嘘つき王子のパレード 1
きらびやかなファンファーレ。パレード車の両脇からまかれる銀色の紙ふぶき。掃除が大変そうだ、と思いながら私は紙ふぶきを眺めていた。今日はついに、王太子の生誕パレード当日だ。
王太子の乗るパレード車は、普通の車では全くない。そもそも、車型ではなく円形をしている。上側には王太子の立つ舞台があって、下も同じ形の部屋のような空間だ。周囲はガラスもはっていないただの鉄枠なので全方位を見張ることが出来るが、上にだけは屋根があるので上で事が起きるとやや面倒くさい。
しかし、上の舞台の周りはきちんと防弾・耐魔術・耐衝撃の強化ガラスでおおわれている。私たちが下に乗せられているのは、王太子の防衛は強化ガラスで十分なのでそれよりも敵を殲滅することを優先した計画だからなのだろう。いや特にそこまで説明とかはないんだけど。多分。
政情不安と言う情報からうっすら想像していた通り、暗殺を企てているのは国内勢力らしい。なので出来れば情報収集のため、敵は殺すのではなく生かしてくれと言われた。これは、今日が初めての指示である。あらかじめ言ってくれれば、これまで殺してしまった暗殺者も多分生かしておいたのになあ、と思う。まあいいか。
「あと10分で、中央広場ですね…ここが一番危険です」
ミケインの声に、私は意識をほんの少しだけ室内に向けて頷いた。ミケインはこの部屋のほぼ中央で、常時モニタに向かい何かを確認している。恐らく、この車の進行状況だろう。今日も彼は、顔を覆う伝統的な衣服を身に着けていた。別に人前には出ないのに、真面目なことだ。
10分後、件の中央広場に差し掛かった時点で、すぐに異変を感じた。
「…うわ、すごい見られてる」
「…そうだな」
「100…120…いや、もう少しいるか?」
「ふうん、結構手が込んでるな」
「防衛魔術、かけておくね」
フェリスの言葉に、私も頷いて防衛魔術を施した。面倒くさいし疲れるが、それを補って余りある効果的な魔術なのだ。それから、全員が自身に強化魔術や防御魔術を掛けて戦闘に備える。
リストとジョンは銃を抜き、クロムは剣を抜く。銃器に比べて剣は遠隔攻撃が出来ないという難点はあるが、使いこなせれば銃器よりも威力はあるし、より多くの銃弾をはじくことができる。まあそうとう出来ないと無理だけど。私は一応ホルスターから拳銃を抜き、深呼吸をした。フェリスは魔術のためか、印を組んでいる。彼女は後衛…いや、防御か回復、補助向きだろう。
「……」
「来るな」
「きた」
誰かが言うと同時に、四方八方から銃弾が飛んできた。すべて防衛魔術で防がれるが、それを通過してきた――恐らく何か仕掛けの施してある特殊な数弾は、叩き落とすか撃ち落すかで対処できた。攻撃してきた人間たち以外の悲鳴が聞こえる。その向こうから怒号を上げ、兵が駆け出してくる。
「いいね、向かってきた」
笑みを浮かべて、リストが印を組み始めた。確かに、逃げられて被害を広げられるよりずっといい。向かってくる兵が少しずつ少なくなっているのは、私とジョンが足元を狙って無力化しているから。それでもまだ…四方八方から、80はいる。
「アヴァ・ランシュ!」
最も近い一団に手を向けて、リストが声を上げた。冷気が彼らを覆い、端から凍らせて動きを奪っていく。私も同じ印を組む。防衛魔法直後とはいえ、そろそろ使えるだろう。
とんできた銃弾を、目の前でクロムが切り落とす。その陰から飛び出して、リストと同様に敵の密集地帯に手を向ける。
「アヴァ・ランシュ」
冷気が敵を固めるが、やっぱりちょっと威力が足りないか。それでも、まともに動ける敵の数は30に満たなくなった。相手に動揺が走るが、逃がすわけには行かない。
浮足立っている相手を、クロムが剣を構えて追撃した。逃げそうな相手はジョンは少しだけ射程の長い、バレルの長い拳銃に持ち替えながら走り出し次々と撃っていく。リストは楽しそうに手から氷球を繰り出し、相手を追い回す。
あっ、これ、余裕だわ。
そう気づいて私は室内へと戻り、ミケインの傍らに立った。フェリスも部屋の中央付近で、外の戦いに目をやっている。彼女が居れば、もし仮に負傷者が出てもすぐ回復できるだろう。
「ミケインさん、大丈夫ですか?」
「ええ。かすり傷一つ、ありません」
「了解。上は?」
「上もです。襲撃を受けたらすぐに、シェルターが閉じることになっていました」
「そうですか」
「いえ…思ったより相手が無能でした」
「はは、確かに…」
苦笑した瞬間、空気を割く音に私はミケインを床に引き倒した。頭上を、大型の弾丸がかすめる。
「やばっ…防衛突破できる弾丸だ」
「えええ!?」
「フェリス、もっと姿勢を低く。ミケインも」
言いながら拳銃を構える。同時に左手で印を組んだ。火球だと爆発の危険があるから、一応、氷系の魔術にしよう…アヴァ・ランシュよりはもうちょっと楽な…うん、グ・ラースでいこう。これで同時に2発まで対応できる。
しかし、その2発はすぐに連射でやってきた。一方向からだから相手は1人のようだが、床に伏せている私たちを狙えている。
「ジョン!上の方にいる!」
どうにか銃弾を打ち落とし、私は声を張り上げた。聞こえてるのか分からないが、今ここを離れるのは危険だ。聞こえてなかったらどうしよう、と一抹の不安を覚える前に、ジョンの声が聞こえる。
「視認した!」
顔をあげると、バレルの長い特大口径の拳銃を構えてジョンが狙いをつけている。いや、いくら射程があるって言ってもそれは拳じゅ…
ばすん!と大きめな音がして、ジョンが少し反動で後ずさる。彼は完全に無防備だったが、どうやら上からの狙撃手以外はすべて無力化されているようだった。ジョンが視線の先を見ながら軽くうなずく。
「よし、クリア」
「はああーーーー良かった!当たらないかと思った!」
「は?当たるよ」
「だって拳銃じゃん」
「そんな遠くはなかった」
「そう…まあ君にとってはね…まあいいか」
溜息をつきながら立ち上がる。座り込んだままのミケインと、それからフェリスに手を伸ばした。
「クリアだって」
「う、うん」
「そうですか…では、外へ出ます」
「え?どうしてですか」
外では、無力化されたテロリストたちを兵が縛り上げている。もう危険はほぼないと思うけど、なんでわざわざ。首を傾げる私に、ミケインは少し笑ったようだった。いや、見えないんだけどね。布で。
「けじめをつけなくてはなりませんからね」
しばりあげられた男たちがどんどん目の前に連れてこられるのを、ミケインは眺めている。私たちもその後ろに整列していた。他にやることがないからである。あ、あと一応護衛だしね。連行されてきた男たちの中の一人、赤い衣装に身を包んだ男を見ると、ミケインはおもむろにその男に近づいて顔の布を取り払った。
周囲の兵にざわめきが広がる。誰なのこれ?と思う私にこたえるかのように、ミケインがため息をついて言った。
「やはり貴方だったんですね…兄上」




