モブ達の日常と非日常 1
「マリー!」
「うわ」
朝食をとろうと、ノエルと連れ立って学食へ向かっている途中。掛けられた大声に私は肩をすくめた。後ろから、クロムがおおまたでこちらへ歩み寄ってくる。彼と一緒に歩いていたジョンが、驚いた顔をしてそれを見送っていた。
私はその場に立ち止まり、ノエルも一緒に立ち止まってくれた。すぐに近くまでたどり着いたクロムは、私の両肩を掴む。
「昨日は、大丈夫だったか?」
「え?昨日って…怪我ならもうすっかり」
「そうではなくて…リストに連れて行かれたから、心配していた」
「ああ、ごめんねなんか急にいなくなって」
「いや」
「うん、無事に行けたよ」
「…そうか。何もなかったか?」
「?別にこれと言って何も…」
「…そうか、なら良いんだ」
追いついてきたジョンに声を掛けられ、クロムはすまなかったな、と小さく言うと私の頭をぽんぽんと叩いてから先に行ってしまった。通信機に連絡があったわけでもないし、何か用事があったということでもないようだ。なんだったんだろう。昨日、街で何か事件でもあったんだろうか。
首をかしげながら歩みを再開する私の横で、ノエルがほうっとため息を吐いた。
「いいなあー、マリーちゃん」
「なにが?」
「クロムとすっごく仲良くなったよねえ」
「あー、うん。サンズの任務が本当に、大変だったから」
「だろうなあ…私も、クロムと一緒の任務についてみたかった気もするけど…辛そうだなあ」
「うん、睡眠不足になったよ…」
「そっかあ」
長い睫毛を眠そうにぱちぱちしながら、ノエルは言う。うん、ノエルにはきつかっただろう。彼女は防御魔術が非常に得意で優秀だけど、かなりのロングスリーパーだから。
サンズでの夜勤に思いを馳せ、それから退屈している時のクロムは結構チャラくてうざかったということを思い出したが、クロムのことを気に入っているノエルにそれを告げるのはやめておいた。
朝食を受け取りノエルと一緒に席に着く。席に着いてすぐに、ノエルは大きい目を瞬かせて楽しそうに話し始めた。部屋が隣同士なので非常に仲良くしているが、彼女は決してモブ仲間ではない。グリーンの髪と瞳はけっこう珍しい派手な色だし、顔立ちもとてもかわいらしかった。
「結構、話題になってるんだよ。サンズにいった選抜メンバーの話」
「へえー、そうなの?」
当事者っていうのはそういう話を一番聞きづらい。それに私はもともと、話題とかには疎いほうなのだ。たいてい自分はあんまり関係ないし。今回は珍しいケースだろう。
「そう。あ、ほらあっち」
言われて視線を向けると、クロムとジョン、それからリストが、3人で1つのテーブルに座って朝食をとっていた。そのテーブルは4人掛けなんだけど…いやまあ、3人って中途半端な人数だし仕方ないよね。でも最後の1席には座りづらいよなあ。まあ学食も相当広いし、よほど生徒がある時間に集中しない限り十分なキャパシティだけど。
「4人掛けって、1席だけ空いてても座りづらいよね」
「え?いや、そういうことじゃなくて…」
「ん?」
「クロムとリストとジョンが、最近すごく仲良いから。サンズの護衛任務を通して仲良くなったんでしょう?」
「うん、そうだね」
「実力トップの選抜メンバーだし、もともとクロムとリストって、目立つじゃない」
「ああ…ハハッ、顔がね」
「うーんまあ、それもあるけど」
「あの、ジョンの場違い感…見ているだけで楽しい」
「そ、そんなに場違いじゃないわ」
「目が泳いでるよノエル」
「そっ、そんなことないわよ。ジョンも含めて、サンズ選抜メンバーっていまちょっと…みんなに一目置かれてるし、下級生の憧れ、って感じなのよ」
「そっか…ところでそのサンズに私も行ってたことはみんな知ってるのかな…」
「さあ…あ、さすがに同級生は知ってるわ!」
「1か月いなかったのに認識されてなかったら辛い」
「大丈夫!私は寂しかった!」
「そ、そっか…ありがとう…」
通常営業である。まあそうだよね、と思いながらサラダを片づけていると、あ、とノエルが小さく声を上げた。彼女が見ている方を振り向くと、クロムとジョンとリストが座っている4人掛けのテーブルに、フェリスが加わるところだった。
「わあお…四角関係…とは言わないか。矢印が全部1点に向かってる」
「え、そうなの?」
「そりゃそうでしょ」
「ジョンは、絶対にマリーが好きなんだと思ってた」
「うん、ノエルのその勘違いがようやく直るときがきたね」
「ふうん…そうなんだあ…」
「ほら、見てよジョンのあの楽しそうな顔…めでたい」
「うーん、まあ…でもマリーはいいの?」
「?なにが?」
「ジョンがもし、その…とられちゃっても?」
「とられるも何も私のじゃないって」
「そうだけどおー」
不満そうである。まあ、仕方ないだろう。ノエルは可愛いから、ずうっと仲良く仲間として一緒に行動しながらも恋は芽生えないというモブ世界の事情を知らないのだ。
私やジョンは、クロムやリストやフェリスの活躍のフォローとして任務をこなしやすくする、特に濃厚なイベントは起きない存在…あ、だめだこれではジョンの恋路が…ごめんジョン。
反省しながらミルクを飲み干し、ノエルが食べ終わるのを待って立ち上がる。今日は戦闘実技訓練で依頼対応だけど…何探しかなあ。猫じゃないといいなあ。




