ある日のセント・エトワール 1
『…目標を視認。そっちは』
『OK。いつでもどうぞ』
『いきます。…3…2…1…go!』
同時にとびかかる。目線の先には黒い――影。
「捕獲しました!」
「いえーい!」
「ぎゃーひっかくな暴れるな!待って!やめて!」
「な、投げるな投げるな依頼品だよ!?」
「え、ちょ、も、ぎゃああああ」
「ジョーーーーン!」
***
セント・エトワール国立傭兵学園。国名であるセント・エトワールの名を冠したそこは、国で有数のエリート学校である。
元々は、戦乱の時代に国軍を育成してきた施設が、戦乱の時代を経てある程度の平穏が得られた今、傭兵学校と名を改めて存在している。改められた名の通り、傭兵を育成し、さらに卒業生を各国の紛争やトラブルの仲裁、様々な依頼に応えて派遣する。そう言う意味ではただの学校ではない。学校兼傭兵業者か。この学園の存在で、セント・エトワールは小さい島国ながら周りの国に一目置かれている。
へえー、かっこいい。
エリート傭兵なんて、ちょーかっこいい。
うん、そう思っていた時期が私にもありました。しかし現実は甘くない。
「先生…目標、確保してきました」
「おつ。ジョンは?」
「猫なんてこの先10年は見たくない、とかなんとか言ってひきこもりました」
「まじかよ」
「まじです」
「こんなに綺麗なのにな」
「いや先生がそう言ってられるのは、私たちが彼を籠に閉じ込め…いや、保護してるからです」
「ご苦労さん。依頼人まだ依頼室にいるよ、相変わらず仕事速いな」
「ありがとうございます」
おお、褒められました。でもさー。こう、私たちは確かにモブ顔ですが、こう見えて天下のセント・エトワール生だよ?猫を捕まえるなんて朝飯前…ではなかったなそういえば!ジョンなんてトラウマになってるもんな。でもそう時間はかかりませんよ。口には出さずに、先生のあとに続く。
ノキア先生は、私たちの戦闘実技授業を担当している。いつも割と適当な物言いだが、20代と言う若さでこの学校の講師になったのだから腕は相当に確かなスーパーエリート。濃い藍色の長髪と青い瞳で、顔も非常に良いが独身だ。きっと性格に難が…あ、いや失礼。彼の授業ではこのように、学生にでも任せられそうな依頼を下ろしてくることもある。
まあ、依頼人がいる間に戻ってこれたし、評定はA+だろう。あとで慰めてやんなきゃな。
そう私がジョンに思いを馳せている間に、依頼室に辿り着いた。依頼室はいつもどおり、眼医者の待合室のような様相を呈している。つまり混んでる。
その中を悠然と進み、ノキア先生は紫色の巨大な物体…紫のドレスを纏った肉感的なレディの前に立ち止まった。レディはノキア先生が差し出した籠の中の黒い美しい猫に目を止め、両手を大きく広げた。猫は籠の中でフーフー言っている。な、なんだろう…依頼を達成したはずなのにこの罪悪感…!
「あああ、私のヴィクトールちゃん!まあああああ良かったザマス!もう私、心配で心配で…!」
「こちらで依頼は完遂となります」
「ありがとうザマス!さすがはソレイユの方々!」
「いえいえ。残りの代金はあちらでお支払いください」
「ええ、ええ!お早かったし、色を付けて差し上げるザマス!」
「それはありがたい。マダム」
そう言いながら、ノキア先生はレディを支払いカウンターへ誘導する。私が敬礼を取るとあちらも小さく返してくれた。帰っていいということだろう。
「まだ、ソレイユじゃないんですけどねえ」
ソレイユと言うのは、この学校の卒業生を指す。つまり正規の傭兵で、私たちはソレイユ候補生と呼ばれる立場だ。はっきり言ってレベルが違う。私とジョンを雇うのにはソレイユほどお金はかからないはずだ。勝手に勘違いされたとはいえ、ぼったくりである。
「まーいっか…しかしあの猫、ヴィクトールっていうのか…けったいな名前だわ」
呟きながら、私は寮へ続く廊下へと足を向けた。