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 開演の二十分ほど前に、会場に着く。周囲を見回すと、若い女の子ばかりで戸惑ってしまう。大抵は若い女性のグループか、カップルが多い。とは言え、大輔と連れ立っている彩は、傍から見たらカップルに見えるのだろう。

 貴樹が置いて行ったチケットは、二枚あった。貴樹の置き手紙にあった希望通りに大輔を誘ったところ、そんなのは知らんと言いながらも付き合ってくれた。

 こういう場所に来るのは、初めてだった。

 流行の音楽にほとんど興味はなかった。街中で耳にする音楽を知らずに覚えたりすることはあるが、それだけのことだ。今、どんな音楽が流行っているのかも、実はよく知らない。基本的にテレビを見るということをほとんどしないから、自然にそういった情報には疎くなる。

 そもそも、慣れていないからやりにくい。まず、こういう場所に何を着ていけばいいのかというところで、悩んで蹴躓いてしまったのだから始末に負えない。

 あれこれ悩んだ挙げ句、仕事帰りの無難な服装だ。周囲には華やかな色合いの服を来た女性も多く、そのことにも驚いてしまう。

 まごつきながら会場内に入り、客席へと移動したものの、勝手がわからない。チケットに記載されている座席に行けばいいのだろうが、その場所が今ひとつ把握できない。チケットを持って案内板を探してうろうろしていると、案内係らしき女性が近づいてきて、そこまで誘導してくれた。

 お礼を言ってそこに腰を下ろし、大輔とは逆隣の空席に溜め息をついた。

 会場内の席はほとんど埋まっている。きっと、ここに貴樹が来るつもりなのだろう、と思う。開演までには行く、ということだったから、ギリギリに来るのかもしれない。

 座ったまま、ぐるりと首を廻らせて会場を見回す。見た限り、かなり大きな会場のようだった。さっき、ちらりと見た案内図に書かれていた収容人数は五千人ほどの人数が書いてあった気がする。何と言うか、見当もつかない。

 そんな会場で彩たちが案内されたのはかなり前の方の座席で、ステージの上のセットや、そこで準備のために走り回っているスタッフの姿がはっきりと見えている。ここまで大きい会場だと、後ろの方からはステージの上の人間など豆粒くらいにしか見えないのでは、と思いながら、彩は前方のステージへと視線を戻す。

 貴樹が置いて行ったチケット。何のステージなのかもよくわからなかったし、興味もなかったから、普段だったら行かなかったはずだ。だけど、貴樹がくれたのだから意味があるのかもしれない、そう思ってしまった。

 この前は頭に来ていたから、いろいろ文句を言ってしまったけれど、彩は貴樹と別れたいと思ってはいない。ただ、もう少し話をして欲しい。貴樹のことを知りたい。そう思っているだけなのだ。

 それでも、今の彩は貴樹を信じられる。以前よりも、距離が近くなったからだ。それは、ようやく一線を越えたから、というのもあるだろう。

「……遅いな」

 開演は六時半。チケットには、そう記載されている、自分の腕時計で時刻を確認すると、既に四十分近くだ。だが、隣の空席に誰かが来る気配はない。

「ねえ、大輔は知ってるの? そのー……曲とか」

「……俺に聞くなよ。知らん。アニソン歌ってる奴じゃなければ、聞くこともあまりないからな。でも、あいつがくれたんなら、何か意味があるんだろ。来たら聞けばいいじゃん」

 確かに、そうだ。

 このチケットをくれたことの意味は、本人に聞けばいい。

 振り返って、ほぼ満席になっているように思える会場を見回す。既に開演予定時刻を過ぎているため、立っている人数はまばらだ。慌てて入ってきて席を探している人影がいるが、そこに見知った顔は見当たらない。

 小さく溜め息をついて、ステージに視線を戻す。これから始まるものをよく知らないというのに、何も聞かずに見ろと言うのか、と、思わなくもないが、開演には絶対に行くと手紙には書いてあったのだから、もうすぐ来るのだろう。

 その、瞬間。

 客席の電気が消えた。

 一瞬、周囲を支配していたざわめきがなくなり、その直後にそれは歓声に変わる。

 そして、フェイド・インして来るSEと、秒針の音が刻むカウント・ダウン。

 流れる音楽に導かれるようにステージ上に人影が現れて、それぞれの所定の位置と思われる場所にスタンバイする。カウント・ダウンの声は徐々にボリュームを上げ、やがて、10を切った。

 そのまま、SEが聞き取れないほどに低くなって行き。

 カウントを刻む、声だけが残る。

 5。

 4。

 3。

 2。

 1。

 0。

「Wellcome to REAL MODE!!」

 そう叫んだ声を合図にして、爆発するような勢いで音楽が始まる。

 ひときわ高い歓声が、上がる。そして、ステージ中央に組まれたセットから、打ち上げ花火のようにひとつの人影が飛び出してきた。

「俺の歌を、聴けええええ!!」

 黒一色の衣装。あちこちできらめくシルバーのアクセサリーが動きを持ち、頭上から照らされるライトを浴びて乱反射する。

「貴樹ーっ!!」

 誰かが、感極まって叫ぶ、声。

「は……? え、何、これ……」

 眩暈がする。彩はゆるくかぶりを振って、ステージを見据えた。思わず、隣にいる大輔の腕を掴む。大輔はぽかんとしてステージを見やり、それから、「ああ、なるほど」と言ってうなずいた。

「……そういうこと、か。やっとわかった」

 大輔が何に納得しているのかはわからなかった。そんなことよりも、自分の見ているものが、信じられなかった。

 何故ならば。

 そのステージの上で、周囲にいる全ての人の歓声を浴びて立っている、その人影こそ。

 東城貴樹、だったのだから。


想定している会場は、東京国際フォーラム。キャパは約5,000人ほどのはず。

「俺の歌を聴け!」は、まあ、お遊びです(笑)。



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