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肝っ玉お嬢様奮闘記  作者: 相神 透
不本意な王宮生活
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5-1

 およそ一千年前、人類がこの世界で作り上げた文明社会が、一旦崩壊したらしい。理由は疫病であるとか、魔術の暴発であるとか、神の怒りが都市を破壊したからとか、様々なことが語られているが、今やすべては不確かだ。最大の魔術組織である、三大クランの一つアルカディアには伝承の形で様々な言い伝えが残っているらしいが、その伝承はあまり表に出ることはなく、しかも正確性に疑義が残るものらしい。


 なぜ歴史にそんな大きな空白ができたのか、その理由は意外にも明確に残っている。


 「およそ九百五十年前、文明崩壊のあとに多数の国同士が争い、戦争が絶えず、辺境の人々は魔物の脅威にさらされ続ける状況だったとき、平和と調和を訴えて多くの人々の支持をえたコミントと言う集団がいました。彼らは戦争で困窮した多くの人々に不戦を訴えて、そのことによりたくさんの支持を得たのです。その時はまだ残っていた崩壊前からの技術により、コミントの考え方は一夜で世界中に発信されたと言います」


 この話をしてくれているのは、エルファシア王女の家庭教師のルーリアさん。テンドゥラス伯爵家の遠縁で王宮の王国史編纂などにもかかわる才女だそうだ。今はシア様、エリス、私といっしょにテーブルを囲み、優雅にお茶を飲みながら、ルーリアさんの歴史の講義を聞いている。


 「コミントは各国の支配者に疎まれながらも勢力を伸ばし、ある日突然一斉に蜂起したのです」


 このあたりはライラにも教わっていて、復習なのだがいろいろ考えさせられる歴史の部分だ。


 講義は続く。


 「圧倒的な民衆の支持と多くの兵士を味方につけたコミントが、平和と調和の旗印のもとに各国の支配者を排除し、人類社会を統一するまでは数年で終わったと言います」


 ──ここまではなんだか理想的な社会のようなのだけれどね。


 「コミントは貧しい人や戦争難民への食糧配給を行い、荒れた土地をみんなで耕すようにと都市に集まった人を農地に返しました。そしてお金を巡っての争いが起きないようにとコミントが媒介する物々交換で流通させ始めました。戦争で疲弊し、子供が飢え死にしていた状況はそれで一変し、人々には十分な食料がいきわたり始め、魔物にも立ち向かう力が戻ってきました。コミントは人と武器を集めて辺境の警備をし、人は素朴だけれども平和な生活を享受できるようになりました。しかしこのあと、コミントが彼らの理想を求めて暴走します。とはいえ緩やかな変化でしたので人々が気付いたときには、遅かったと言います。

 コミントは10年以上かけて、人々から土地の所有権を奪い、武器の使用権を奪い、金銭での物の売買を禁じそして最後に、教育を禁じました。

 戦争は土地やお金の奪い合いだし、武器をなくして、そしてそれを開発するような技術もなくしてしまえば、もう二度と戦争は起きない、それが彼らの言い分でした。

 その意見に賛同する人もいたのですが、反対し憤る人もたくさんいました。しかし、何時の間にか武器を独占していたコミントは反対勢力を押し切り、恐ろしいことに知識人を殺害し、叡智が記録された多数の書籍を焼いたと言われています。

そしてそこから、白痴の百年間と呼ばれる時代が続きます」


 百年間で人類文明の基盤は徹底的に破壊されてしまった。それが歴史の空白の理由なのだ。とはいえそれも永遠には続かず、現在のようにある程度文化が発達するに至るのだが、今に至る文明の萌芽になったといわれるのが──


 「神々の降臨とコミントの終焉については、次にしましょう」


 ルーリアさんがそう言い、今日の午前の講義は終わった。


 口頭で流れるように話してくれる内容はとても興味深かったのだけれども、六歳児に適当なものかといえばそうではなく、案の定エリスは上の空だし、シア様ですら難しい顔をしていて終わったことに明らかにホッとしている。以前ライラに聞いた内容を、書き留めていたものが有るはずなので、持って来よう。


 ──自由に帰られれば、の話なんだけどね。


 シア様主催のパーティから一夜明けて、私がシア様の部屋で一緒に講義をうけているのは、私のちょっとした認識違いが原因だった。


 昨日、王太子妃殿下から「エルファシアのお友達になってね」と言われて、軽い気持ちで承諾したのだけれども、そのお友達とは「ご学友」とか「レディスコンパニオン」などと呼ばれるものだったらしく、つまりは当分の間、私はシア様とお勉強を一緒にさせていただく、だけではなくて王宮の王女の部屋の近くに一部屋与えてもらって、そこに暮らしながらさまざまな事を分かち合っていくことを期待されているのだ。エリスも同様だが、彼女はすでにほぼそう言った生活をしていたらしく、王宮の部屋も数年前から用意されていたらしい。


 ──聞いてないよぉ。治療院のお仕事どうしよう。


 昨夜のパーティが終わった時には私の部屋はきれいに整えられていて、城下に帰るなどととても言い出せるものではなかった。シア様と一緒にいるのは楽しいのだが、治療院や城下で得られる知識や刺激は手放しがたい。


 ──それに、貴族の令嬢として生きていくのって、私の柄じゃないと思うんだよね。


 急に複雑になってしまった生活環境に、ため息をつきたくなっても仕方がないのじゃないだろうか。


  ◆  ◆


『この地にいる人間はどこからやってきたのか、それにはこんな伝説がある。


 かつて世界は空っぽだった。今の人間が南北ゼグアス大陸と呼ぶ二つの大陸は、荒涼とした砂漠のような光景だった。神々はこの地に祝福を与えず、一本の草すら生えぬ不毛の世界だった。そんな世界に、人間は巨大な船に乗ってやってきたのだという。今、この地に満ちる数多の生命の祖先となる動物たちを引き連れて。


 その船は空から降りてきて、瞬く間に大地を緑で埋めた。山には鳥や動物が息づき、川の流れで魚が遊び始めた。そしてその後、人は都市を築き、暮らし始めた』


 ──ノアの方舟、みたいな感じだけど、船は空からってことは、この世界の人間は他の星から渡ってきたのかな?


 歴史の講義の後は神学。はじめはライラにも習っていない神話時代の話で、とても興味深い。歴史、と呼ばれないのは、奉じる神によって神殿の信じる神話が違うからだ。神々が世界と人を生み出したという神殿もあれば、神が他の世界から人々を連れてきたという神話もある。


『やがて、人々はその大いなる叡智の力で大陸中に広がって文明を築いた。彼らの文明は素晴らしく、大陸の端から端までを数時間で渡ることさえ可能だった。人類はまだその時、魔術を知らなかったはずだとされているのに、である。そんな文明を見守ったのは魔術ではなく、古い神々だったとされる。ただ、この神々は人々の心の安寧を守りはしたが、直接人と交わることはほとんどせず、ただ共にいる、ということが多かったようだ。そうして、人々が栄華を誇り神々にも干渉されない、この時代を称して古代文明時代などと呼ぶことが多い。


 そんな平穏な時代はしかし、さまざまな災害によって呆気なく終止符をうたれた。災害の理由は、人間が、古き神々の怒りをかったのだといわれたり、古き神々が人間を守る力がなくなったのだとも言われる。その災害の種類は多岐にわたり、規模も甚大であった。


 曰く、空に突然二つ目の太陽が出現し、その星の輝きを浴びた人々を灼いてしまった。また、巨大な隕石がいくつも都市を襲い、多くの人間を押しつぶしてしまった。季節が混乱して全く作物が育たなくなったことさえ有ったとされる。


 人々は神の加護を願い、また生き延びるために互いに争いを始めるようになった。古き神は彼らの元から去って久しく、もう人々の声に応えることはなかった。


 そんな時に一柱の誰も知らない神が或る男の元に降臨し、魔術を授け災厄から逃れる魔術を伝えた。始まりの魔術師、とだけ伝えられているこの魔術師は、その時から、彼の半生をかけてその魔術を自分のものにし、世界を放浪しながら弟子にした者たちに伝えていった。彼一人の力でなせる魔術ではなかったからだ。


 五十年の放浪の末に、彼は弟子の力と、彼に残されたすべての生命力を使って、災厄から大地を守る魔術を行使し、大地に安寧を取り戻すと同時に力尽きた。生命力のすべてを使ったため、遺体すら残されなかった。


 人々は大いに喜び、彼の弟子たちは、人々の指導者に祭り上げられた。強力な指導者の元、人々は安寧を取り戻すかに見えたのだが、お互いに争うことを知ってしまった人間は、それぞれが魔術師の弟子を旗印として争いを始めた。情けないことに、最初の魔術師の弟子たちも相争うことをいとわず、彼らの強力な魔術を戦争の道具として使ってしまった』


 ──神話、だけどもこれ、どこまで史実に近いのかな。妙にリアルな感じがするんだよね。


 神話の講義を聴きながら思索を巡らせる。この戦争の後、コミントが出てきて古代文明の遺産の多くを壊してしまうので現在にはほとんど残っていない。王家や古い家系の貴族などは、それぞれ古くからの魔道具を家宝として、まだ持っているところもあって、「古代文明の魔道具」などと吹聴されることもあるのだが、魔術がこの世界に現れたのは古代文明が崩壊した後のはずなので、本当に古くても、始まりの魔術師の時代以降の話のはずである。


 古代文明の遺産や遺跡が残っていない上にそもそも判別できないため、古代文明についてはほとんどわかっていない。どんな文明だったのか、この世界に博物館とか史料館なんて有ればいいのだけど、無さそうな気がする。


 ふと気づくと、興味深い話に惹かれて、すっかり王宮の生活への違和感を一時だけれども忘れてしまっていた。


 ──な、流されないんだから。


 その決心がなんとなく弱々しく感じられる、王宮生活一日目だった。


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