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肝っ玉お嬢様奮闘記  作者: 相神 透
不本意な王宮生活
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5-2

 準男爵カイル=アストリウスの娘としての今までの私の生活は、正式な世襲の貴族ほど堅苦しくはなく、しかし生活に不自由することは殆どないと言うものだった。父の爵位が一代限りだったとはいえ、生活には困らない、いやどちらかと言うと裕福な暮らしであったし、私には治癒者として生きていく希望が有ったから継ぐべき家がないのは寧ろ好都合だった。治癒術がだめなら母の実家で商売の手伝いをするなど、生きていくのに困ることはなかっただろう。そして、貴族同士の付き合いの煩わしさなどは、殆ど関係のない、遠い世界の話だった。

 父の同僚の魔術師がたまに家に遊びに来ることは有ったが、たとえその人が貴族であったのだとしても、貴族の位階にあわせての儀礼的な挨拶をする必要はなかった。父が招く同僚は皆、貴族の位階にこだわらない人間ばかりで、私を紹介する時も、わざわざ爵位を聞かされたことすらなかった。


 ……そんな、今やすっかり慣れてしまっていた日常は、実は結構恵まれたものだったのかもしれないと、自分が置かれつつある今の立場──なぜか王女の友人として王宮に部屋まで与えられて、一緒に勉強ができる代わりに王女と同様、自由に王城の外を散策したりは出来ない──と比べてため息がつきたくなる。


 ──なんとかならないものかしら。


 心の中で大きなため息をつきながら、父との会話を思い出す。パーティの翌日の午後、王宮に与えられた私の居室に父が訪ねてきたのだ。


◆ ◆


 午前中の歴史と神話の講義が済み、シア様とエリスと三人で昼食を取った後、お姫様たちはそれぞれの部屋でお昼寝をしている。二人とも講義中も舟を漕いでたけど、よほど眠かったのだろう。


そして、王宮内の私の居室に、父がようやく訪ねてきた。パーティではほとんど話してないので、話をするのは二日ぶりくらいになる。父は王宮で仕事をしていて、すぐ傍にいるのだから、もっと早く顔を見せに来ても良さそうなものだと思う。


 父は笑顔を浮かべてはいたものの、少し疲れた様子で部屋に入ってきた。そんな疲れた様子をみれば、いつもの私なら気遣うのだけれども、何の状況もわからないままに置き去りにされたのだから、少し怒ってもいいと思うのだ。たとえ置き去りにした場所は王宮で、誰もが親切だし、いつもより柔らかで大きなベッドで眠れたとはいえ、六歳の娘の父の所業としては許しがたい。


「それで、これってどういうことなの? お父様」


 ともすると不機嫌すぎる声になりそうなの堪えて父に呼び掛ける。抑えた声にも怒りがにじむ。マーヤとしての体の成長によるものなのか、最近とみに感情の制御が難しくなってきた。


「マ、マーヤ、ごめんよ。いきなりこんなことになって寂しかっただろう。サーヤもすぐに王宮に来るから……」


 父が焦っているのか、説明を飛ばして私をなだめにかかっている。前世の夫も娘の勘気にはオドオドしていた気がする。このまま喚き出したくなる感情は、父の疲れた様子を見て何とか抑える。


「シア様の学友ってどういうこと?」


 曖昧に聞かず、一つ一つ問い詰める方がよさそうだ。口調がきついのは押さえようがないのでしょうがない。


「シア様? ああエルファシア殿下か。もともと昔から殿下のご学友としてマーヤをどうかと言う話は有ったんだよ。ほら、以前三歳のころに王宮に連れてきたことが有るだろう。マーヤはあの頃からシッカリと話せていたし、あの時対応してくれた宮廷魔術師団の団長の娘さんが今、殿下の教育係をされているから、彼女の推薦もあったらしい。それでパーティのついでに顔合わせをしようという事になったんだ。もう、仲良くなれたかい?」


 私が感情を押さえて話していると露骨にホッとして流暢に話しだす。少しいらっとするのだけれでも、不満そうにしたらまた話が進まなさそうだから、我慢して感情を抑える。


「シア様とは仲良くなったけど、だったらもっと前からちゃんとお話ししてくれればいいのに」


「ああ、先ずは顔合わせ──知り合って貰うだけのつもりだったんだよ。もちろん、昨夜は一旦連れて帰る予定だったし、ご学友の話もひと月くらいかけて決めるはずだったんだ。じゃなければサーヤがマーヤを置いて先に帰るわけないだろ?」


 そう、それが不思議なのだ。母はふわふわおっとりしている部分はあるが、娘を放り出して帰宅するような人ではない。


「家に残した双子の面倒があるので、君のことを僕に任してサーヤが帰った後にね、今度貰ってしまった新領地で騒乱が起きた」


 父の続ける話が意外な方向に動いた。確かに準男爵というのはちょっとした年金のつく名誉職にすぎないけれど、男爵となれば小さいながらも領地が与えられるはずで、その土地を治める責任も付いてくる。


「騒乱?」


 話を続けながら、父は私を抱き上げて部屋に備えられたソファーに座る。私のは父の膝の上だ。


「ああ、領地を荒らしまわる悪い奴らがたくさんいるってことだ」


 騒乱の意味が分からなかっと思われたらしい。


「誰がそんなことしてるの? 」


「領主が新しくなるとね、良くあることらしい。」


 どういうことなのか、かみ砕いて教えてくれた。領主が交代する時は、多くは前の領主の家が絶えたり、父のように新たな領地を賜ったりの場合で、まだ領の支配を確立しておらず、しかも経験の浅い新領主は盗賊にとっては格好の標的なのだそうだ。


「上手く締めないとね、他の地域から盗賊がやってきたりするからね」


 それは大変だ。それが領主の仕事とはいえ新任には荷が重くないのだろうか、とはいえ話がそれすぎている気がする。


「それで、なんで私は王宮に泊まることになったの?」


 問題はそこなので追及すると、父の両眉がハの字に垂れ下がり、幾分肩を落としたように見えた。


「今日にでも領地に向かおうと思っていてね、今までかかって引き継ぎをやってたんだ。それでお前を誰かに連れて帰ってもらおうと思ってたんだけど、王太子殿下が、私がいない間の私の家族を安全を王宮で守るって言い出してね、どうせすぐこちらに来るんだから、そのままエルファシア殿下の傍にいればいいって聞かなくてね。その話し合いが終わったときには夜中で、マーヤは寝ちゃってたんだ。御免よ」


 父の手が優しく私の頭を撫でると、それだけで私への労りが感じられて、気持ちが落ち着く。それにしても、何で私の処遇に王太子殿下がでてくるんだろ。王太子殿下と直接お話はしてないはず。


「王女殿下がマーヤにすっかり気を許した様子なのが気に入ったらしい。それにサーヤも王太子妃殿下には気に入られてるしね」


 そう。そのことも聞きたかったんだ。


「お母様と妃殿下は何で知り合いなの? どこで?」


 と聞くと父はちょっと困った顔で少し悩んだ様子だったが、私を抱き抱えて、声を落として囁くように言った。


「王太子殿下とは、私は実は長い──十年来の付き合いなんだ。それで色々あって、サーヤと結婚するときには祝ったりもしていただいている」


 男爵位を受けたのも、その「色々」の付けが回ってきて、断れなかったんだよと、父は肩をすくめた。


「お父様は、爵位に興味なさそうだったのに、領主になったらちゃんとやるのね。」


 勿論、領地の人の生活考えたら当たり前なんだけど、称号にこだわっていなかった父にとっては面倒じゃないんだろうか。


「他の土地ならともかく、あそこは生まれ故郷だし、お前のお祖父様もまだ住んでいるからね」


 そういえば父の新しい領地については何も知らなかった。父の故郷にあたるところだったとはちょっと驚きだ。祖父は時々、ふらりとライラを訪ねて王都までやって来るので何度か会ったことがある。ライラのように年齢を全く感じさせないわけではなく、年相応の年輪が顔のしわとなって刻まれてはいるものの、姿勢や動作には老いを全く感じさせない元気な壮年である。私たち姉弟に話すときは満面の笑顔で顔のしわが一層深くなり、甘やかしてくれる。弟妹より私を甘やかすのはお祖父様だけだ。


「お祖父様がいるところなの? 騒乱があるって大丈夫なの?」


 祖父も父と同様、精霊魔術が使えるが、たった一人では不安だ。


「大丈夫だよ、あのじ、いやお祖父様は力のある魔術師だし、騒乱の間は王都に避難するかもともいっていたからね」


 今ジジイって……まあ良いか。避難してくるなら安心かな。ライラのところにいるのかもしれない。なんて考えてると治療院に行きたくなってきた。


「私は、次はいつ治療院に行けるかわかる?」


「王都もすこし騒がしいから、僕が帰ってきてからだね」


 ──それまでは六歳児と一緒にお勉強かあ。さすがに退屈するかも。


「今の騒乱が収まったら、みんなで領地にも行こうね」


 父はそう言って、もう一度私の頭をやさしく撫でてくれた後、お母さんによろしくねと言い残して領地へと旅立ってしまった。


◆ ◆


 私が物思いにふけってる同じ部屋では、シア様とエリスが魔術の講義を受けている。まだ午前中だからなのか、講義内容が魔術だからなのか、二人とも舟をこがずにきちんと話を聞いているようだ。


 魔魂を持たない私には無意味な講義なので、この国の地理に関する本を読んでいる。私は知らなかったのだけど、地理や地図は国の機密情報で、限られた人だけに明かされるものらしい。血生臭い話だけど他国に軍事的に利用されない様に、だそうだ。そういえば前世の学校で学んだ地図記号は軍が地形を把握するために作った、なんて話を聞いたことを思い出した。昔見た地図が随分大雑把だったのは、そんな理由だったのかも。


 それはともかく、私が今読んでいるのは父の新領地周辺の地理だ。この国の北の端と言えるところに有って、冬は大雪が積もり、夏も農作物の収穫に苦労する土地柄のようだ。辺境に位置するため、国の中心部では数が少なくなった大型の魔獣が生息し、その毛皮や角、爪は南の帝国にまで売られていく名産品なのだそうだ。


 魔獣。これも本によると、大人の男性の身長の二倍もあるようなオオカミや、見上げるような大きさの熊なんかがいるらしい。魔術があって、前世では不可思議だったことがいろいろ実際に起きてしまう世界なのだから、魔獣がいても不思議ではない。


 ──まあでも、会いたいとは思わないわね。


 ただ、そんなところに赴いた父の無事な帰還を祈るのみである。

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