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「いやー、すっかり騙されていました」
「はは、そうですね」
肩をすくめながら言うリストに、ミケイン…改め、ミカイル・サンズ王太子はにこにこと微笑みながら、悪びれもなく答えた。顔を覆う衣装は余裕で外している。影武者と見分けにくくする意味と、ゆったりした伝統衣装の下に防弾服をいつもより多めに着込む意味があったらしい。あれは本当は暑くて嫌いなんですよねー、なんて笑顔で言っていた。そういや、ノキア先生が王太子やり手でムカつくとか言ってたわ。確かに、やり手のようだ。
「敵をだますにはまず味方からと言いますしね。それに、自分を餌にする計画っていうのは、ほぼあなた方を餌にする計画なので、言いだしづらくて」
「…別に、それは構いません」
「そうですね。まさかあんなに強いとは…セント・エトワールとはいえソレイユでなく候補生なので、万が一のこともあるかと思っていました」
「あっても依頼内のことなら、文句は言いません」
クロムの言葉にミカイルは苦笑した。まあ気持ちも分かるけど、本当のことだ。こう見えてもあのセント・エトワール生なのですよ。私は黙って美味しい料理に舌鼓を打ち続ける。
私たちの働きに感銘を覚えた(らしい。ほんとか?)ミカイルが教えてくれた内容によると、事の顛末はこうだった。
一月前からずっと影武者を立ててみる。同時に、少し無防備になる自分の周辺はソレイユで護衛する。しかし影武者を立ててからぱったりと動きが無く、それで相手は影武者のことを、つまりミカイルの動きをよく知っている人物だということが分かった。それが彼の異母兄だろうと思われた。そんな彼を断罪するためには人前で一気に本人を叩く必要があり、わざわざパレードでめちゃくちゃ自分が無防備な計画をたててみた、らしい。
もっともらしく説明しているが、恐らく初めから異母兄が怪しいことはわかっていたのだろう。護衛も、恐らく信頼できる者が少なかったのだ。
王太子と言うのも大変だ、という私の考えは全く間違っていなかった。私たちが警護していた寝室は影武者が控えていただけで、ミカイル本人は忙しくてあんまり寝ていなかったらしい。まじで大変だ。
「食事はいかがですか?」
「とっても美味しいですっ」
「喜んでもらえて光栄です。政情も安定しましたし、支払いも上乗せします」
「わあー、ありがとうございます」
ミカイルの言葉に、隣に座っていたフェリスがにっこりと笑いながら言う。マジ天使。私もこくこくと頷いた。特に後半の発言、ノキア先生からの評定がうなぎ上りなこと間違いなしだ。めでたい。
「あなた方の姿を見て、私ももっと頑張ろうと思いましたよ」
「ええー、本当ですか?」
「はい。守られているだけは性に合いませんでした」
いや、パレードの日以外全然守られてなかったよね。そう突っ込みたかったが私は黙っていた。相手は王太子、王太子だ…突っ込んだら負けだ…仮にツッコミ待ちだとしてもスルーするんだ…心を無にしながら料理に集中していると、ふとミカイルがこちらに視線を向ける。
「射撃の訓練は良さそうですね」
「へ?ああ…そうですね。あ、でも訓練を積めば、銃弾への防御面は剣の方が優れていますよ」
「そうですけれどね。守りは性に合わないんです」
「なるほど」
「機会があればぜひ訓練に付き合ってください」
「はい、勿論かまいません」
頷くと、フェリスも瞳を輝かせながら、私も教えてほしいなっ、と弾んだ声で言う。
「うん!もちろんフェリスにも…あっ」
「え?」
「いや、2人ともジョンに教わった方がずっといいです。彼は私よりずっと腕がいいので」
「ああー、そっかあ、じゃあそうしましょっか」
「うん」
楽しみだー、というフェリスに、ジョンは相変わらずテンパった様子で、え、俺でいいの?なんて言っている。うんうん良いんだよ、キミもすっごく頑張ったしさ…ご褒美っていうかさ…。良いことをした気になってへらりと笑うと、フェリスもにこにこと笑顔になる。それを、ミカイル王太子が微笑ましげな微笑を浮かべて眺めていた。…はっ!これは
「(そのうち恋敵が増えるかもしれないな…どんまい、リストにクロムにジョン…)」
そして、1か月の依頼を終え、私たちは学園へと戻った。帰り際にミカイルは何度も、次にまたこんな機会があればぜひあなた方に頼みたいです、と言ってくれていた。気持ちは嬉しいがそれを決めるのは上の役割だし、そもそもこんな機会はもうないほうがいい。落ち着けミカイル。
***
「久しぶりの涼しさ!」
「適度な湿度!」
セント・エトワールってまじでいい国だね!私は思い切り空気を吸い込んだ。隣でジョンも同じことをしていて、リストはこれだから愚民って…という顔をしている。もう慣れたわ。ふふん。
「…涼しいな」
「そうだねー」
クロムの呟きに、フェリスがうんうんと頷いた。帰りの飛行機では、フェリスはやけにクロムに構ってあげていたように思う。向こうにいた間、ツーマンセルの関係で中々話せなかったからだろう。こういう、細やかな気配りが出来るのもフェリスのすごいところだ。私が男なら惚れ…ても無理か…あっこれじゃ間接的にジョンの可能性を否定した感じになる。いかんいかん。
ふるふると首を振っていると、ジョンが怪訝そうな視線を向けた。
「何してんだよ」
「いや、なんでもない…頑張ろう、頑張ろうねジョン」
「お、おお…任務終わったぞ?」
もしも相手に王子が加わったらますます勝ち目がないな…と思いながらも、私は一応ジョンの幸せを祈った。




