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The Chamber Actors  作者: snow
24/48

3



「ええええええ」

「ええええええうっそおおおおお」

「残念ね2人とも…」


 依頼室の依頼確認カウンターにて。担当者であるフレイさんに依頼内容を告げられた私とジョンは、盛大に拒否反応を見せていた。ジョンなんて、信じがたいというように依頼内容を何度も何度も確認しているが、当然何度見ても変わらない。

 フレイさんは優しくなぐさめてくれたが、2人で肩を落としたまま依頼室を出る。目の端に映る紫色の物体がやけに癪に障った。


「また逃がしたのかよ…」

「ほんとだよ逃がすなよ…」

「はあ。まだ街中にいるといいけど」

「ほんとだよな。こないだあいつ、もう少しで列車に乗るとこだったよな」

「ね」


 話しながら、腕時計の探索モードを開始する。探索モードを使えば、ソレイユの権限が及ぶ範囲において(この国のほぼ全域と、国交のある国における機密の少ない地域をカバーしている)半径最大200キロにわたり、条件にマッチするあらゆるものを探索することが出来る。妨害や防御されていなければ、の話だけれど。

 超便利だが、黒猫なんて条件では街中で探してもいっぱいいる。まあ、この依頼の場合は依頼書が詳しいのでそこは問題なし。


「黒猫…目は金銀のオッド…体重13kg弱、体長100cm弱…あとなんだっけ」

「……それくらい」

「こんな大きい猫他にそういないから、まあすぐ見つかるよね」

「見つかるかどうかが問題ではない」

「まあ…ジョン、そんなに落ち込まないで」

「もういやだ」

「…あ、ヒット。駅だ」

「うわ、また駅?」

「うん。まあ、さすがに電車には乗っちゃわないと思うけど、急ごう」


 駅なら、直通ゲートですぐにたどり着ける。移動距離としてはむしろ楽な部類だけど、問題はここからだ。前回に彼を捕まえたときも、駅で一回捕獲に失敗してからの逃げ方がすごくて大変だった。今回は、失敗しないで一度でいきたいものだけど。


 駆け足で正門から出て、左の別棟、ゲートタワーに向かう。ゲートタワーからは、世界中にあるサン・エトワール国立傭兵学園管轄のあらゆるゲートに乗ることが出来る。街に向かうゲートはソレイユかソレイユ候補生ならいつでも使えるし、依頼中であれば他国へのゲートや空港へのゲートも。あと、申請すれば帰省にも使えるらしい。使ったことないけど。


 駅へのゲートに乗り、パネルに腕時計ごと手のひらを当てる。腕時計と、指紋と、手のひらの血管パターンによる認証。ジョンが魔力を込めればすぐ、ゲート移動が開始する。私はゲート内で待機。一瞬だけ視界が暗転し、すぐに駅内のゲートへと転送される。


「標的は?」

「31番ホーム」


 答えながらデータをジョンに送信する。猫は、ホームの一か所にとどまっていた。寝ていてくれたら手間が省けるんだけど…こないだの雰囲気からして、せっかく脱出したのにのんびり寝ているようなタイプの猫ではないだろう。

 移動しないうちにと、構内の案内に従って駆け足で31番ホームに向かう。すれ違う人がこちらを物珍しそうに眺めていたが、だんだんその視線も少なくなった。多分使ったことないんだけど、遠いなー、31番。まったく、よりによってそんなとこまで逃げなくても。


「そういや、ヴィクトールって言うらしいよあの猫」

「けったいな名前だな」

「呼んだら来るかな」

「いやあー、来ないだろ…」


 階段を降りて、角を曲がって、また階段を下って、長めの廊下。探索結果によるとヴィクトールは南北に伸びているホームの南端近くにいるようなので、一番南よりの階段からホームへと降りる。

 ホームには銀色の列車が停まっていて、近くには人影は見当たらなかった。階段下の電光掲示板に、1130、とだけ簡潔な表示がある。1130発なのだろう。

 南に視線を向ければ、ホームのすみっこに黒い塊がぽつんと座っている。今のところ、こちらには気づいていないようだ。


 一瞬だけジョンと目を合わせてから、通信機から分離する小型無線マイクを耳に掛け、ホームの左右、つまり東西方向に散開した。そして左右から、音を立てずにゆっくりと目標への距離を縮める。

 大仰な警戒のようだが、こないだは気付かれた時点で即、全力疾走で逃げられて、一度は見失ったのだ。その後も暴れて超めんどうくさかっ…いや、骨のある相手だった。いかにも大事そうな依頼品なので傷つかないよう注意が必要だし、難易度の高い依頼を回されているっていうのは本当かもしれない。地味だけど。


 10メートルくらいまで近づいたところで、ジョンが通信をつないでくる。


『よし、いくか…列車にも注意な』


 ジョンの言葉を聞きながら、ちらりと時計を確認する。1129か。確かに、刺激した挙句に逃がして、動いている列車に当たりでもしたら一番まずい。

 視線を戻すと、標的は体を伏せていた。やばいなあ、いつでも跳び出せちゃう体勢だ。不安になりながらも、こちらも体を沈め、跳び出せる体勢をとる。


『じゃあ、いきます。3…2…1…go!』


 同時に目標に向かって駆け出す。ヴィクトールが即座に反応して顔を上げ、こちらに向かってくる。逆に逃げるかと思ってたけど、私とジョンの間を抜く気か?進路を少し右に変更して、ジョンとの間隔を狭める。対応に迷ったのか一瞬だけ止まったヴィクトールが跳び上がる前に、傷つけないように押さえて捕獲。


「よっし、ってわあああ!?」

「マリー!」


押さえつけた筈だったのに、頭の一振りで吹き飛ばされた。


 手加減していたとはいえ、まさか力負けするなんて。しかも吹き飛ばされるなんて。ありえない。驚愕しつつも体勢を立て直す。

 左方向に吹き飛ばされたので、運悪く大きく空いている入り口から列車内に着地してしまった。ヴィクトールが私を追って列車内に跳びかかってくる。ジョンが一足跳びにその後を追い、捕獲。よし。ほっと息をついて顔を上げた瞬間。


 ぷしゅー


「えっ?」

「えっ?」


 間抜けな音と共に、開いていた扉が閉まった。


「あっ」

「あっ」


 そして何のアナウンスもなく、列車が動き始める。加速は一瞬。閉まった扉の窓から、景色がすうっと、ものすごい勢いで流れ出す。この加速のスムーズさと速度は恐らく、特殊高速車両、通称TKS。列車マニア垂涎の、最新鋭の魔術技術と機械技術を融合した超高速な高級列車である。


「……」

「……」


 一瞬呆然と、流れる景色を眺めてから、ジョンがぎこちなくこちらを振り返る。何ともいえない顔だ。たぶん、私も同じ顔だ。ジョンとマリーは、こんらんしている!えっと、これは、つまり…どういうこと?ど、どういうことだヴィクトール!


「えっと…これ、TKSだよな?俺、初めて乗ったわ」

「わ、わあー…ハハッ、男の子の憧れじゃん」

「びっくりするほど嬉しくない!」

「ですよね!ごめん!と、とりあえず、位置情報見たら驚くだろうし、ノキア先生に連絡します」

「いや、しゃーないよ。了解…ていうかヴィクトール何今さら大人しくなってんの…もおー」


 確かに、ヴィクトールは大人しくジョンに抑えられていた。な、なんということだ。怒って跳びかかられたし、そんなに私の捕まえ方、まずかったかなあ…いやでも前回はジョンも暴れられたし。

 いずれにしても、彼の気が変わらないうちに早く引き返さないと。と思ったところで、ノキア先生に通信がつながる。


『こちらノキア』

『候補生750436、マリーです』

『おう…ん?おい、お前ら…』

『すみません、私のミスで列車に乗ってしまいました』

『まじか、全然意味が分かんねえ。すげえなあの猫』

『はい…そうですね…』

『そっちの位置情報は確認してるよ。やけに速いな、何に乗った?』

『分かりません。31番ホーム、1130発のTKSです』

『あーあーよりによってTKSとか……ん?』

『すみません…次の駅で降りて帰還します』

『ああ…いやまあ、それはそうなんだが…本当に31番か?』

『え?あ、はい』

『31は今閉鎖中だぞ』

『え?』

『番号見間違えてないか?ジョンにも聞いてみろ』

『えっと…』


 そんなまさか。そう思いながらもジョンに顔を向ける。


「ジョン、ホームの番号、31だったよね?」

「ん?ああ」

「確認した?」

「確認っつーか…ホームに31って掲示はあったと思うけど」

「うん…だよね」


 私も、わざわざ確認はしていないが、ホームの掲示は31だったと思う。となればあそこは31番ホームだったんだろうし、電車も実際に入ってきてるし、閉鎖ではないはずなんだけど。


『あの、先生』

『本当に何に乗ってる?北に向かってるな』

『北ですか…?あの、ジョンにも聞きましたが、31番ホームで間違いないと思うんですが』

『おかしいな。…おい、列車に他の乗客は?』

『え?ええと』


 乗ってしまったドア前の空間にとどまっていたので、動かなくても前後の2車両は確認できる。ホームの端付近から乗ったので、最後尾と、その1つ前の車両だ。長距離を輸送するための旅客車両のようなので、どちらも寝台列車だった。

 寝台があるコンパートメントはきちんとドアのついた個室型で、中は分からず通路しか確認できない。しかし、まだ寝に入るようなタイミングではないのに、通路に動いている乗客は1人もいないし、人が動いている気配がない。


『ここから見える範囲には、恐らく乗客はいません』

『…お前ら、そこを動くな。いや、動いても良いが乗員に見つからないよう隠れてろ』

『え…あ、はい』

『もし途中で列車が止まったら降りて待機』

『了解です。あの、途中というのは』

『…憶測段階だが、ルーゼン行きかもしれない』

『ルーゼン、ですか』


 ルーゼン。セント・エトワールの北方に位置する、非常に広い国だ。鉱物資源は豊富だが、極寒の気候のせいもあってさほど豊かな国ではなく、政情はあまり安定していなかった。

 それでもセント・エトワールとは代々それなりに友好な国交関係を築いてきていたのだが、前王が数ヶ月前のクーデターにより倒されてから、新政権をセント・エトワールが認めていないため国交が一時的に断絶している。つまり今、ルーゼン行きの列車なんてありえない。


『了解しました』

『調査してまた通信する。何かあったら通信してこい』

『はい』

『何かあるかもしれないな。お前らなら大抵のことは切り抜けられるだろうが、注意しろ』

『了解です』


 通信を終了する。これはまずい、んだろう多分。ジョンも察知したようで、状況説明を目で促してくる。ヴィクトールはジョンの手のひらの下で優雅に尾を振っている。




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