太子と同席なんてちょっとすごい、と一瞬だけ思ったが、相手は猫である。


 お行儀良くて可愛いなあ、と思いながらヴィクトールをながめていると、魔女がお茶を出してくれる。ありがとうございます、と礼を言いながらも口をつけずに、私とジョンは魔女と黒猫を見守った。


「そう、そのまじない、それはヴィッテのものだね」

「にぃー」

「よく練られている。そこらの者では見破れないだろうねえ。ヴィッテも、やれば出来るじゃあないか」

「にゃにゃ!」

「うん、アレクセイ、お前の言いたいことはわかっているよ…でもね、それは時期尚早と言うものだろう」

「みゃあああ!」

「ヴィッテがどんな気持ちでお前をそんな姿にして逃がしたか、分かっていないわけではあるまいね?今ノコノコ出て行って…お前、勝算があるのかね」

「にゃあ…」


 魔女とヴィクトールは、正確に意思疎通ができている。何らかの翻訳か、王子を猫に変えて逃がしたヴィッテとやらの制約か。それとも、元々猫の言葉が分かるのか。3番目かもな。


 ともかく話を聞いた限りでは、魔女はヴィクトールを元の姿に戻すことが恐らく可能で、しかしその気がないらしい。確かに猫のままでいる方が、隠れるには便利なのだろう。


 ノキア先生がどうにかしてくれるって言ってたし、それまでは猫のままが無難かも。でもうなだれるヴィクトールが少し可哀そうだと思っていると、魔女も同様に思ったのか優しい声をかける。


「そのままでは不便だろう、少しは解いておこう」

「にゃあ!」

「だが、いいかい、決して無理をしてはならない…」


 呟くように言いながら、魔女はヴィクトールの背中をするすると撫でた。ヴィクトールは心地よさそうに目を細める。おいおい、猫っぽさが増してるじゃないか…全然解けてないじゃないか…そう思う私の前で、ヴィクトールの可愛らしい口元がひらき、


「ありがとうございます、老師」


 落ち着いた男性の声がそこから聞こえた。


 えっ……おお……ええと……大変言いづらいのですが。


 絵面的にゆるされないだろ、と私の内心を代弁するかのように呟いたジョンの言葉に、私はヴィクトールに見とがめられないようそっと頷いた。





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