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「おとうたま、あたくち、くくがほちいでちゅ」
あ、噛んだ。ただしくは、お父様、私靴が欲しいです、です。まだ上手く舌が回らず、どうしても舌足らずな話し方になってしまう。それでも、二歳児としては破格なほどにしっかりしたしゃべりかただとは思う。わたしは喋り方を偽ってまで肉体年齢と合わせようとは思っていない。
隠し事は少ないほうがいいし、何より面倒だ。
それはともかく、前世と同じ様にこちらの世界にも誕生日を祝う風習があるようだ。私の二歳の誕生日の今日、宮廷魔術師である父も、なんとまる一日、休暇を取って祝ってくれている。そんなことで良いのだろうかと、ちょっと心配になる。そして、お祝いにプレゼントをくれるという。
「マーヤは、誕生日プレゼントに、なにがほしいかな?」
我が家のリビングのソファーに、ちょこんと座った私の前で、栗色の髪に、緑色の瞳の童顔の青年がしゃがみこみ、私に視線を合わせるようにして尋ねてくる。子煩悩な我が父、宮廷魔術師にして準男爵の、カイル=アストリウスだ。準男爵というのは、二十代半ばで宮廷魔術師に召された時に賜った、一代限りの爵位だそうだ。
あ、歳といえば、この世界での一年は350日と、年によって何日か日数が足されて350~360日になる。1日の長さは、測りようがなくてわからないのだが、なんと24時間、60分、60秒と、数え方が一緒だった。1秒が感覚的に変わらないので、大きな差はないのかもしれない。言葉が英語の変形のようなものであったり、私の前世の地球とこの世界は、絶対に何らかの関係があるのだろう。
話を元に戻す。誕生日プレゼントに何かほしいかを、なぜか誕生日の当日に聞かれた私は、家の外に履いて出るための靴をお願いした。私の住むあたりの文化は西洋の中世に似たものを持っているので、もちろん家の中でも靴を履くのが普通だ。現に私も靴を履いて、家の中を歩き回っている。しかしその靴は、絨毯の敷いてある家の中で歩く分には問題ないが、地面の上を歩くとすると、やわらかすぎて心もとないものなのだ。どうも過保護な両親が外に出すのを渋っているようだ。
「マーヤちゃん、すごいわぁ賢いわぁ、ちゃんとお願いできるのね。なんてかわいいんでしょう」
親ばか発言の主は母である。これはお願いした内容に対する評価じゃなく、二歳の誕生日を迎える娘が、何がほしいかを自分で考えて、言葉にしたことが嬉しかったようだ。父の前にすわっていた私を、横から抱き上げて、頬ずりをしてくれる。くすぐったくて、くすくす笑うと、それがまた嬉しかったらしく、力を込めて、しかしふんわりと抱きしめてくれる。やわらかく、暖かくて気持ちがいい。その、幸せな感触を堪能してると、母が耳元で言う。
「でもね、マーヤちゃん、まだ一人でお外に行くのは早いと思うの。外の地面は堅いから、転ぶとすごく痛いのよ。もうちょっと大きくなってからにしましょうね。」
親ばかでも、外の散歩は簡単には許してくれないようだ。これは今回はあきらめることにしよう。しかし外に履いていける靴がほしいことは、強く言っておいたほうがいいだろう。ちょっと悲しげに言ってみる。
「でも、おしょとで歩きたいのでちゅ。おかあたまと一緒に歩きたいでしゅ」
しまった、やりすぎたか。二歳児のやる交渉事ではないような気がしてきた。両親におかしな子だと不安を抱いてほしいわけではない。
しかしそれは杞憂だったようだ。母は一瞬きょとんとして、そのあと目を潤ませて、感激したように抱きしめる腕に力をこめてきた。少し苦しい。
「あなた、庭にやわらかい芝生をはりましょう。明日にでも。ルーイ商会の方も呼んでもらえますか」
どうやら「一緒に歩きたい」に反応して、二歳の子供らしくない交渉方法は、母の気には止まらなかったようだ。母の眼がキラキラと光って見える。ちなみにルーイ商会というのは我が家に出入りの商会の一つで服飾系が強いようだ。芝生は、転倒時の怪我防止なのだろう。少し過保護な気がするが、そこは譲歩するところなのだろう。芝生の養生にかかる値段を2歳児が気にするのは不自然だろうし。ここでは、すこし身じろぎをして、腕の力を緩めてもらうだけにした。
「じゃぁ、お母さんからのプレゼントは、芝生と靴に決まりだね。じゃあ次はお父さんのプレゼントだ。実はもう、どんなプレゼントにするか決めてあるんだ。気に入ってくれるとうれしいな」
おや、両親からそれぞれもらえるとは。そんなに子供を甘やかしてどうするんだ。
「あたくちはどちかひとちゅで、いいでしゅよ。」
とっさに言ってしまった。私はどっちか一つでいいですよ、と言おうとしていることを察してほしい。しかしこれも子供らしくない発言だったか。親からの誕生日プレゼントに遠慮をする二歳児というのは如何なものだろうか。私が二歳児は似つかわしくない反省をしていると、父が答えていう。
「でも、もう用意してしまってるんだ。お父さんとお母さんで決めてたんだよ、マーヤがほしがるものと、マーヤにあげたいものを一つずつあげようって。それに、このプレゼントは私の父や母、おまえのおじい様やおばあ様にも手伝ってもらっているんだ、あのひとたちの気持ちと一緒に受け取って欲しいな」
そう言われてしまうと、受け取らないわけには行かない。この場合の祖父母というのは、辺境に住む父方の祖父母のことだろう。魔物が出るといわれる森のそばにすんで、そこでしか取れないような材料を使った薬などをつくっているらしい。父が準男爵ということは、つまり出身は平民で、その実、辺境の民である。だからなのか、宮廷勤めには爵位くらいは必要だろうということで、国王直々に頂いたらしい。祖父母は王都の華やかな暮らしを嫌ってか、辺境から離れようとしないらしい。その、遠方に住む祖父母が、孫に誕生日プレゼントを送りたいというのであれば、これはちょっと断れない。
しかし、父のこの説得の仕方は、誕生日を迎えたばかりの二歳児相手にするものではないだろうと思う。頭ごなしに決めつけるということをしないのはありがたいのだが。
父も母も、私が子供らしくないということには、もう気づいているということなのだろう。そのことを残念に思っていなければいいのだが。それに、だとすれば少なくとも母相手には子供の手管は通じないかも。いや、先ほどの反応見る限りは大丈夫か。
……そんな取り留めもない思考にとらわれている間に、話が進んでしまっていた。
「サーヤ、私はあれをとってくるよ。」
父は母にそう告げて、リビングを出て行った。サーヤというのは母の名だ。誕生日プレゼントとやらは書斎にでも置いてあるのだろうか。あんまり大げさなものでなければいいのだが。