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The Chamber Actors  作者: snow
26/48

雪の国へも直通列車で 1




 見張りを始めてからほんの数分後、ジョンが小さく声を上げた。顔を上げると、体を扉の陰に隠して真剣な顔で前方車両に目をやっている。


「誰か来る?」

「来る。3つ前くらいの車両。見回りだな、多分」

「了解、隠れよう」


 姿勢を低くし、最後尾の車両に移る。ヴィクトールを手でそっと押して誘導すると、大人しく一番後ろの車両に移ってくれた。こちらの緊張感が伝わっているのか、やけに聞き分けが良くてありがたい。


「コンパートメントの中に隠れる?」

「いや、一応、コンパートメントも見回ってるみたいだった。それに多分隠れる場所がない」

「ベッドの下は?」

「空いてない。高級車両みたいだ」

「あー…」


 普通の寝台車両ならば、各コンパートメントが狭いのでベッドの下に空間が設けられている場合が多い。荷物を入れるためだ。でも高級寝台車両のコンパートメントはまるでホテルの部屋のようになっていて、それなりに広いからベッドも下の空いていないホテル仕様。それだと、隠れるのは難しいかもしれない。


「中にクローゼットとかはなかった?」

「あったよ。でも一番後ろまで下がれ」

「?」

「さっき見回った時、車両の一番後ろにリネン入れの倉庫みたいなもんがあった。狭いけど、見回られない可能性がある」

「おおー、めざとい」

「まあな」

「見つかったらどうする?」

「気絶させて隠して…あっちに見回りが戻ってこないのがバレて大勢来たら、窓から出て車両の上にでもつかまって耐えて…万が一それも見つかったら応戦か飛び降りだな」

「うえー…」


 セント・エトワールからルーゼンまでは、確か約13時間。しかも別大陸なので、前半には真っ暗な海中トンネルを通る。屋根の上は出来れば遠慮したい。


 ジョンの言う通りに最後尾車両の一番後ろまで行くと、通路の左右に両開きの折れ戸があった。

 右側のクローゼットは内部が棚状になっていて入ることは出来ないが、左側は何の仕切りもなく、毛布が床からジョンの目線くらいの高さ、私の頭の少し上まで積まれていた。これを左右どちらかに寄せれば、すきまに入ることは出来そうだ。


 崩さないように毛布を左側、つまり前方車両側に寄せる。まずジョンが扉向きに隙間に入り、その手前に私が入る。こうすればどちらも扉側を向くことができて、もし開けられてしまった場合にすぐに攻撃できる。

 おいで、と声をかける前に、ヴィクトールは私たちの足元に収まった。


「お、いいぞヴィクトール、静かにね」

「こいつ、ほんといまさら聞き分けいいな…」

「気まぐれだよね猫って…あーあ」

「しっ、来たぞ」


 ジョンが短く言い、私の頭の上から手を伸ばして左右の扉を上の方を指にひっかけて、無理やり引いて閉めた。光源はほぼなくなるが、見えないことも無い。ただ、クローゼットの外の様子は視覚では全く分からない。

 相手に気づかれないため、そして聴覚を最大限に利用するため、私は可能な限り息を潜めた。耳のすぐ上でジョンの息の音がしてちょっとうるさいしくすぐったいが、息を止めろとはさすがに言えない。


 柔らかな絨毯の上を歩くさくさくという音が、右側から近づいてくる。時折立ち止まって各コンパートメントの扉を開けて見ているようだ。しかしすぐに廊下を歩き始めるので、コンパートメントの中はさほど確認していないのだろう。あちらのクローゼットに隠れるのもありだったかもしれない。まあどっちにしろ同じくらい狭いか。


 足音はとうとう、私たちの隠れるクローゼットの前までたどり着いた。


 扉を開けられて気づかれたらすぐに昏倒させられるよう、拳を握り締め、全身を緊張させる。今度は手加減も油断も禁物だ。あ、やばいなんか無駄に緊張する。もうやだ扉を蹴破っていますぐ攻撃したい…いやだめだ落ち着け!でも無理!いやだめだ!


 葛藤したのは実際のところ一瞬で、すぐに人の気配は扉の前を通り過ぎ、それから戻って遠ざかっていった。足音が十分離れてから、詰めていた息を吐く。


「はあああ…!」

「あっぶねえええ…!」

「無駄に心臓にくるねこれ…」

「だな…」


 脱力する私たちの足元で、にい、とヴィクトールが小さく鳴いた。静かにしてくれていて良かった。ジョンが耳の少し上で疲れた息を吐く。


「はあ…出るか」

「次に来たら、もうちょい別なとこに隠れる?」

「別なとこねえ…屋根?」

「まあ、屋根だね…精神衛生上はそのほうがマシかも…って、あれ?」

「なんだよ」

「開かない」

「え?」


 私の言葉に、ジョンも扉を押してみる。動かない。


「あれ?ほんとだ」

「なんでだろ…」

「さあ…さっきちょっと、無理やり閉めたからかな」

「そのくらいで?」

「どっか、まずいとこにひっかかってんじゃねーの」

「あー」


 そう言いながら、ジョンが扉の上の方を押したり引いたりしてみるが、動く様子はない。

 どこかひっかかってしまったとしたら、一番上か一番下の、扉が開くときにレールに沿って動く金具的な部分だと思うんだけど。さすがにその金具のあたりまでは、ジョンの手はぎりぎり届かないようだった。いやまあ、私が邪魔で扉から距離が遠いせいなんだけど。


「うーん、壊すと目立つよなあ…」

「ジョン、上の金具見てみるから、ちょっと持ち上げて」

「ああ、うん」


 腰の両側を持って、ジョンが私を上に持ち上げる。視界がぐっと高くなって、扉の一番上が目の前になる。金具を指でたどってみると、沿うべきレールから外れている部分があった。うんうん、これを戻せばいいんだな。

 力を込めると動かなくもないけど、指はさみそう。はさんだら絶対痛い。やばい。慎重に慎重に金具をひっぱっていると、ジョンの困惑したような声が背中から聞こえる。


「なあ…お前さあ、メシ食ってんの?」

「?いや軽いのは君が力あるからで…残念ながら超健康体だけど」

「いや、軽いのはまあいいんだけど…なんなのこれ、なんていうか、骨が細くない?もっとカルシウムとれよ」

「あー、カルシウムねえ…(お、もうちょいで戻るな)」

「なんかこう…ちょっと力入れたらばきっていきそう」

「はあ!?なにそれ怖い」

「俺だって怖いよ!」


 何を言っているんだこいつは。どう考えても、力加減ひとつでばきっとやられるらしい私の方が怖がってしかるべき。肋骨とか折れたら死ぬかもしれないじゃないか。


 かちりと音がして金具がレールに戻ったので、早急に降ろしてくれとジョンに頼んだ。ゆっくり腕が下がり、そっと床に降ろされる。ジョンの手が腰から離れると同時に、2人ともほっと息を吐いた。


「あー怖かった」

「いや、どう考えても私の方が怖かった」

「いやいや」

「ジョンの力加減ひとつで骨折だよ?こっわー!」

「カルシウムとってくれ」

「毎朝牛乳飲んでるよ」


 言い返しながら扉を押してみるが、やっぱり開かない。なに、もしかして下のも外れてんの?めんどくさいなあ…でも仕方ないので、下を見るために体を沈めようとする。

 けど前は扉に膝が当たるし、後ろはジョンが居てこれ以上下がれない。ああもー不便だなここ!まあ部屋じゃなくてクローゼットだもんね!


「ジョン、もうちょい下がれない?」

「無理だな」

「うーん…じゃあ、もうちょい足開かない?」

「ええー?難しい…足が毛布に埋まるな…いやできないこともないけ、ど…あっ」

「うわあ」

「あ、うわっ」

「ちょっ、ぎゃあ」


 バランスを崩したのか、ジョンが後ろから倒れこんでくる。ヴィクトールが、にゃ!と驚いた声を上げた。ジョンに押されて私も前に倒れるが、床に手をついて4つんばいになってどうにか踏みとどまる。


 あ、危ない、いま扉に顔ゴンするとこだったぞ私…!とんだ災難だが、ヴィクトール、私、ジョンの順に折り重なってどうにか安定して、結果として下の金具に届くくらい体勢を下げることはできた。


 後頭部で、ジョンが焦った声を出す。


「マリー、悪い。大丈夫か?」

「大丈夫大丈夫…結果オーライ」

「結果オーライ?」

「ん、喋られると首がくすぐったい。ちょっと黙って待ってて」

「…」


 思った通り、下側の金具もレールから外れていた。ジョンのやつどんだけ無理やり閉めたんだこれ…!意外と馬鹿力なんだな。まあ大型拳銃って反動酷いから私は苦手なんだし、それを普通に使ってるってことはそういうことなのか。そうかそうか。くっ、これだから1位のやつは…!


 僻みを込めながらぎりぎりと金具をひっぱる。このくらいなら私だって動かせますからね!レールに戻し、よし、と小さくつぶやいた。


「できた」

「お、おお」

「これで開くと思うんだけど…立てる?」

「あ、うん、ああごめん!すぐ立つわ!今すぐ!お、うわ」

「あーあ」


 慌てて立ち上がったジョンは、今度は後方にバランスを崩したようだった。おいおい大丈夫か。そう思いながらも立ち上がり扉を開ける。するりと抵抗なく扉が開き、ようやくクローゼットの外へ出ることが出来た。

 わあお、列車って広いなー!クローゼットより数段広いなー!軽く深呼吸をして振り向くと、立ち上がったジョンが毛布に埋まった右足を引き抜くところだった。


「大丈夫?なんか無駄に災難だったね」

「ああ…そっちこそ大丈夫だったか?ごめんな」

「あはは、いや、ジョンに踏まれるのにも慣れてきた」

「え!?踏んだりした?」

「サンズ言ったときの最初の車でさ…踏んだまま周囲警戒してた。ひどい話だよね」

「あー…ああ、そうだった。本当ごめん」

「え?いや全然平気だったけど」

「まさか。そうは思えない」

「?なんで」

「えーだってなんか…骨が細いし、なんかこう、ふわふわしてね?そんなんで大丈夫?」

「だ、大丈夫だよ失礼だな…さっきも言ったけど、毎日牛乳飲んでるし」

「信じられないわ、なんなのお前…5倍くらい飲むべき」

「いやそれは無理」

「だってさあ…」


 ジョンは困惑した表情でこっちをしげしげと眺めている。いやいや、5倍って…1リットルだよ1リットル?それは多いと思うんだけど。困惑すべきなのはこっちだと思うんだけど。

 首をかしげて見上げ返すと、ますます眉をひそめられた。おお、なんなんだいったい。


「なに?」

「いや…なんかマリーって、俺とは別人なんだなそう言えば」

「はあ?そりゃあ、別人ですけど」

「いや…うーん、それはそうなんだけど…」

「(なにこいつ頭でもうった?)」

「頭でもうった?って思ってる?」

「正解。よし、ほら、見張りを再開しないと…ちょっと早いけど交代するね」

「いや、いいよやるよ」

「やめときなよ、なんか変だもん」

「いや、変じゃねーよ…多分」

「多分ねえ…」




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