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「やめようよここは」
「はあ?なんでだよ」
「浮く」
「浮かないよ、ソレイユ候補生の制服だぞ?」
「服はまあいいとして…そのほかすべてにおいて浮く」
「なんだよそれ」
「リストみたいな顔面の人ばっかいるんじゃないの?こんな店さあ」
「はあ?僕レベルがそうそういるはずないだろ」
「うっぜええええ」
見上げるばかりの、クリーム色を基調とした上品な色に輝く建物を前に、私は車から降りることをためらっていた。すでに車から降りているリストは、車のドアの枠に手をかけ、呆れた顔でこちらを覗き込んでいる。
「リスト、ワクドナルド行こうよやっぱ」
「ええー?やだよ、あれは夕食には向いてない」
「まあ、私もそう思うけどさ…じゃあ、ファミレス」
「もうここ、予約したんだって」
「まじかよ」
「うん。ほら、おいで」
「ううーん」
「別に、中は普通だから。格調高い店じゃないから」
「いやーでも、お高いんでしょう?」
「大して高くない。そもそもアンタが払うわけじゃないだろ」
「だから余計に嫌っていうのもある」
「…まあでも、今日はあれだから。もう予約してるからいいだろ」
「いや、まあ…そうだけど」
いつまでも駄々をこねていても仕方ない。私は意を決してリストの手を取り、車から出た。目の前にそびえたつきらびやかな建物に目がくらみそうになる、が!今日はキメラからも生き延びたのだ。このくらいの試練なんてことはない!…はずだ。
でも入口に赤い絨毯が敷いてあるのはちょっとなあ。やだなあ。リストは平然とした様子で、あ、予約してたシュテインです、とか何とか言っている。ふっつー。
しかしリストの言っていた通り、中に入れば意外にそこまで敷居の高い感じではなかった。育ちのよさそうな人ばかりではあるが、色々な年代の人が席について食事をとっている。
「意外に普通だった…罠じゃなかった」
「言っただろ。何にする?」
「えーっと、何でもいいの?」
「は?僕を誰だと…もういい、アンタ無駄な遠慮しそうで面倒だから、コースにしよう」
「ええ!?」
リストはさっさとウェイターを呼んで注文を始め、揉めるのもなんなので私は大人しくしていた。好きな飲み物だの魚だの肉だのを選ばされて、聞かれるままに応えて終了する。ふう、やりきった。あとは食べるだけです!おめでとう!ほっとする私に、リストがまたまっすぐ視線を向ける。
今日の夕方のことがあってから、リストは私を一度も、普段のような高慢な顔で見なかった。別に、元気そうなのでいいのだが、なんだか少し調子が狂う。ふふん、とか言わないの?
「…なに?あ、今日は、どうもごちそうさまです」
「いいよ、当然だろ」
「ええー…別にリストのせいじゃないと何回言えば…」
「あ、そうだ。マリーは、ジョンと夕食とか来たことはある?」
「ジョン?そりゃあるよ」
「へえ…どういうとこ?」
「え?どういうって…学食だけど」
「ああ、そういう意味か。ふーん、なんだ」
「なんだ、って…学食いいじゃん」
「まあ、悪くはないけど」
「あ…いや、まあ最近正直飽きてたから、今日は今日で楽しみだけど」
「へえ、マリーもそういうこと言うんだ」
「や、別に社交辞令じゃないよ。ていうか社交辞令も言えますけども!」
「んー…そういう意味じゃない」
「?なんか、変だよねリスト」
「あーうん、そうだね。僕もそう思う」
「ふうん…もう本当に、気にしなくていいから、術封じのこととか」
「…うん」
「いつも通りにしてくれれば、こっちも安心する」
「ふうん」
「え、なに、何ニヤニヤしてんの」
「いや、別に?」
なんだこいつ気持ち悪いな。しかし、せっかく持ち直した機嫌をまた悪化させるのはかわいそうなので私は黙っていた。ウェイターが前菜を運んできて、別に作法とかないから、あと喋っていいから、というリストに従って箸を進める。箸じゃないけど。フォークだけど。
食べている私にリストがちょくちょく視線を向けるので、素直な感想を述べる。
「とても美味しいです」
「当然だろ」
「ちょ…リストってさああー!」
「普段通りにしろって言ったのはアンタだよ」
「いや、確かにそうなんだけど…」
学校では相当しょげてたくせに、立ち直りの早いやつだ。溜息をつくが、さっき言ったことは嘘じゃなかった。いつも通りにしてくれた方が安心する。普段通りに、高慢な顔で、他の誰よりスマートに派手に敵を倒して傷一つ追わないのがリストには似合っている。
そういうのって才能だと思うし、才能だけじゃなくて、きっと努力もしているはずだ。そうでなきゃあんなに頻繁に、実戦訓練施設で姿を見かける筈はない。…いや、ただのストレス解消だったり、するかな…まあいっか。アイスティーを飲み込んでから、口を開く。
「リストはさ」
「ん?」
「銃と魔法が似合ってるよ」
「まあね。今日やってみて、僕もそう思った」
「あと、こんなこと言うと怒るかと思って今まで黙ってたんだけどさ…ちょっと私に戦闘スタイルが似てて、親近感を感じていた」
「ふうん…ま、今後もこのスタイルでいくかな」
「うん、それがいいよ」
前菜に添えられた生野菜をたいらげてから顔を上げると、リストは淡く微笑んでいる。細められているアメジストのような瞳まで、柔らかい照明のせいか優しく見える。
いつもそんな顔をしていれば、王子様みたーい、という意見に同意してやらなくもないのに。私の視線に気づいて、なんだよ?と言ったリストはやっぱりいつものリストだった。まあでも、たとえ全然王子様じゃなくても、そのほうがいいのだ。




