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ローランディの小さな宝石──このひと月でそう呼ばれるようになった王女、エルファシア姫はとてもかわいらしい少女だった。髪は私と同じ様な色合いの金髪だけど、まっすぐな私の髪と違って緩やかにウェーブしていて、可愛らしく上気した子供らしい頬を包み、私と同じ灰色の瞳は好奇心で輝いているように見える。
私と同じ歳なのだとわかっていても、その愛らしい姿に顔がほころび、最初の挨拶も緊張するどころか、笑いすぎて下品にならないように顔を引き締めるのに苦労するくらいだった。
「あなたがマーヤ? アストリウス卿の?」
私が挨拶をきちんと終わらせる前に、我慢できないように、少し舌足らずに話しかけてくる。周りにはおもり役の大人の女性がいるのだが、それを咎めようとはしない。
──友達にってことだったから、フランクな方が良いのかな? でも敬称略って訳にはいかないわよね。
「はいマーヤ=アストリウスと申します。カイル=アストリウスは父です。王女殿下」
再度名乗って、失礼にならない程度に簡素に応えると、その答えに満足したように眼を見張らせて話を続ける。
「じゃ、あなたも魔術、使えるって本当? 私もいろいろカイルに教わってるのよ。エリスと一緒に習ってるの」
エリスと言うのは王女の隣で同じように好奇心に目を輝かせてる茶色い髪の御嬢さんのことなんだろう。どうやら二人とも、私が魔術を使うことは事前に知っていて、その話をするのを楽しみにしていたようだ。目を凝らして二人を見てみると、二人の体の中から、本来は人の体内から感じられないはずのマナを感じることが出来る。これが魔魂なのだろうか。
「私は魔術の基礎しか父に習っていないし、魔魂も持っていないので、大したことは出来ないんです」
私ができるのは物を乾かすことや、燃えやすいものを燃やすくらいで、マナを複雑に組み合わせるようなものではない。魔魂を持つと、何もない空中に炎を出したり水を呼び出したりのようなことを、イメージするだけで実行できるらしい。──おそらくひと月前に私を攫った連中の中にいた魔術師も魔魂を持っていたのだろう。
「アストリウス男爵の魔術は精霊魔術だものね」
王女の横にいた少女が合いの手を入れてくれた。エリス=テンドゥラスと名乗る。妃殿下の部屋にいたジョアンさんの御嬢さんらしい。
「はい。だから複雑なことをするには契約精霊が要るようです」
そのセリフに王女殿下は納得していないような様子だったが、テンドゥラスのお嬢様は気付かず言葉をつなぐ。
「マーヤさんには素敵な契約精霊が居るって聞いたわ。きれいな羽の小さな妖精さんだって」
「え、本当?」
王女殿下は契約精霊という言葉に目を輝かせた。
──申し訳ないけど契約してないんだよね。
「契約はしてないんですけど、いつも一緒にいてくれる精霊ならいますよ。今日も一緒ですけど、王宮内はマナが薄くて、いまは休んでます」
王宮内は様々な魔道具が作動していてそれらがマナを消費する所為か、空気中のマナがひどく薄い。そのため今日は子供のころに両親からもらった精霊石のペンダントを持ってきていて、スリヤはその中で休んでいる。マナが結晶化した精霊石の中は彼女にとって居心地のいいところらしい。精霊石の名前の由来がそのことなのかはよくわからないけども。
『スリヤ、ご挨拶してもらっていい? あなたのことに興味津々の様よ』
『お前の友達候補だからね。挨拶はするけども、この御嬢さん方は私のことなんてどこで知ったのかねえ?』
呆れた様な感情が漂う念話と前後して、スリヤが私たちの前に実体化して姿を現した。
「ごきげんよう、お嬢様方。精霊のスリヤと申します」
スリヤはいつもの様に透き通った羽のある小さな体で姿を現すと、私たちの胸の高さのあたりで空中に浮かびながら、意外なほど優雅にお辞儀をした。
「マーヤに変な契約精霊が取りつかないように、私がそばにいて見張ってやってるのさ。この子にはそれだけの価値があるからね」
感心した途端に口調が伝法なものに戻る。お嬢様二人は気にしていないようだけど。父も最初はスリヤに恭しく接していた様に、高位の精霊というのは、結構敬われていて丁重に遇されるものなのだ。
「じゃあ、あなたが拐われたマーヤさんを助けたんですね。囚われた部屋の壁を吹き飛ばして脱出したって聞いてますわ」
一瞬、エリスさんが言ってる意味が解らなかった。
「いいや、その時は私は恥ずかしながら寝ちまっててね、マーヤが自力でやったのさ」
──誤解を生みそうな言い方を……
「え、でもマーヤは複雑なことはできないって言ってたじゃない?」
王女殿下がもっともなことを言う。
「複雑なことをしたわけじゃないですし、壁を吹き飛ばしたわけじゃないです」
なんだか変な誤解されても嫌なので、事実を伝える。 そもそも、あの煉瓦の壁は作りが悪かったこと。古くなってて煉瓦の間のモルタルは完全に砂だったから、それを吹き飛ばせば煉瓦は勝手に崩れてくれたこと、などを話す。
話の流れで、その前に入り口のドアをはめ殺しにしたことや、天井に偽装の穴をあけたことも話す事にはなったが、どれもそんなに複雑なことはしていない。マナの特性を素直にそのまま使ったものばかりだ。
ドアの隙間に埃を詰めるのは、‘風’の力で埃を動かせばいい。空気を動かして風をおこして埃を動かすのは、制御が難しくて私には無理だが、直接埃を動かせばいい。天井を燃やして穴をあけるのは‘火’で熱してあげるだけでいい。木は勝手に燃えてくれる。‘水’の魔法も、埃の湿り気とか空中から水分を取り出しただけなので苦労したのは取り出した水を‘風’で浮かせておく方だ。
話をするのに、思ったよりも時間がかかってしまったのは、王女が聞き上手だったからかもしれない。言うつもりがなかったことも話してしまった。途中で三人でソファに移動し、お茶を一杯飲んだところで話が終わった。話が終わると、私の前にいる二人はそろってため息をついた。六歳児にしては動作が大人びているのは王族や貴族の娘として躾けられているからだろうか。
「あなたが使う魔術って私たちのとずいぶん違うのね。なんだか途中から分からなくなっちゃった」
エルファシア様が言うと、エリスさんもうなずく。
「私たちが使う魔術はやろうと思ったことの術式を思い浮かべてマナを渡すだけですものね。《火よ》」
エリスさんが伸ばした右の掌の上に、燃える炎が浮かんでいる。ほんの小さな、小指の先程度のものだが、まぎれもなく空中で燃えながら浮かんでいる。
「まぁ、本当の魔法だわ、初めて見た」
自分の感想がなんだかずれた、間抜けなものであることは、口に出してから気付いて赤面する。
当然のようにスリヤにからかわれ、二人のお嬢様は火がついたように笑い出して止まらなくなった。
──ま、まぁ仲良くなれたみたいだから良いよね。
そのあと、パーティの時間が間近に迫るまで、二人の御嬢さんとスリヤを交えて楽しくおしゃべりをして過ごすことになった。
3/26 魔法の炎の大きさの描写を入れました。