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「…というわけで」
「了解。とりあえず、ここで大人しくしとこう」
「うん、ごめん本当に…」
「お前のせいじゃないだろ」
「いやいや、最初にこれに乗っちゃったのは私で」
「そうだけど…あれはヴィクトールのせいじゃねーか」
「油断してた」
「俺も同じくらいしてたよ。まさかお前を吹っ飛ばすとは思ってなかった」
「だよねえまさか負けるとは…!ああ本当ごめん!」
「いーって、大丈夫だから。俺なんて自ら乗り込んじゃったんだぞこれ」
ジョンはそう言うけど、元をたどれば私の失敗がきっかけである。申し訳ない。ヴィクトールには十分な警戒を払って捕獲に当たっていたつもりだったが、最後の最後で油断があったと今となっては思う。強化魔術をかければ成年男性でも余裕で押さえ込める自分の腕力を過信していた。
でもヴィクトール、お前もおかしい!猫だろ!ライオンとかじゃないだろ!ああせめて、吹っ飛ばされるにしても別な方向であれば…運もないのか私は。
「あ、せめて、ヴィクトールを私が捕まえとくよ、いま」
「やめとけよ。油断してなかろうが、お前、力はそんなにないし」
「え、そう?」
「そうだよ」
「そっかあ…まあ、ジョンに比べれば…」
「それに、ヴィクトール全然暴れないから、辛くもない」
「本当?」
「ああ。だから気にすんなよ。っていうか、放しても大丈夫かもな」
「ええー?」
ジョンと私が見下ろすと、ヴィクトールも顔を上げる。金と銀のオッドアイが、静かにこちらを見つめていた。うーん、こんな目の色、初めて見た。上等な猫ってすごい。私が感心していると、ジョンがそっとヴィクトールを抑えていた手を放す。彼は数度首を振り、それからぴょんと軽く飛んで私たちの前に綺麗に着地して大人しく座った。
「大丈夫みたいだな」
「そうだねー…いつもこうしてくれれば」
「ほんとだよなあ!」
「ヴィクトール…君のせいも少しはあるんだよ」
「少しはっつーか全部だって」
「うーん」
いや、やはり私の油断が…でもそんなことをいつまでも言っていても仕方ない。私は気を取り直して立ち上がり、前の車両を内扉越しに確認した。誰も居ないように見える。
「誰か来るとしたら、こっちからだよね」
「だろうな。最後尾にはいないっぽい。一応確認しとくか」
「まあ、誰も来ないかなあ」
「前方車両しか使ってないみたいだな」
「うん。誰が乗ってるんだろう…?」
「さあな…見てくるか?」
「ううーん…いや、ノキア先生から次の指示があるまでは大人しくしとこうよ」
「だな…絶対、知らない方が良い感じだよな…」
そう頷いて立ち上がったジョンが最後尾の車両の寝台をすべて確認してきたが、やはり誰もいなかった。
交代で前方の見張りをすることにして、1人は立って前方の車両の方を警戒し、もう1人は座って休憩。まずはジョンが警戒をしてくれることになった。対応を始めた私たちを、ヴィクトールが少し首をかしげて面白そうに見ている。うんうん、猫にはこの苦労は分かるまい。けど綺麗だから許す。
手を伸ばしてなでようとすると、暴れはしないが少しだけ身をよじられた。ええー、嫌なのかあ。残念、と肩を落としていると、通信機に通信が入る。ホルスターから取り出し、耳に当てる。
『はい。候補生750436、マリーです』
『ノキアだ。詳細は調査中だが、ほぼ間違いなくルーゼン行きだ』
『そうですか…申し訳ありません』
『いや。ただ、途中で停車する可能性は少ない。ルーゼンについてしまった場合には、こちらが話を付けるまで身を潜めるように』
『了解しました』
『悪いな。すぐに、とは行かないが急いで何とかするから、安全確保を最優先にしろ』
『了解です。それと、こちらのミスなので先生は悪くないです。面倒をかけて申し訳ありません』
『…お前らだけなら、なんとか飛び降りられるだろう』
『!あ、確かにその手が』
『いや、やめてくれ。黒猫を保護しておいてもらいたい』
『ああ、そっか。分かりました』
『悪いな…』
『いいえ!安全確保を最優先します。ありがとうございます』
『ああ。じゃあ、身を潜めて連絡を待て』
『了解』
視線を向けてくるジョンに、軽く説明する。ジョンは頷いた。
「確かに、変な列車だったな考えてみれば」
「そう?」
「ああ。ホームに乗客が全然いなかったし、アナウンスもなしに発車するし」
「そっか、確かに…もっと警戒すべきだった」
「まーだそんなこと言ってんのかよ。大丈夫だって」
「う、うん…」
「それにな、つまりこれはセント・エトワールとルーゼン間の密航ってことだろ?偶然とはいえ発見したのは悪いことじゃないさ」
「そっか…」
「そう。だから元気出せよ」
「…うん、ありがとう」
そう言って笑ってみせると、ジョンも笑顔を見せる。やっぱり、持つべきものは気の良い相棒だ。ジョンが私を責めたりするはずないことは分かっていた。それでも申し訳ないと態度に出してしまうのは、それはそれで一種の甘えなのかもしれない。
ありがとう、ともう一度言うと、ジョンは少しだけ苦笑した。




