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肝っ玉お嬢様奮闘記  作者: 相神 透
戻ってきた日常
32/40

4-4

大変お待たせしました。


 東ローランディの上流地区からローランディの王城への道は、王家の威信を示すかのように綺麗に整備されている。数台の馬車が並んで進めるほどに幅広く伸びる道は、白い石を敷いた石畳で丁寧に覆われている。滑らかな路面を王城へ進む馬車は、石のつなぎ目で拾う最低限の振動だけを、その乗客に伝えてくる。

 エルファシア姫のお披露目パレードから、早いものでひと月が過ぎた。馬車の中から見える、白い石畳を照らす真昼の陽の光は夏に比べて幾分和らいでいるようだ。


 私を拐った男たちは、あの後も、パレード中の王女への襲撃事件をおこしていたり、私の名前を使って父を呼び出して襲撃してみたりといろいろと派手に動いたらしい。でもそれらも悉く失敗したようだ。殆ど父一人の力で蹴散らした──とマークは言っていた。逃げ遅れたものは今は収監されているそうだけど、首謀者は分からず終いなのだそうだ。動機はおそらく、王女の婚約の阻止なのだろうと言われている。


 ただ、そのパレードへの襲撃は、父があまりにあっさりと片付けてしまったため、町の人々は後に新聞で知らされるまで、それが起きたことすら気付かなかったものが殆どだったらしい。


 「マーヤ、もうすぐお城ね」


 馬車の中で私の隣に座る母が、どこかそわそわしながら私に囁く。今夜はエルファシア姫主催のパーティが開催されることになっていて、先日、男爵位を授かった父とその家族も招待されているのだ。商家出身の母は、少し前まで貴族社会での付き合いに少々おびえていた。この国では準男爵は名誉称号みたいなもので、その妻は平民として遇されるが、それが男爵夫人となれば貴族の一員としての義務も出てくる。母はそれが嫌で、父の叙爵にもそんなにいい顔はしなかった。母の実家は大商ではあっても商家で平民なので、貴族相手には気後れすることも多いようだ。ところが、父の叙爵の際に会見した王太子妃と、何故だか意気投合したらしく、その王太子妃の姫のお披露目である今夜のパーティには何が何でも出ると、数日前から張り切っていた。


 「やっぱりその服は地味だったかしら。夜なんだし、もっと灯りに映えるほうが良かったわね」


 私が着ている淡いピンクのドレスを見て首を傾げながら、鮮やかな青地に白い花の刺繍が散ったドレスを身に着けた母が、諦めきれぬようにため息をつく。


 私の知っている限りで、父と結婚してからも貴族との付き合いにしり込みしていた母なのだが、それにもかかわらず、貴族のパーティに着飾らせた私を連れて行くことが、何時のころからか夢の一つになっていたらしい。だからなのか、父の叙爵が決まったころから、私はさまざまなドレスの試着をさせられることになった。新しい男爵家のもとには様々な商人が列をなして訪れたため、およそファランク王国で手に入れることが出来るほぼすべての形のドレスを試着したのではないだろうか。中には母の実家であるメリーズ商会はもちろん、その最大のライバルで、トップ同士もいがみ合っているデスコナ商会の営業も来ていた。


 大量のドレスの海に溺れそうになった私が辟易していたころに、父の男爵位の叙爵式ならびに統治すべき土地が下賜される儀式が有った。そこで有り難いことに、母と王太子妃が友情を育んだおかげで、母の中でのパーティの位置づけが一変した。それまでの、貴族との避けられない付き合いの代わりに、私を着飾らせて楽しむ、副次的なものが目的だったのが、自分もそれなりに楽しむためのものになったのだ。


 おかげで私は、最近宮廷で流行っているという、ショッキングピンクや目に痛いほど鮮やかな色とりどりのドレスではなく、自分の好みのドレスを選ぶことが出来た。形もシンプルなハイウエストのストレートなドレスを選んだため、確かに派手さには欠けるかもしれない。しかし、襟やそでについたレースや胸元の花の刺繍など、近くで見ればはっとするほど華やかなもので、密かに私は大満足している。


 「お母様、全然地味じゃないわよ、このドレス。すごく華やかよ。お城の灯りは明るいから、すごく映えるわ」


 以前王宮に連れて行ってもらった時の記憶だと、王宮のあちらこちらで照明の魔道具が使われていて非常に明るく、しかも四方から照らされるため、その中で鮮やかなショッキングピンクや真っ赤なドレスなどを着ていたら目に痛いほどじゃないだろうか。淡いピンクは程よく灯りに映えそうだし、母の青も綺麗に見えると思う。聞けば王太子妃殿下の指定の色らしい。おそらく王宮の照明に合う色をよく知っているのだろう。


 母とドレス談義などをしながら馬車に揺られて、王城の外門から何層もの城壁をくぐる。そうやってしばらくすると王宮の白い建物が馬車の窓から見えて来た。まだ夕暮れには遠い時間なのだけれども、すでに多数の貴族とその家族が王宮へと足を運んでいて、王宮の正面は馬車が列をなしていた。


 「サイリースとシェイラは連れてこなくてよかったわね。馬車がこんなに動かないんじゃ退屈して勝手にどこかに行ってしまいそうだもの」


 母は家においてきた双子を思い出したのか、心配そうにため息をついた。最初は連れてきたがったのだが、父に説得されて諦めていた。まだ分別がつかない年頃の子供だし、王女のお披露目で粗相なんてことになったら目も当てられないので、母も堪えることにしたのだ。二人はメイドのミラさんに預けてきている。ミラさんはずっと通いだったけど、父の叙爵を期に住込みで来てもらっている。男爵になっても父は宮廷での仕事があるため、男爵領の経営は母が主に行うことになる。そのために疎かになりかねない家事を行うためで、使用人は今後増やすらしい。


 「ミラさんなら大丈夫よ。二人ともミラさんが大好きだし」


 母を安心させるためにそう言ってなだめる。それでも不安そうにしているが、幼い子供から引き離された母親が子供を気にかけるのは仕方がないことだろう。自分の前世の記憶と照らしても不安でしょうがないものだと思う。


 やがて、王宮の玄関に私たちの乗った馬車がたどり着き、控えていた父の部下の人が出迎えと、そして私たちを控室まで案内してくれた。公爵や侯爵であれば一家族に一部屋の控室が有ったりもするのだろうが、父は宮廷魔術師と言っても男爵で、王侯の縁戚もいないため下級貴族の為の大部屋の控室に通された。更衣室は併設されているものの決して大きくはないため、爵位の低いものは早めに来てさっさと着替えて待っているのが慣例になっている。


 部屋に入ると、すでに着替えまで済ませているドレス姿がちらほらといて談笑している。母は、この場で目立つのが嫌なのだろう、壁際にあるソファに二人並んで静かに座った。しかしゴシップに飢えている貴族社会の女性は、平民から取り上げられた新男爵という珍しく、そして恰好の話題を見逃してくれるほど甘くはなかったようだ。私たちの並んだソファーに甲高い声がかけられた。


 「おやまあアストリウス男爵のご家族かしら? 随分ごゆっくりですのね。さすがに王家の覚えのめでたい方は違いますわ」


 甲高い声の主は私が着るのを忌避したショッキングピンクのドレスに少々豊満すぎる体を詰め込んだ女性だった。やはり流行っているらしい。


 「いえ、私たちはこちらでは着替えませんので」


 暗に、新米男爵家なんだからもっと早く来いと(なじ)るあいてに、母はこちらでは着替えないことを強調して答えた。実際のところ本当に化粧直しなどが必要な場合は父個人が王宮で与えられている部屋でことが足りる。


 「まあ、新しい男爵家の方々は、古参の男爵家の人間など歯牙にもかけないって仰るのね。さすがファランクの誇る大魔術師のご一族ですこと」


 どうやら、平民上がりの新貴族に嫌味を言いたいだけらしい。平民生まれが自分たちの領域に入ってくることが気に食わないのか、それとも新しい男爵に古参の者たちよりも下位だと言う序列を押し付けようとしているのかもしれない。


 母も適当にあしらってはいるのだけれども、いかんせん商家の生まれの母は、礼儀作法は知っていても宮廷での貴族同士のいなし方となると未経験なので苦戦している。とはいっても子供の私が何か口を出したところで火に油を注ぐか、良くて無視されるだけだ。どうしようかと思案していると、部屋に王宮の警備兵らしき人が入ってきた。


 「アストリウス男爵夫人、いらっしゃいますか」


 と母を呼ぶ。何事かと母が応えると、近くによって来て跪き、声を張り上げる。


 「王太子妃殿下がお呼びです。妃殿下の部屋で夜会までの時間を過ごされますようにとのことです」


 絶妙なタイミングで救いの手が差し伸べられたようだ。これで母は貴族社会の中で王太子妃の話し相手として認識される。トラの威を借るようだが、貴族社会と言うのはそういうもので、普通の下級貴族は大貴族か王侯の権威の庇護下で生かされているのだ。それに父には魔術の力と宮廷魔術師の地位があるが、母にはそういった地歩がまだない。王太子妃との交友は母がこの世界で生きていく第一歩になるだろう。現に母を詰っていた女性は丸い顔を青くして、口をパクパクさせている。


 母はそのピンク色の置物と化した人の方に目を向けずにソファから立ち上がった。


 「まあ、それは大変光栄ですわ。今からうかがいますので案内していただけますか?」


 古参の夫人の存在を無視して何もなかったかの様にふるまっているが、母の顔には満面の笑みが浮かんでいた。


 「マーヤも連れて行ってよろしいんですよね? マーヤ、行きましょう」

 

 私は頷いて母について行く。正直なところ、私が王侯と顔を合わせてもしょうが気がするのだが、そんな個人的な事情は斟酌されない。


 ──王太子妃の部屋かぁ。ちょっと興味あるけど、なんだかもっと面倒なことにならないかなぁ。


 そんなことを思いながら、母の後ろをついて行くことにした。



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