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肝っ玉お嬢様奮闘記  作者: 相神 透
戻ってきた日常
36/40

4-8

 姫の一言で始まったパーティは、中盤に差し掛かろうとしているが、事前の予想に反して、パーティの間は結構退屈だった。何と言ってもやるべきことがないのだ。貴族の社交と言うものをやらされるのかと思っていたので拍子抜けしている。


 王女の挨拶や、王の貴族や家臣への労い言葉と乾杯が終わり、パーティ会場の隅に設えられたオーケストラピットから流れる音楽の中、会場のあちらこちらで歓談が始まる。王太子妃もバルコニーから会場に降りて歓談の中に加わったので、母も一緒だ。あの母が貴族に囲まれて大丈夫なのだろうかと心配にはなるが、私にはどうしようもない。何処かに父がいるはずなので、何かあればフォローするだろう。父はこのパーティには男爵として参加していて、警備の任務は誰かに任せているようだ。


 私やエリスは、シア様と一緒にバルコニーで会場を見降ろしているだけだ。子供たちの居場所はどうやらバルコニーの上だけなのだろうか、シア様が動こうとしないので勝手に動くわけにはいかない。たとえ下に降りても小さなか子供の体では、大人を見上げて愛想笑いをするばかりで、おそらく面白くはないだろうが、パーティで歓談してる風景を見続けているのは、非常に退屈で面白くない。


 王家の方々はフロアに降りてしまい、私たちの側には王太子妃様やシア様付の侍女が控えているだけだ。侍女とはいえ、王家の女性に付くのは、王家直参の家臣の子女や、大貴族の遠縁だったりして、にわか男爵の小娘が気軽に声をかけたりはし難く、必然的にシア様やエリスと話すことになる。


 「広いわね~、人が一杯~」


 会場に入ってからエリスは同じことばかり繰り返し言っている。余程驚いているのだろう。そんなエリスは可愛らしいのだけれども、話を合わせるのが厳しくなって来たので、適当に話題を探してみる。


 「シア様、きれいな花が一杯です」


 口をついて出たのは、エリスと同レベルの内容のような気がする。とはいえ、会場のあちらこちらに飾られてい様々な色の花が、きらびやかなド

レスとともにパーティーを彩っているのは事実だ。それを見ているシア様の目にも笑顔が浮かんでいる。



 「本当に綺麗でよかった。花はね、ユリー達と一緒に選んだのよ。エリスも一緒。そうだ! 後で部屋に持って帰りましょうね」


 可愛らしく満面の笑顔で何度も頷きながら言うので、衝動的に頭を撫でたり抱き締めたりしたくなる。流石にそれは不敬なので、笑顔をかえすのが精々なのが歯がゆいくらいだ。話に出たユリーと言うのはシア様の侍女の一人で、確か王家の古参の騎士の家柄の御嬢さんのはずだ。侍女の皆さんはバルコニーの壁際に三人並んで私たちを見守っている。


 「わぁすごいわ。綺麗な花ね。みなさんありがとうございます」


 愛嬌を振り撒くくらいしかやることがないので、これ幸いと侍女の方々に挨拶をしておく。侍女というのは下女や召使ではない。化粧や服装を選ぶなど生活面で、仕える主を補佐するのが仕事であり掃除や洗濯などは下働きが行う。王家の女性につく侍女となれば気位も高いので、平民と変わらぬ娘から褒められてもうれしくはないかもしれないと思ったが、笑顔を返してくれるのでホッとする。どんな態度を取ればいいのか分からず、なんとなく見えない壁があるようで気づまりだったのだ。


 「王城ではこの季節にはいくつもの種類の花が咲きます。その中からいろどりの綺麗なものを用意いたしました」


 優しく微笑みながら話をしてくれる。この人は子供好きなのかもしれない。考えてみれば、仕える主人が六歳の少女であれば、自然に子守としての役割が大きくなり、子供好きが人選されるのも当たり前なのかもしれない。


 そうやって侍女を含めて和やかにしているところに、王家の方々が戻ってきた。


 ──あれ、マーク?


 王太子の息子のストイコ王子に付き従うように見慣れた顔が有って驚いた。あちらはさも当然のようにしながら、私の顔を見てウィンクをする。お城で王家の傍で働いているとは聞いていたけど、こういうパーティでも王子の傍らにいるような立場だったとは知らなかった。そして、その反対側にももう一つ、見知った顔が微笑んでいる。


 「デューイさん?」


 ライラの診療所で世話をしていたアトン帝国から来た少年が、そこにいた。そう言えばよその国の貴族だって聞いたような気がする。


 「久しぶり、マーヤ。あのときは世話になった。君、あのアストリウス男爵の長女なんだって? マークから聞かされた時は本当にびっくりしたよ。彼はこの国の最高の魔術師だって聞いているから」


 堰を切ったように話し始めたデューイ君に目を白黒させてしまう。


 「おや? みんな顔見知りなのかい? 誰かこの状況を説明してくれないか」


 挨拶なしで始まってしまったおしゃべりに王子がストップをかけて、マークの方を見た。紹介しろ、と言うことのようだ。


 「殿下、それよりまずはデューイ殿下とエルファシア殿下のご紹介をお願いします」


 マークが苦笑しながらその王子を諭す。他国の高位の貴族と王女との対面なのだからそちらの挨拶がまず最初、とのことだろう。その口調は弟や、甥に対するような厳しさと優しさが含まれていた。この二人、同年齢のはずなんだけどな。


 「あ、ああ。そうだな。デューイ殿下、わが妹を紹介しますよ。王太子にしてローランディ公シャルルの長女、エルファシアです。エルファシア、こちらはアトン帝国のデューイ公だ」


 デューイ公。帝国では公爵の爵位は確か、殆どが皇帝の近親者で占められてるとライラに習った記憶がある。ということは、幼いながらに侯爵の爵位を持つデューイは皇子の一人である可能性が高いということか。


 ──そういえばシア様が婚約するんだったっけ?


 今更ながら思い出したのは、エルファシア王女と帝国の貴族との婚約話。ずっとおしゃべりしている、目の前の可愛らしい女の子が王女だとは分かっていても、知り合う以前に「王女」と聞いてイメージしていたものと結びついていなかったのかもしれない。今更ながらにこの小さな女の子が婚約するのだと気付いた。


 「エルファシア姫。前回は陛下へのあいさつのときに拝見しただけだからね。初めまして」


 八歳の子供とは思えない大人びた挨拶である。初めて会った日に病室でつまらなそうにして拗ねていた子供とは思えない。


 ──婚約者ってデューイ君なんだっけ。


 私への妙な注目がそれてほっとしながら、呆けてると思わぬところから話題が飛んできた。


 「デューイ様、初めまして、エルファシアです」と可愛らしく首を傾げて、続けて不思議そうに聞く。「マーヤとはいつからお知り合いなんですか?」


 シア様、今はそこを気にするべき時でしょうか、婚約者であり帝国との架け橋になる方と親睦を深めるべきでしょう。と口にしたくなるが我慢する。シア様の性格から考えて妬心、と言うわけではなくただ純粋に不思議なのだろうということが救いである。


 「僕が城下の街で療養していたとき、マーヤの御祖母さんの治療院にいたんですよ。そこでマーヤが私の話し相手をしてくれていました。まさか、アストリウス卿の御嬢さんだとは思ってなかったけど」 


 デューイ君、いやデューイ殿下が説明するが微妙に分かりにくいようで、ストイコ殿下は首をひねってまたもやマークを見るのでマークが口を開く。ため息が混じってるような口調で。


 「アストリウス卿の母君は高名な治癒術の使い手で、今は東ローランディアで治療院を開いていいるんですよ。孫娘のマーヤさんもそこでお手伝いしているところに、旅の途中で熱を出したデューイ殿下が連れていかれたんですよ」


 十二歳にして剣の才能を持つ少年は簡潔にものをまとめて説明する能力も持っているらしい。出来過ぎのように思える。


 「あら、マーヤは何で治療院でお手伝いをしてたの?」


 シア様の好奇心を満たしてあげるまで次の話題には移りそうにないので、簡単に答えることにする。


 「父が男爵を頂いたとはいえ、私は娘で後を継ぐわけにもいきませんから、何か将来出来る仕事を身につけたかったんですよ。少し前までは父は準男爵でしたしね」


 準男爵は王家や王国に仕える、ある程度の役職にある文官が与えられる名誉爵位的なもので、武官の騎士と同等だ。男爵以上の貴族からはただの使用人だと扱われることが多いため、貴族同士の付き合いなども全くない。準男爵の家族は平民とほぼ同じである。それくらいの立場が生きやすかったなと思うこともあるのだが。いずれにせよ正直に答えすぎたかもしれない。周りにいる人の持つ肩書に飲まれたのかもしれない。話題を変えよう。


 「私のことなんかより。デューイ殿下、アトンからいらっしゃったというシア様の婚約者様って殿下だったんですね」


 「まだ婚約者候補だよ。婚約はあとひと月位後かな」


 何故だろうと思ってると、エリスが答えを言ってくれた。なんだか活き活きとしている。


 「あのね、王家の結婚は豊穣の女神ヘライヤと生と死の女神ミストレイヤの承認がいるんだけど、どちらの神殿も会って直ぐの婚姻は認めてくれないの。きちんと愛を育まないと駄目なんだって」


 ──愛を育んでなくても育んだことにできる時間が必要ってことかな。


 愛を育む話で活き活きするような、純粋な少女たちの前で口にするのは憚られる内容は心の中にしまっておく。同じ歳だけど。 


 「おや?」


 とその時マークが顔をあげて、下のフロアへと目を向けた。つられてそちらを見ると来客用の入り口から、少し雰囲気の違う一団が現れた。頭には高さのある帽子をかぶり、ローブで身を包んでいる人たちで、緑色の衣が主体の人たちと灰色が主体の人たちがいる。


 「計ったようなタイミングで、両神殿の神官のお出ましだね」


 ストイコ王子が愉快そうに笑っている。十二歳にしては口調は大人びているが中身はまだまだ子供の用だ。


 ……と思っていると、マークが珍しく焦りの色を浮かべてその殿下に尋ねた。


 「ストイコ殿下、私はこの場を外してもいいですか?」


 「駄目だよ。君は今日は僕の護衛だろ。一緒にいなきゃ」


 殿下の方は面白がっているようで、上機嫌で私たちに説明してくれる。

 

 「マークは昔からミストレイヤの神殿に気に入られていてね、機会があると神官に囲まれて神殿での神との対話を勧められるんだ。それはもう熱心に」


 マークは嫌そうに眉をしかめて、言い返す。


 「神殿は魔術師の家系の癖に魔術を使えない私を取り込んで伯爵家と繋がりが欲しいだけです。神官として生きようなんて全く思っていませんから」


 たとえマークが抗っても、国民の多くが信奉し、王家が保護する神殿を王子が無視して言い訳もなく、間もなくその神殿で婚約を行う予定の王女と、その友人として出席している私たちも同様で……


 「ストイコ殿下、エルファシア殿下、デューイ殿下、あなた方に神々の祝福が有りますように」


 両神殿の神官長と緊張しながら対面することになった。もちろん本命は王家の方々なので気は楽なのだが、神官のお話と言うのは、基本説法じみているのためか、口調の所為なのか、少し眠くなりそうだ。


 話は、王家と王国の臣民の幸せを願うことから始まり、王子の健康、そして婚約予定の二人が順調に愛を育んで無事に婚約を行うことを願うといった内容で、耳に気持ちいい声音もあって立ってなければ眠ったかもしれない。神官長のお話が一巡したかと思ったころ、傍にいた若い神官数名がマークに詰め寄って話を始めた。


 「マーク様、ミストレイヤ神はあなたにお会いするのを楽しみにされているのです。是非とも一度神殿に……」


 ──あら、捕まっちゃったわね。


 とはいっても逃げ出すわけにはいかなかったので、仕方がないのだろう。その場の視線がほぼすべてマークと神官に注がれて、ストイコ王子の遠慮のない笑顔に皆が同調していた時、私の後ろに人の気配がした。


 「マーヤ様、そのまま、振り返らずお聞きください。ミストレイヤが神殿で話したいとのことです。近いうちに是非」


 勧誘相手はマークだけじゃなかったようだ。


大変お待たせしました。

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