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肝っ玉お嬢様奮闘記  作者: 相神 透
戻ってきた日常
30/40

4-2

 なんとなく居心地の悪かった朝食を食べ終わり、今日こそはとライラの治療院へ行くための準備をする。いつもの動きやすい服装を身に着ける。簡素なチュニックとズボンの上下で、仕立ては良いものだが、色は地味なグリーンだ。東ローランディの町民の多くは普段着には華やかな服を着ないため、下町に行くときは身に着ける服の色は限られてくる。この服の染料は王都の中で自然に生えている草花を利用した一般的なものだ。色落ちしやすいのが難点なのだが。


 「またそんな地味な格好してるのね」


 家を出ようと、キッチンで洗い物をしている母に挨拶に行くと、穏やかな笑顔を浮かべながらも批判的な視線を私の服装に向けてきた。母は大きな商会の娘なので、子供のころから着道楽だったようだ。貴族や裕福な商人の子供に向けた、意匠を凝らした可愛らしい服を娘に着せたいという母親の気持ちはよくわかる。私も可愛らしい格好をするのは嫌いじゃない。


 しかし、そんな恰好で下町に行けば目立ってしょうがない。それに動きやすい格好じゃないと治療院での作業の邪魔になるだろう。


 「綺麗な格好をして下町に行くと拐われたりして危ないってお父様が言ってたじゃない」


 私が治療院に行ってライラの手伝いをし始めたときに、そういう理由で地味な服で行くことを決めたのだ。だから今更なんだろうと思って口答えをした。


 「でもね、そんな恰好でも昨日は拐われちゃったんだし、あんまり意味ないのかなって。だったら楽しい方がいいじゃない」


 確かに、地味な格好のはずなのに拐われたのは事実だ。だったら、どうせなら可愛い格好をさせたいということなのだろう。


 「でも、可愛らしい服は目立ちすぎるし、治療に来る人もビックリしちゃうでしょ。ライラのお手伝いもやりにくくなるわ」


 そうやって母の説得に苦労していると、マークが呼び来てくれた。


 ──助かったかな?


 と思ったのは間違いだったかもしれない。


 「アストリウス卿が男爵位をお受けになれば、パーティなんかでマーヤさんが着飾る機会も増えますよ。だから、何も下町に行くときにドレスを着る必要はないでしょう?」


 ──その話はここではしないでっ。


 母は、父が爵位を受けることをあまりよく思っていない。商人の娘にとって貴族の女性たちとの付き合いは難儀なものになるはずで、気苦労が増えるのが目に見えているからだ。とはいえ男爵夫人ともなればそれを完全に避けるわけにはいかないだろう。懸念したとおりに母は眉間にしわを寄せている。


 と、その母の表情が一変した。普段から笑顔が多い人だが、すごく華やいだ、無邪気な満面の笑みが一瞬にして眉間のしわに取って代わる。


 「そうね、パーティで……そういう手もあるわよね。……ねえ、マーヤ。王宮のパーティになら可愛い格好していくわよね?」


 迫力ある笑顔によく考えずに頷く。どちらにせよ王宮のパーティに簡素な町服で出かけられるわけはない。


 「うん、お願いね。……あ、そうだわマーヤ、お守りにこの指輪、持って行って」


 そういって母が持たしてくれたのは、小さな赤い精霊石が付いた指輪だった。二歳の誕生日にもらった精霊石に比べてかなり小さいものだが、一目見て結構なマナを内包していることがわかる。


 「何かあった時はその精霊石を使うのよ。結構強力なはずだから」


 そういいながら金鎖のネックレスにその指輪を通して首にかけてくれる。突然の話題転換に頭がついて行けなかった私はされるがままに突っ立っていた。


 ──子供が使うにはちょっと大きすぎる魔力じゃないかなぁ。


 母の安心のためなので何も言わずに受け取るが、実際私でも昨日捕まっていた屋敷を炎に包めるくらいに火の魔力が詰まっているように見える。精霊石というのはとんでもない魔力を秘めるものなのだ。二歳の時にペンダントにしてもらった精霊石はもっととんでもない力があって、私が持ち歩くのは早すぎるということで、私の部屋に置きっぱなしになっている。


 「じゃあ、気を付けていってらっしゃいな」


 どこか上の空の母にそう言って私たちが送り出された後の玄関に佇む母が、何を考えていたかはその時は分からなかった。

 

 私は、母が何を思いついたのか非常に気になるのだが、大抵その矛先は父に向くのだし、厄介ごとの場合も父は喜んで母の願いを──大抵は──かなえる人なので、大したことにはならないだろうと思い、深く考えないことにした。


◆ ◇ ◆


 「ねえマーク。なんで一緒に行くの? 送ってくれなくても一人でも大丈夫だよ」


 治療院への道を歩いていると、マークが私の横を歩いて付いてくるので、その横顔を見上げて聞いてみた。歩いているのはいつも通いなれた道だ。今更付き添いなどは要らないと思うのだけど。


 「気にしないでよ。ちょっと気が向いただけだから」


 癖のある綺麗な茶色の髪の下の少年にしてはやけに整った顔を私に向けて、片手を私の頭にふわりと乗せると、柔らかな笑顔を浮かべる。


 ──なんだかなぁ。


 固辞する理由もない気がして来て、抗うのをあきらめることにしてマークと並んで歩きだした。


 ──今日は寄り道は無しにしておこう。


 薬草を採取したいのだけれど、街道をそれると心配させそうなので、一緒にいるときには控えておくことにし、いろんな話題を振って話し続けながら治療院までを歩いて行くことにした。そして、驚くようなことをいくつも聞いた。


 曰く、────

 対象に同行して熱をだして、治療院に入院していたデューイが実は南方の広大な帝国の公爵だったということ。

 そして、昨日結構突然に披露パレードをした王女エルファシア殿下の婚約者だったということ。

 昨夜彼の病室が賊に襲撃されたが、すでに王宮に移っていて大禍なく、賊もとらえることが出来たということ。


 「公爵って。まだデューイは子供だったわ!」


 驚いた私は尊称を付け忘れてしまう。他国の貴族を呼び捨てはよろしくない。


 「彼は皇帝の孫の一人で後継者候補なんだ。帝国では後継者候補には公爵の称号と領地を与えるのが習わしなんだよ。もちろん実際に治めるのは、皇帝が派遣する代官だけどね」


 さらっとすごいことを言われた。


 「えええ!?」


 ──帝国の皇帝の後継者ってことは皇族?


 驚く私にマークの説明は続く。


 帝国とファランク王国の間には魔獣の出る森と、峻厳な山脈にはさまれた平野部があり、そこに広がる人間の版図がガロアという。その地は現在はガロア王国として統一された国であり、国家としてはファランクよりも百年以上古く伝統あるのだが、支配層である貴族間での対立が非常に激しい。ガロアの土着の豪族をルーツに持つ貴族と、帝国から入植してきた貴族の係累が、国内で激しく対立しているのだ。


 その内乱が、国外に飛び火してきたときに、南北から挟み込んで対応できるように、という目的でファランク王国とアトン帝国との間で密約が結ばれ、二人の婚姻でその密約を条約に格上げして確固たるものにしようとしているということだった。


 「だから、今回の騒動はおそらくこの結婚を危険視するガロアの仕業じゃないかなと考えられてる」


 ──わたしが知らないところですごいことが起きてたんだ。


 「でも、そんなこと私に喋っちゃっていいの?」


 父もそんな話は私にはしてくれていないので、疑問に思って尋ねたら、悪戯っぽく返された。


 「今のは町での噂レベルで話題になってるものばかりだよ。だからマーヤが治療の合間に患者さんとおしゃべりしても問題ないんだ」


 ──昨日今日でそんな噂が立っているとは思えないんだけど。


 「広めたい噂だってこと?」


 うがった見方かもしれないけれども、聞かずにはいられなかった。そうするとマークは少し目を見開いて、顔をクシャクシャにして笑い出した。


 ──こういうのを破顔っていうんだろうな。


 止まらない笑いをこらえようとしながら、私の頭をちょっと乱暴になでる。


 「マーヤは面白いね」


 ──まったく。子ども扱いなんだから。


 実際子供なのだから仕方がないと思いながら、なぜそれが気に入らないのだろう。


◆ ◇ ◆


 ……結局、マークには治療院まで送ってもらった。


 「マーク、ありがとう。あなたは用事は大丈夫なの?」


 十二歳の少年だとは言えども、王子の学友として王宮に詰めておくべきなんじゃないのだろうか?と思ったので聞いたのだが、答えの代わりに目の前にマークの笑顔があった。しゃがんで目線を合わせてくれたらしい。その顔には心配そうな表情が浮かんでる。


 「昨日、あいつらに拐われたところを通ったけど、怖くなかったかい?」


 そうきかれて漸く、マークがついてきた意図が分かった。昨日の件で私にトラウマが出来ていないか、そのトラウマで道中パニックになったりしないか、を心配してくれたのだ。そう気づくとなんだか胸の奥が温かくなる。


 私は何ともなかったので、そう伝える。実際拐われたところを通った時には昨日の出来事が頭をよぎったのだが、動揺はしなかった。結局自分で切り抜けたのが却って自信になっているかもしれない。


 「安心したよ。じゃぁ夕方に迎えに来るから」


 さすがに時間を使い過ぎたのだろうか、慌てたようにマークが立ち去った。


 ──心配してくれたことにも、ちゃんとお礼言いたかったな。


 迎えに来てくれるというのだから、その時で良いかもしれない。少し未練を残しながらも治療院に入ってライラに久しぶりの挨拶をした。


 その日、治療院はデューイのいた部屋が王宮の命令によって閉ざされている以外、それまでと変わらない様子を見せていた。


 私はいつものように薬を作ったり、患者に投薬したりしながら一日を過ごした。昨日のマークへの「治癒」についてライラに聞いてみたかったのだが、詳細を話すのが気恥ずかしく、結局言い出せずじまいだった。


 その代わり、といっては変だが、患者の包帯を巻いたり、傷口を洗って消毒薬を塗ったりしながらも、「噂話」をしたり聞いたりして過ごした。お昼はリルに会いにいって陽だまりの猫亭でご飯を食べた。


 「えええ。デューイ君って王子様だったのーーー!?」


 リルが大きな声で驚き、その声に昼を食べに来ている客が聞き耳を立てている。


 「噂の話だから、大きな声で言っちゃダメだよ。いろんな人に言うのもなしだからね」


 噂やゴシップは、「ここだけの話」とつけるだけで聞く人にとって信憑性が増して感じられるらしい。だから、聞き耳を立ててる人にどうにか聞こえるくらいの声で、リルを諫めて口止めをした。


 そうやって過ごす治療院の一日は、目まぐるしくて忙しいものの、充実して楽しいものだった。時には大けがをした患者に心を痛めることもあるのだが、私はやはり人を治療するという仕事が好きらしい。


 やがて、日が落ちてマークが迎えに来たときにはちょっと張り切り過ぎたのだろうか、結構疲れてしまっていたので、素直に帰ることにした。まだ患者さんが残っていて働いているライラに悪い気がしたのだけど。


 「ライラはベテランの治癒師なんだから一人でもなんとかなるよ。それよりマーヤ、ちょっとふらついてるじゃないか。大丈夫かい?」


 大丈夫だよ、と頷きながら今朝のお礼を言わなきゃと思う。


 「マーク。今朝は有難う。私が怖がったりしないか心配してくれたんだよね。プラナのことも教わってるし、お礼に何か出来ることある?」


 六歳児が偉そうな気がするが、マークに対しては借りが多すぎる気がするのだ。


 「気にしないでいいよ、それより頑張り過ぎだよ。歩けないんじゃないか?」


 大丈夫よ、と言おうとしたら、ひょいっとかかえられてしまった。


 「きゃぁ」


 いきなりの浮遊感におどろいてマークの首に抱きつく。


 ──わ、男の子の汗のにおいだ。


 「歩けるから、降ろして」


 少したどたどしく抗う。


 「駄目。マーヤはなんだかんだで無理する子みたいだしね」


 耳元で声がしてくすぐったい。優しい声で少し安心する。


 「でも家までは遠いわ。マーク疲れちゃうわよ」


 規格外だといってもまだ少年なのだ。


 「じゃぁ、そうだね。ひとつお願いを聞いてくれないかな。それでお相子にしようよ」


 「どんなこと?」


 まだ六歳の子供の体は、抱き上げられて安心してしまったのか、恥ずかしさよりも疲労による眠けが上回り始めている。その眠気に抗いきれなくなって、私は頭をマークの胸に預けて続きを促す。


 「そうだね、僕に魔法を教えてくれるっていうのはどうだい?」


 眠気と混乱で頭が働かないまま、どうにか頷いた私は、そのまま揺れる腕の中で眠ってしまった。


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