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肝っ玉お嬢様奮闘記  作者: 相神 透
戻ってきた日常
31/40

4-3

魔術の説明が多いですが、この話の根幹にはかかわらないので斜めに読んでいただいて良いと思います。

 「魔術を教えて」


 マークがそんなことを言って、眠気に負けた私が頷いたのは三日前のこと。その翌日から治療院の行き帰りはライラが迎えに来てくれ、マークは我が家に顔を出すこともなく、私と顔を合わせていない。


 ──教えるって言っても、ねえ。


 私はあまり真面目には魔術を学んだ記憶がない。父の書庫にあった魔術の本を勝手に読んで、なんとなく感覚で掴んだと思ったあとは、創意工夫、いや試行錯誤を重ねて使っているだけだ。私がやってることは言ってしまえば、私に視えてるマナを活性化してなんとなく使っているだけなのだ。人に何かを教えるには心もとない知識しか持っていない。


 ──無理って今から断ってもいいかなぁ。


 とはいえ、なんだかマークには世話になりっぱなしのような気もしているので、何もせずに断るのも申し訳ない。もう一度昔読んだ本を読み返してみるのもいいかもしれない。


 今日は休日なので、私はかつて読んだ魔術の本を、父の書庫から借りて読み返すことにした。 


 “魔術学入門”


 書庫から持ってきた、見慣れた本の表紙にはそう書いてある。魔術が当たり前に存在する世界の魔術の本なのだから、もう少し怪しげな雰囲気とか有ってもいいのではないかと思うが、どう見ても普通の本で特に魔力を感じたりはしない。


 この本の最初の方に魔術の基本が書いてあったはず、と本をめくる。それはすぐに見つかった。



 魔術とは、マナを介して魔力を行使するものである。

 マナは四元素に応じて‘地’‘水’‘火’‘風’の四種があり、それぞれ元素の力を統括すると考えられている。

 ‘火’のマナの力を使えば火を熾したり、物を熱することが出来る。

 ‘水’のマナの力を使えば空中から水を生み出すことが可能。

 ‘風’のマナの力は無風を微風に、微風を暴風に変える。

 ‘地’のマナは全ての物質を統べる大いなる力を秘めるが、失われた魔術でのみ使われる。

 魔術師は、自らが視ることのできるマナを活性化して使うことで、魔術の力を行使することが出来る。 



 この後は四元素を組み合わせて、世の中のものをいろいろと説明している章が長く続く。曰く、お湯は火の元素と水の元素が組み合わさったものだとか、水と風が合わさって水蒸気になるとか、その組み合わせの比率によって違うものになる、などなど。


 『今更だけど、変な世界観よね。私が魔術を使った実感となんだか食い違う』


 近くに存在を感じるスリヤに念話で話しかける。


 『精霊に人間が使う魔術の話されてもねえ。あたしら、感覚的にやってるしさ。でもマーヤが使ってる魔術は無駄がなくて、あたしは好きだよ』


 『ありがと』


 元素の組み合わせの世界観に関して、検証も後ろの方には書いてあるのだが、すべて思考実験の範囲で、実証実験したものは、ほぼなかった。そういえば、以前にこれを読んだ時も、後半部分は殆ど斜め読みしながら、自分で周囲のマナを操って試行錯誤してたんだと思い出した。


 ──もしかして私、四元素に対応したマナが有るよってことだけしか、この本からは参考にしてない?


 思ったよりも自らが使っていた魔術がかなり独創的なもので、言い換えればいい加減なものであることに気付いて少し驚いた。しかも────


 ──これ、どうやって魔術を使うか、とかマナを見るかってことは全く書いてないんじゃ……


 マークに魔術を教えるのに、今までの私の知識では全く役に立たない、ということだけははっきりとした。


◆ ◆


 魔術のことがわからないなら魔術の専門家に聞けばいい。幸いと言うべきか今更と言うべきか、私の身近には質問するのに打ってつけの人がいる。


 「お父様、私に魔術をおしえてくれない?」 


 休日だというのに、書斎にこもって何やら研究らしきことをしている父を部屋まで訪ねる。私が書斎に行くのが珍しいからか、驚いて相好を崩す父に、小首を傾げて可愛らしくお願いをしてみた。


 椅子に座る父のそばまでよってその顔を見上げてた私を、笑顔で迎えて膝に抱きあげてくれた父の顔が、このお願いを聞いて少し驚いたように見えた。確かに六歳の娘のおねだりとしては奇妙なものではある。


 「おやおや、いきなりどうしたんだい? マーヤは魔術なら使えているじゃないか」


 ある意味尤もな反応だけれども、誰にも教わっていない娘が魔術を使ってることに疑問を感じてなかったのだろうか。


 「なんだか分からなくなってしまったの」


 父に魔術をきちんと習うなら、すべてを話すべきだろう。私は子供のころに父の書庫で魔術の入門書を見つけたこと、それをもとに魔術を使ってみたらそれなりにできたのだが、その本の応用編とでもいうべき後半部分は理解しにくいうえに、使ってみての実感と大きく違うこと、本には魔術の使い方のようなものがなかったので、自分が何か間違っているんじゃないかと思うこと、などを説明した。そして、持ってきた本を父に向かって掲げる。


 「なるほどね。これを読んだのか。これだけであんなに魔法を使えるようになったのか。てっきりスリヤに教わったのかと思ったよ。本当にお前は面白い子だね」


 目を細めた父が優しく私の頭を撫でて、感心したように言った。


 『あたしらが人間に魔術教えられるわけないだろ。何がわからないのかも理解できないよ』


 スリヤが口を挟んでるが、父はそれを受け流して、少し真面目な表情になって言葉をつなぐ。昔と違ってスリヤに遠慮しなくなったなぁ。


 「実感と大きく違うとは、どういう事だい?」


 「えとね、たとえばものを乾かす時なんだけど、本には乾燥は‘火’と‘風’の魔力の組み合せって書いてあるんだけど、‘水’の魔力で水分を奪うと、もっと簡単に乾くの」


 だから私は乾燥の時は三種類のマナを利用している。


 「なるほど、他には?」


 「‘火’の魔力なんだけど、実際には火を起こすというより、冷たいものを温めたり、逆に温かいものを冷やしたりって言うイメージのほうが使いやすいの」


 これは、あまり自信がない。なぜなら先日私を攫った魔術師の一人が、周りに燃えるものがないのに、火の玉を手から飛ばしていたからだ。純粋に魔法的な‘火’を生み出すのが‘火’のマナの本来の使い方であるのかもしれない。


 『大丈夫だよ、その感覚はあたしのと変わらない。』


 スリヤが今更言うのに、ふくれっ面を向けていると父が言う。


 「それは自分で考えたのかい?」


 「うん。それでね、その本には理屈っぽいことは書いてあるんだけど、どうやって魔術を使うかっていう部分は書いてなかったから、自分の使い方が正しいかどうか、確かめられなかったの」


 なんだか父の笑顔がものすごくうれしそうだ。


 「うんうん、本に書いてあることを真に受けないというのは大事なことだよ」と頷いて、「あの本はね、帝国の学者が魔術を学ぶ学生向けに書いたものなんだけどね、彼は魔術が全く使えなかったんだ」


 ──え? なんかいろいろ引っかかる。


 「学生?」


 魔術を学ぶ学校があるのだろうか。と思って発した疑問に父は少し違う解釈をしたようだ。


 「学生というのは、うーん、そうだね、いろんなことを勉強するために学校ってところに所属する若者のことだよ。同じ年頃の子供たちが集まるんだ」


 「魔術を教えてくれるところがあるの?」


 『そんなことやってんだねぇ』


 まず聞きたいのはこれだった。スリヤも同じらしい。


 「随分昔に、帝国で魔術師の学校を作ったんだけど、講師になる魔術師が確保できなくてね、今はもう無くなったかな」


 「だから魔術が使えない人が本を書いたの?」


 どうやって書いたんだろう?


 「この学者は魔術師との交友関係が広くて、沢山の魔術師の話と、彼らが実際に行う魔術を見たりして経験論からこれを書いたらしい。魔術師にも書かせようとしたけど、無理だったらしい。普通、魔術師というのは自分たちのクランに属していて、どんなに些細なものであっても、自分たちの秘伝を外部に漏らしたりはしないからね。」


 クランというのは、魔法使いの互助組織で、ファランクにも二、三組織が存在する。自分たちの使う魔術の多くを秘伝としているらしい。


 「人から聞いた内容なんだー」


 「しかも、聞いた相手は秘密主義だから、結局魔術について普通の人でも知っているようなことを、ただまとめただけのものになっちゃってるんだ」


 「じゃぁ、間違ってるの?」


 「うーん。私が魔術を使うときもマーヤがさっき言ったのと同じような感覚なんだ。だから、少なくともわが一族の魔術はその本とは相容れないってことでいいんじゃないかな?」


 と言う父に、スリヤも同調する。


 『その本よりマーヤの魔術の使い方の方があたしにはしっくりくるよ』


 父はその念話に頷く。


 「それに、町の鍛冶屋は物がすべて四元素からできているなんて言ったら笑い出すだろうね。彼らが何をやっても石を鉄に替えることはできないし、鉄から金を作ることもできない」


 「出来ないの?」


 『出来ないだろうねぇ。』


 なんだか、そう言うことも魔法でできたりするのかと思っていた。


 「ああ、だからその本に書いてある四元素なんていうのは魔術師が操ることが出来る四種のマナを逆に当てはめただけ、なのかもしれないね」


 考えてみれば治療院で見る傷口とか、人の体の構造はこの世界でもあまり変わらないようだった。この世界は魔術的な何かで動いているのかもと考えていたのだけれども、案外、地球と同じような物理法則で動いているのだろうか。


 「そのうち、我が家の魔術を体系化して一緒に本にまとめようか」


 私が考えていると父が続けていった。さりげなく一緒にとか言ってますけど、娘の歳を忘れてないですよね、お父様。

 それにしても、私が魔術について考えてることってそんなに間違ってはいないんだ。……だとすると、肝心なことを忘れないうちに聞かなければ。


 「うーん。じゃぁ、今知ってることってマーク様に教えちゃ駄目?」


 どう切り出すか迷うけれども、結局正面から聞いたほうが良いだろうと判断した。なんだか特に秘密にしなきゃいけない事もなさそうだし。


 「マーク様に? 彼が教えてくれと言ったのかい?」


 「うん。プラナの扱い方とか教えてもらってるからお返ししたいの」


 父はちょっと渋い顔をして何やらつぶやく。


 「うーん、おしえ…のはかまわ…けど、これ…しんみ……いっそわた…いや……」


 「ごめんなさい。やっぱり魔術って秘密なの?」


 父が慌てたように顔をあげて、言う。


 「いや、ここまでで別に秘密にするようなことはないよ」


 その父の耳元にスリヤが含み笑いをしながら飛んでいき、小声で何か言うと、父がなんだか不安そうに頷いている。


 どの世界でも父親と言うのは早すぎるときから変な心配をするものらしい……


 「で、彼はマナが視えるのかな?」


 ……そういえばその問題もあったんだ。


 「見えてないみたい。あの本にもマナが見えるようになる方法とか載ってなかったし、どうすればいいのかな。魔術師ってどうやってマナが視れるようになるの?」


 「原則として、マナが視れる人は自然に見れるようになるし、視れない人は普通に努力したからって視える訳じゃない。大抵のクランでは魔術師は魔魂を植えつけられて、それを通じて魔術を行使するから、視えない者でも魔術は使えるんだよ」 


 ──植えつける、ってどういうこと?


 「魔魂? 植えつける?」

 

 「植えつけるというより、融合させると言ったほうが良いのかもしれない。魔魂と言うのはマナでできているのだけど、それを体内に取り込むんだ。マーヤが自分で使っててわかると思うけど、マナを活性化してから魔術を使うと凄く面倒だし、調整が難しいよね。それに使える魔力の量も周りにあるマナで決まっちゃって、強い魔術は使えないんだ。魔魂を自分の体に取り込んだ人間はね、複雑な魔術を簡単に使えるようになるし、魔力を体内に貯めることが出来るんだ」


 確かにちょっと複雑になると、マナの操作も大変だし魔術の行使まで時間もかかってしまう。けど得体のしれないものを体に取り込むって嫌だなぁ。


 「お父様もお母様もそんなの使ってないよね?」


 父や母から普段感じる魔力は私と同種のものだ。


 「私もサーヤも、たぶん名乗るとしたら精霊魔術師だね。精霊魔術っていうのは魔魂を必要としないから」


 「え? そーなの? お母様は植物の妖精さんで花を育ててるけど、家事には自前の魔法使ってるよ?」


 父の精霊に至っては見たこともない。


 「魔魂がなくてもマナが扱えて、精霊に魔力を渡すことで魔力を行使する魔術師のことを精霊魔術師っていうんだよ。精霊術師でも簡単な魔術ができる。マーヤだって魔魂なんて使ってないけど乾燥させたり出来ているだろ? それに元々は二歳の誕生日の時に精霊を喚んでマーヤと契約させるつもりだったんだよ」


 『くだらない精霊と契約するなら私がそばにいる方がずっとましさ』


 ああ、代わりにスリヤが来ちゃったのか。


 ──そういえばスリヤとは契約してるわけでもないんだよね。不思議な感じだ。


 話を戻して、じゃあ魔魂なんてものを、私が取り込む必要はないのかな。なんとなく、魔力の塊を自分の体に取り込むというのは、うれしい未来だとは思えないので、ちょっと安心する。


 「魔魂ってどんなことが出来るようになるの?……」


 「魔魂の魔術は戦い用のものが多いから、マーヤには想像できないかもしれないけど、たとえばマルケニア伯爵家の魔法だと、《炎の嵐(ファイアストーム)》ってのを見たことがあるよ。直径百フィートくらいの巨大な炎の渦巻きが大規模な盗賊団を根城ごと殲滅していた」


 なんだかその風景を想像するだに凄いんだけど、どうやればそんなことできるのかやり方が想像もつかない。


 「マルケニア伯爵家ってマーク様のところ?」 


 「そうだよ、あそこは代々続く魔術師の家系だからね。マーク様も何年か前に魔魂の儀式を受けた。ただ、何回やっても失敗だったらしくて、伯爵に相談されたこともあったよ。彼の周りでは‘火’のマナが活性化しやすくなっていて、魔術との相性が悪いわけはないんだけど、肝心の魔魂が融合しない」


 「そう言うこともあるんだね」


 魔術師の家系なのに、マークは結構大変な立場なのかも。剣が使えて本当によかったんだね。なんて思って打った相槌を父から否定された。


 「いや、魔魂が融合できないなんて話は彼のことで初めて聞いたよ。どんなに才能がなくても、そんなことはありえないんだ。」


 ──どういうこと?


 「マーク様は少々得体が知れないからね。もしかすると魔魂の融合を拒む術を知ってわざと拒否したんじゃないかと私は個人的に思っていたんだ。……だから、魔術を教えてほしいという申し出は意外でね。」


 ──拒否!? いやマークならそういうこともあるかもしれない。体に取り込むってことはプラナと競合しそうだしね。


 「伯爵家には内緒ってこと?」


 「そうなるだろうね。まあでも、魔術の基本位なら教えて差し上げても問題ないと思うよ。」


 でも、自分の一族の魔術を受け継ぎたくない人に、他家の魔術を教えるってことになるんじゃ……ああでも我が家は精霊魔術だから我が家の魔術じゃないのか。……私にはまだ契約精霊いないもんね。


 そして、父の次の言葉はちょっとした爆弾だった。


 「マーヤがマーク様とプラナの同調ができるなら、もしかしたらマーヤを通じてマーク様にもマナを感じてもらえるかもしれないんだけどね。マーヤはまだ自分のプラナしか感じられないから無理かな」


 ──お父様、娘の唇を何と考えているんですか!!


 もちろん父はそれが何を意味するか知らないから言ってるのだけれども。スリヤが父に聞こえないように念話で高笑いしてるのがものすごく気に障った。

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