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The Chamber Actors  作者: snow
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剣を捨てろ、銃を持て 1




 サンズ王国での任務からはや1週間、私はまた暇を持て余していた。いや、持て余してるってわけじゃないんだけどね。本当はやることあるんだけどね。やることっていうのは、手紙のお返事である。自慢じゃないが私はそんなに筆まめではない。でもこれは書かないと…失礼にあたる気がする…


 そう、手紙はサンズ国王太子からのものだった。ミカイルさんまじ律儀。


 でもさー、何書けばいいの?あんまり書くことないんだけど。どういたしまして、とか、射撃の訓練にいつか付き合います、とかはもう書いた。それでは体に気を付けて、は最後に書く。ううーん。


「よっし、実戦訓練行くか」


 いや、現実逃避ではない!体を動かして…動かして…あっ、手紙には何らかの射撃訓練用のアドバイスを書こう。そういう役立ちそうな情報なら邪魔でもないし、場所もとれるしいいよね。おすすめの教本とかでもいいか。うん、よしそんなかんじで。


 軽くストレッチをしてから銃弾の装填と予備を確認し、私は実戦訓練施設へと向かった。



 いつものようにモンスターの集団を片づけながら、いつもよりも周囲に注意をめぐらせて進む。もちろん、理由はあれだ。キメラが怖いからだ。少しでも警戒音が聞こえたら即逃げる。それに、今日はすでに普段より念入りに脚力への強化魔術をかけている。きれたらすぐきちんとかけなおすつもりだ。戦いながら、あるいは逃げながらかけると、やっぱり集中力が乱れて効果が薄れるのだ。


 これなら多分死なないだろう…多分…


「あ」


 前向きにネガティブなことを考えていると、前方にいつかのように見知った人影が写った。いつかよりもずっと大群のモンスターの攻撃を余裕でかわしながら、一方的な虐殺を繰り広げている。さすが総合成績1位。つまりあれは、残念ながらリスト・シュテインである。デジャビュ。もう帰ろっかなー。キメラ来そうだしなー。


「…?」


 だが、なんか様子がおかしい。いや、別にそうおかしくはないのだけれど…ただ、いつもより派手に殺ってます感が溢れている。いやそれは別に良いんだけれど…そうだ、少しいつものリストに比べれば、スマートさに欠けているような。


 やつは普段、敵の体液を浴びることを非常に嫌うタイプである。だって汚いじゃないか、ということで。まじおぼっちゃんってどうしようもない、と言いたいところだが、モンスターの体液を浴びると毒や麻痺にかかることもあるし、それより強い(その体液のモンスターを餌にしてる)モンスターを引き寄せてしまうこともあるので、なるべく浴びないのが正解だ。


 でも今のリストは、緑っぽい液体にまみれている。ああ、珍しく剣を使っているからだ。

 リストは剣も魔術も銃器も訓練成績はトップクラスだが、基本的に最も自分が汚れにくい、魔術か威力の弱めな拳銃を使って立ち回る。言ったら怒るだろうが、私に戦闘スタイルが似ているのである(私は剣や高威力の拳銃が苦手なだけで、別にリストみたいなスカした理由ではない)。へえー、なんだろう、筋トレ的なあれなのかな?


 違和感を感じて少し立ち止まって眺めていると、リストの訓練は終わった。つまり相手の大群が全滅した。かったるそうに息を吐いてから、リストはこちらにちらりと視線を向ける。


「なに、なんか用なの?」

「用はないけど…今日は剣の日なのかなあって思ってた」

「あー、これね。まあ、ダサいから好きじゃないけどたまには」

「ふうん、珍しいね」

「……なに、僕が剣も使えることに、なんか文句ある?」

「ないです!」


 わあお、なんか機嫌悪いな!とりあえず持ち上げとくか。


「私、剣苦手だから。すごいなと思って」

「ふうん…ま、アンタならそんなもんだろ」

「ハハッ(立ち去ればよかった)」

「ああ…まあ、銃器と攻撃魔術の両方が使えるからまだマシじゃないか?」

「それ、もしかして褒めてる?ならありがとう」

「褒めてるさ。クロムは剣しか使えないし、ジョンは銃器しか使えないし」

「ああ」


 なんだそういうこと?確かに、総合成績はリストがトップでも、近接戦闘、射撃に関してはそれぞれクロムとジョンがトップだ。魔術訓練はフェリスがトップだけれど、これは魔術訓練が総合的な成績を見るから…つまり、攻撃も強化も防御も回復もその他もろもろも、評価に含めるからだ。

 攻撃魔術に限ってはリストがトップな感じがするし、自身の肉体を強化する強化魔術については、これが上手くなければ近接戦闘も射撃も出来る筈がない。まあその辺の細かい実力は私には分からないし、ということはみんな同じようなものなのだろう。


 つまり、魔術に比べて近接と射撃は、明らかに順位による差が分かりやすい。その2つで負けていることがリストには悔しくて、好きでもない剣で戦ってみたりしてるのだろう。

 でも、自分でも言っていたように他の2人はそれぞれに特化しているところがある。総合トップが自分なのはわかっているだろうに、ナイーブなおぼっちゃんである。いや、それだけじゃないか。恋敵問題もあったなそういえば…なるほどなるほど。


「何頷いてんの?」

「いや…リストも大変だなって思って」

「はあ?アンタに何が分かるんだよ…」

「そうですね分かりません!」

「…覆すのが早いよ」


 はあ、と気が抜けたような息を吐いて、使っていた大剣を背に戻し、リストは首を振った。髪についている体液が少し払われる。せっかくの綺麗な金髪が、緑のまだらでドロドロなことに、彼は自分で気づいているのだろう。少し視線を上に向け、うんざりしたような顔をした。いやー、でも自分でやったんですよそれ。


「あーあ…イライラする」

「えっ、ごめん、じゃあもう行」

「アンタじゃないよ」

「(帰ろうと思ったのに)」


 リストは私の立っている木陰までやってくると、座って膝を立てて器用に頬杖をついた。まったく、どんな時でも気取った男である。でもそれがリストの面白いところだ。だから、剣を振り回して敵の体液にまみれて汚れるなんてやり方は、彼には似合わない。そう思いながら、私は隣に座った。つまらなさそうな顔で、リストは遠くを見ながら言う。


「フェリスがさ」

「おっ、なになに?」

「なにワクワクしてるんだよ…」

「第三者にとっては、まあまあ面白い話題なんだよね」

「まあそうだろうけど…はあ」

「いいじゃん。それで?」

「いや、大したことじゃないけど。最近、クロムに優しい」

「え?うん、そりゃあ」

「近接戦闘訓練の時とか、すごい褒めるんだよあの筋肉バカのことを」

「いや…だって最近に限らなくても、フェリスはいつでも優しいし褒めてくれるじゃん」

「それはそうだけど」

「なんで急にやきもちやいてんの?」

「やきもちとか言わないでくれる?」

「だってそうじゃん」

「…」

「まあ…でもまあ仕方ないよね、うん。フェリス可愛いし、誰に対しても愛想良いし、心配にもなるか」

「だろ?」

「いやでもフェリスは君のものじゃないからなー」

「…今はね」

「何その自信、どっからくんの?」

「どっからっていうか、逆に当然だろ」

「おお…通常営業に戻ってきたね」

「は?」

「いや、こっちの話」

「ふうん…あーあ、やっぱ剣はダメだね。汚い。シャワー浴びたい」


 やっぱリストはこうでないと、こっちの調子が狂う。


「だね。拳銃と攻撃魔術って、こう、なかなかスマートな戦い方だと思うよ」

「へえ、アンタもそう思う?」

「思うよ」

「ふふん、分かってんじゃん。ああそういや、アンタもやり方同じか」

「うんまあ(いまさら気付いたのね)」

「汚れるの嫌だよな」

「いや、私の場合はあれだよ、剣も大型拳銃も不得意だから」

「あー、ま、アンタならそんなもんか」

「はいはい」

「ま、今後も頑張ればそれなりになるかもね」

「はいはい…っと」


 普段通りの軽口を吐くリストの言葉を受け流そうとしたとき、ふと音に気付いた。近くに迷い込んでしまったときの警戒音とは違う、それでも独特の探索音。キメラだ。まじかよ。


 2人とも同時に身を翻し、最寄りの脱出路に向けて駆け出す。切れる度にかけなおして、ついさっきもリストと話し始める前にかけていた自分への強化魔術は、十分な効果を発揮していた。驚いたことにリストよりも速い。まあまだキメラは遠いし、強化魔術をリストがかけ直せば同じくらいに…


「あ」

「え?」


 呟きに振り向くと、リストが印を何度も組みなおしている。


「何」

「術封じだ」

「はあっ?!」


 立ち止まり、慌てて異常を解除する印を組む。術封じはやっかいな状態異常で、発動してしまうと一切の術が使えなくなる。そのぶんその異常を受けうる状況も非常に稀で、それにしっかりと効果が出始めるまでにそれなりに時間がかかり、それまでであれば基本的な術や薬ですぐ解除できる。

 そもそもこんな訓練施設でかかるような代物ではないはずだが、その油断で逆に発動まで放置してしまったらしい。発動してしまえば解除するには希少な薬が必要だし、解除魔術の場合は術印が非常に面倒くさいし長い。それをどうにか組み終え、両手をリストに向ける。


「レン・アルツ!」

「ありがと」

「うん、よしさっさと行こう!」

「ああ。…っ!」


 リストの異常を解除してすぐに脱出路に向けて走ろうとしたが、眼前の木々がまとめてなぎ倒され、私たちは即座に真逆に方向転換した。いつの間にか回り込んでいたキメラが背後に迫ってくるが、今日は十分、どちらも相手より速い、はずだ。


「最寄は!?」

「避難ポッド3!使ったことはない!」

「っ…でもそれで!」


 最寄のポッドに向けて走る。見えたのは、4台並ぶ黒色の卵型の物体だ。基本的には1人乗りだが、若干狭いが2人まではいける。1台に私が駆け込んで振り返ると、すぐにリストが同じポッドの座席にすべりこんだ。即座に起動ボタンを叩き押す。黒いシェルターが一瞬で閉まり、外界とこちらを遮断する。このまま地中のルートを通り訓練施設外へ出られる、はずなのだが。


「……あ、あれ?」

「…動かないな」


 魔物避けを施された鋼鉄1枚を隔てた向こうに、キメラの咆哮が、聞こえる。




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